第11話 切断
テールは緊張に震える足を無理やり動かして、氷の防壁の中で佇んでいるラネージュに駆け寄った。
彼女は氷の中でも魔剣を片手に、全身から赤黒い靄を放出している。
(とにかくラネージュのオーバーキル・モードを解除しないと……)
オーバーキル・モードとは、ラネージュが『支配の首輪』によって、強制的に限界を超えた強化魔法を発動させられている状態を指す。
ゆえに『支配の首輪』さえ外れれば、ラネージュは自力で強化魔法を解除でき、オーバーキル・モードを脱する事ができるはずだ。
そのためにも、まずは彼女の氷の防壁——『シルバー・フォート』を破壊する必要がある。
テールは氷に右手を当てて唱えた。
〈——〈フレイムハンド〉」
近接攻撃用の下級通常魔法『フレイムハンド』。
テールの右手が燃え上がり、ラネージュの氷を溶かし始める。
じゅうじゅうと水が蒸発する音を聞きながら、テールは改めてラネージュを見つめた。
光のない蒼の瞳が、ただ無感情にこちらを向いている。
ラネージュは微動だにしないが、その体内は今も過剰な力の奔流によりズタズタに傷付けられている。
その破壊を僅かに上回る速度で自動回復魔法が機能しているため、外観では何事もないように見えるだけなのだ。
実際は、彼女は激しい苦痛に襲われているはずである。
「早くしろ、早くっ……」
焦燥感に駆られるテールに応えるように、氷の防壁の前面が崩れてテールが入れるだけの穴が空いた。
テールは即座に『フレイム・ハンド』を解除する。
ラネージュの前に立つと、まずは右手の魔剣を取り上げた。
(上級通常魔法『ディバイン・ソード』で生み出された魔剣か……)
テールも原作ゲームでお世話になった近接攻撃魔法の王道。
ラネージュが魔力の注入を止めれば、この魔剣は数分後には消滅するだろう。
テールは魔剣を遠くに投げ捨て、『支配の首輪』に両手を添えた。
「——〈首輪よ、外れよ〉」
魔力を流し込みながら唱えた瞬間、首輪が金色の光を放ち——ラネージュの身体からドス黒い闇が噴き出した。
次の瞬間。
テールはラネージュに首を掴まれ、地面に押し倒されていた。
「ッ……! が、あ……」
馬乗りしてきた彼女に首を絞められ、激痛が脳に突き刺さる。
分かってはいた。
これは首輪の破壊を
原作でも、同様にアルメが首を絞められ、ジュスティスとロジエが無理やりラネージュを引き剥がすというシーンがあった。
しかし実際に首を絞められると、想像を絶する苦しみがあった。
冬枯陸羽のときも両親から散々暴力を受けてはいたが、首を絞められた経験はなかった。
ゆえに、テールはこの苦痛を想像できていなかった。
(首輪に触れて、あと二回唱えろっ……そうすれば……)
原作通りであれば、三度目の詠唱で『支配の首輪』が外れ、ラネージュを解放できる。
そう、頭では理解していた。
それなのに、テールの両手は首輪ではなく、ラネージュの両手に伸びていた。
首を絞めてくるその手を外そうと、身体がもがいていた。
苦しい。息ができない。涙で視界がぼやける。
不意にぐるりと視界が回転し、全身の力が抜けた。頭痛に襲われ意識が薄れかけて——。
「だ、ダメ……やめてっ……」
「————ッ!」
耳を掠めた微かな悲鳴に、テールはハッと目を見開いた。
ポタリ、ポタリと顔に雫が落ちてくる。
光のない瞳のまま、ラネージュが泣いていた。
その泣き顔を見た瞬間、テールはふと思い至る。
(そうだ。この子の今の力であれば、俺の首なんて簡単にへし折れたはずだ)
原作では、ラネージュがロジエの腕を片手で握り潰して引き千切るシーンもあった。
ラネージュはそれほどの力を有しているのだ。
しかしテールはまだ生きている。
それは、ラネージュがテールを殺そうとする意思に抵抗しているからにほかならない。
彼女もまた、勝手に動く身体を抑えようと必死で戦っているのだ。
テールは歯を食い縛って気力を振り絞り——ラネージュの首輪に両手を当てた。
「っ……〈首輪よ……は、外れよ〉……」
再び首輪が光を放ち、ラネージュがビクリと震える。
(あと、一回……)
もう一度唱えれば、『支配の首輪』をラネージュから外す事ができる。
しかし、声が出ない。
肺の中の空気が尽き、胸部が締め付けられて激痛が走っている。
(あと一回、なんだっ……!)
声帯を震わせる空気がなければ、声は出せない。
どれほど気力があろうとも、人体の仕組みは変えられない。
それでも、諦める事などできるものか。
(何か、何か手はないのかっ!?)
一瞬で良い。一瞬でも呼吸ができれば、また声を出す事ができる。
思考を止めるな。
ラネージュを救うために道を探し続けろ!
テールは頭が破裂しそうな苦痛を抑えつけ、思考を巡らせた——そのとき。
「——〈鋭き……氷の、剣よ〉……!」
ラネージュの絞り出すような詠唱が聞こえた。
テールの眼前、空中に一振りの長剣が出現した。
(『シルバー・ソード』……?)
それは、ラネージュが原作でも多用していた攻撃魔法。
宙に浮かぶ氷で作られた長剣。
その切先が銀色の軌跡を描いて——。
ラネージュの身体がぐらりと傾いた。
肺の中に空気が流れ込んできた。
同時に、赤く熱い液体が降り注ぎ、濃い鉄錆の匂いが溢れ返る。
どさりと、ラネージュが覆い被さってきた。
「ラネージュ……?」
小刻みに震えているラネージュ。
テールは呆然と彼女の身体に目を向ける。
彼女の両腕が肘の辺りから切断され、真っ赤な血液を噴き出していた。
「そんなっ!? ま、まさかっ……!?」
テールは戦慄して喉を震わせた。
「自分の腕を切り離したのか!? ラネージュっ!」
テールの首をこれ以上絞めないために。
それが、ラネージュの選んだ現状打破の手段だった。
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