第8話 オーバーキル・モード

 唇を曲げるスリートを、テールは目を細めて見返した。


「祈れば神様が助けてくれるのですか?」

「神は慈悲深いらしいからな。試してみれば良い」

「そんな慈悲深い神様がいるならば、どうして目の前の女の子が救われていないのでしょうね」


 テールがラネージュに目を向けると、スリートは思わずといった様子で噴き出した。


「くははっ。まさかお前、ラネージュを救おうとか考えてるのか? 何だ、こいつに惚れでもしたのか?」

「苦しんでいる人に救われてほしいと願うのも、救うために手を伸ばすのも、当たり前の事でしょう?」

「哀れな奴だな。こいつが一度でも『助けてくれ』とお前に頼んだか? 頼んでないだろ。お前は一人で勝手に盛り上がってる、気持ちの悪い勘違いストーカー野郎だ」


 確かにテールは頼まれていない。

 それでも、知っているのだ。

 ラネージュがずっと救いを求めて祈っている事を。


「何と言われようとも、俺はその子を救います」

「馬鹿は自分の間違いを認められない、とは世の常だな」


 やれやれ、とスリートが大袈裟に肩をすくめる。


「ラネージュはただ自分の役割を果たしているにすぎない。最初から救うも何もねえんだよ」

「意思を封じられて無理やり戦わされる事が、役割ですか?」

「こいつは、そのために作られたパニエの兵器だ。両親が死んだ今、こいつの所有者は俺だ。お前に使い方を指図されるいわれはない」

「兵器……」


 その言葉が胸に突き刺さり、テールは奥歯を噛み締めた。

 スリートがラネージュの後ろまで退がり、口元を歪めながら命じる。


「ラネージュ——オーバーキル・モードだ」


 瞬間。ラネージュの身体から赤黒いもやが立ち昇り始めた。

 背中に悪寒が走りテールは全身を強張らせる。

 心臓を握り締められたかのごとき圧迫感。

 剥き出しの殺意。

 喉元にナイフの切先が食い込んでいるような恐怖に襲われ、息が詰まる。


「あいつの防御を破壊しろ」


 スリートが命じ、ラネージュが長剣を構える。

 その剣身の銀の光が増大し、キュイイィと空気が歪む音が鳴り響く。

 ラネージュが剣を振り抜いた。

 視界が銀色に塗り潰される。

 轟音と衝撃に地面が揺れ、テールはよろけて膝を付いた。

 やがて光が通り過ぎ、テールは周囲を見渡す。

 たったの一撃で、景色が激変していた。

 テールの背後の瓦礫や木々は消し飛び、左奥の宮殿も分断され、上半分が地面に落下していた。


(こ、これが……限界を超えた強化の力かっ……!)


 末裔八血最強のアルメすらも撤退に追い込んだ脅威の力。

 通常であれば肉体が耐え切れないほどの強化魔法を、ラネージュは『支配の首輪』によって無理やり発動させられている。

 しかし、許容を超えた力が流れれば肉体は内側から崩壊してしまう。

 ゆえに激しい力の奔流で壊れていく身体を、それ以上の速度の自動回復魔法で保っている。

 それが、戦闘兵器としてのラネージュ・パニエの在り方だった。


「ラネージュ……」


 外見からは何ともないように思えるが、ラネージュは絶えず内臓破裂の激痛に襲われているはずだ。

 だからこそ、戦闘は長引かせられない。

『星々の守護』は突破されなかった。

 けれども、テールを取り巻く星々の中心が、青色から若干水色に変化していた。

 星の色は残りの耐久を示しており、限界が迫るほどに青が薄まり赤に近付いていく。


(このまま攻撃を受け続ければ、近い内に『星々の守護』は破壊される……)


 その上、ラネージュの攻撃も激しさを増していくのだろう。

 かと言ってテールは反撃できない。

 ラネージュを傷付けるなど、彼女のファンとして絶対に許せないし、できるはずもない。

 このままではジリ貧。

 その現状を前に、テールは俯き——声を出さずに笑った。


(スリートは罠にかかってくれた。第一段階クリアだ)


 勝敗を分ける最も重要な選択を、スリートは誤った。

 ラネージュを救うためにテールが仕掛けた罠を、スリートは踏み抜いていた。






☆—☆—☆




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