第7話 初戦

 詠唱の直後、テールの全身に大小様々な光の粒が纏わり付く。

 まるで、宇宙空間を彩る綺羅星のように。

 墜星の使徒カーススの特殊魔法の一つ、防御の要『星々の守護』。

 展開中は他にはカーススの特殊魔法しか使えなくなる代わりに、末裔八血の攻撃をもってしても容易には破壊できない鉄壁を誇る。

 テールを取り巻く星々は、青色の球体を金色の光が包み込んでいる様相であった。


「ッ!? 何だ、この強大な魔力は……」


 青年の顔に警戒の色が走る。


「お前、どこの家の者だ?」


 末裔八血が身構えるほどに、今の自分の魔力は強いらしい。

 まずはスタートラインに立てた。

 その事実に安堵の笑みを浮かべつつ、テールは青年の問いに答える。


「どこの家でもないです。俺はただの部外者ですよ、スリート・パニエさん」

「バカ言え。その強大な魔力に、俺を知っていてこのタイミングで接触してきた事……どう考えても部外者なはずがないだろうが」


 ラネージュの十歳離れた実兄にして、第四回生贄会議の生還者——スリート・パニエの睨みを効かせた視線が突き刺さる。


「ガーシュ、ルリジューズ、フィアドーネではないな。シトロネットか?」


 ジュスティス・ガーシュ。

 ロジエ・ルリジューズ。

 アルメ・フィアドーネ。

 その三名とパニエ兄妹は、先ほど戦ったばかりである。

 もしもその三家と繋がりがあるならば、そもそもジュスティスたちが死に瀕したときに介入してくるはず——というのが、スリートの推理だろう。

 そこまでは確かに正解だが、その先は間違っている。


「いいえ、シトロネット家も関係ありません。俺は本当に部外者ですから」


 シトロネット家は原作『ディケワ』における悪役である。

 他家の滅亡をはかり、生贄会議の裏で暗躍する一族。

 恐らくはテールにとって、ラスボス陣営を除き、シナリオを改変する上での最大の障害となり得る人々。

 だが、現時点では本当に関わりはない。


「答える気はないようだな。まあ、別に構わないが」


 スリートが落ち着きを取り戻した様子で口元を曲げる。

 テールの発言を一切信じていない様子で、彼はそのまま右手の人差し指を向けてきた。


「ラネージュ、あいつを殺せ」




 ——ギイイイィィン!




 硬い、金属がぶつかり合うような高音が響いた。

 その音が耳を通り抜けて消えていった後、テールはスリートに向けていた視線を自身の右斜め前に動かした。

 ラネージュが、銀の光を帯びた長剣をテールの首に向けて振り抜いていた。

 その剣はテールの皮膚に届く直前で、テールを包む光の粒に阻まれていた。


「ははっ、今ので微動だにしないとは。己の力に随分と自信があるようだな」


 スリートが強者の笑みを浮かべたまま腕を組む。


「良いだろう。その余裕がいつまで続くか、試してやろうじゃないか」


 やる気に満ちた声でスリートが優雅に告げる——その一方で。




(ま……全く、見えなかった……!!)




 テールは内心で死ぬほどビビっていた。

 心臓が破裂しそうなほど暴れている。

 微動だにしなかったのは、決して余裕があったからではない。

 ただ単に、ラネージュの動きに全然ついて行けていなかっただけである。


「ラネージュ、戻ってこい」


 スリートの命令。

 次の瞬間、ラネージュはスリートの背後に控えていた。

 六メートルほど距離があるはずなのに、テールにはラネージュがいつ目の前から消えたのか分からなかった。


(ゲームより遥かに速い。まだ、認識が甘かったのかっ……)


 末裔八血は強いと警戒していたつもりだったのに。

 ゲームでは普通に反応できていたラネージュの動きは、現実では目で追う事すらできなかった。

 冷や汗が背中を伝うのを感じながら、テールは唇を噛んだ痛みで身体の震えを無理やり止める。

 強がりの笑みを作って、テールはスリートを見据えた。


「一体どうするんです? ラネージュさんの攻撃でも、俺の防御は破れないみたいですが」

いきがるなよ、雑魚が。今のは軽い挨拶だ。これから本当の恐怖を教えてやる」


 スリートが嘲るように唇を歪め、詠唱した。


「——〈未来の幻視、滅びの王都ルインド・シティ〉」


 直後、視界が暗転し——次の瞬間、テールは灰色の世界に立っていた。

 曇天の下、目に映るのは瓦礫と朽木ばかり。

 周囲に視線を走らせると、半壊した宮殿が左手側に鎮座していた。


(これが、末裔八血のみが扱える異空間召喚魔法——『ルインド・シティ』……)


 英雄の末裔たちは生贄会議で殺し合っているが、その目的はあくまでも「世界を守るため」である。

 だが、強大な武力が街中で衝突すれば街の破壊は免れず、周辺の一般人たちも巻き込まれてしまう。

 それでは本末転倒である。

 ゆえに末裔たちは生贄会議に際し、このルインド・シティという戦闘用の舞台を生み出した。

 原理としては、墜星の承継地であった小さな教会と同じである。

 現実世界とは隔絶された異空間。

 その外観は、「邪神により滅ぼされたアニゼート王国の王都」をイメージして設計されている。

 テールは今、崩壊した王宮の庭園跡地に立っていた。


「なるべく楽に死ねるよう、今の内に神に祈っておけ。待っているのは悲惨な死だからな」






☆—☆—☆




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