第6話 負けイベント

 いつの間にか意識を失っていたらしい。

 今は濁流のような苦痛は過ぎ去り、ただ静寂の中でテールは倒れていた。


(取り敢えず、生きてる……?)


 テールは右手のひらを顔の上に持ってきて、じっと見つめた。

 身体が大きな力に満たされているという、確かな実感があった。

 原作でロジエもそのような事を言っていたが、現実に体験するとよく分かる。

 テールは立ち上がり、祭壇の上の魔導書に目を向けた。

 魔導書は開かれていて、半分程度までページが進んでいた。

 つまりテールは今、墜星の使徒カーススの力を半分まで引き継いだ状態である。


(原作のロジエとだいたい同じ位置だ。これならば、きっと末裔八血まつえいはっけつにも対抗できる……)


 ロジエのときも同様に、彼女の気絶で承継が中断される。

 脳が限界を迎え、強制的に魔導書の情報を遮断したのだろう。

 ロジエは半分より少し先まで読み進んでいた。

 テールはそれよりもやや手前ではあるが、それでも強大な力を手に入れた事に変わりはない。


(少し、試してみようかな)


 魔導書を閉じて左脇に抱え、テールは周囲を見渡す。

 墜星承継の儀式場である名称不明の小さな教会。

 この場所は、魔法により生み出された異空間である。

 多少暴れたとしても、現実世界には影響しない。

 テールは回廊の左右に整列している木椅子の中で、中心付近のものに狙いを定めてみた。


「——〈星よ、流れよ〉」


 発動した魔法はカーススの基本攻撃『流星』。

 頭上から一筋の光輝のラインが描かれ——木椅子たちが爆発に呑み込まれた。


「……おお」


 強烈な破壊の跡を眺め、テールは思わず感嘆の声を漏らした。

 まさに流れ星のような攻撃。威力も申し分ない。

 これでカーススの特殊魔法の中では最弱なのだから、恐ろしい話である。

 テールは続けて、爆風で近くまで吹き飛んできた木椅子に目を向けた。

 カーススの特殊魔法の次は、通常魔法を試しておきたい。


「——〈ファイアボール〉」


 発動したのは、下級通常魔法の代表『ファイアボール』。

 直後、巨大な爆炎が木椅子を呑み込み、天井まで焦がすほどに高く伸びた。


「す、凄い……もはや、ボールですらないっ……!」


 テールは立ち上る火柱を見つめて驚嘆する。

 今まで魔力の弱かったテールでは、手のひらサイズの火の玉を十メートルほど先に飛ばす事しかできなかった。

 そんな『ファイアボール』が今や、大爆発を引き起こす別の何かと化していた。

 一目で強力と分かる攻撃。

 それほどの力を、テールは手に入れた。

 原作『ディケワ』の設定通りであれば、使徒の力を半分引き継いだ時点で、末裔八血の誰よりも強大な魔力を有する事になる。


(だけど、これでも末裔たちに勝てる保証なんてない……)


 テールは右の拳を握り締めた。

 末裔八血は自分のような素人とは根本から異なる。

 来たるべき殺し合いに向けて鍛え抜かれた、戦いのプロ集団なのだ。

 幾らテールがチートで強くなろうとも、そこには絶対的な技術力の差が存在する。

 仮に魔力が上回っていたとしても、その技術力でひっくり返される可能性は十分に考えられる。

 実際に原作ゲームでは、ジュスティスたちが邪神に——遥か格上の敵にも勝利したのだから。


(……大丈夫、きっと大丈夫だ。俺には原作知識がある)


 テールは心の中で自らに言い聞かせる。

 誰がいつどこで何をするのか。

 どのような特殊魔法を使うのか。

 何を恐れ、何を願い、何を考えているのか。

 それらを、テールはこの世界の誰よりも知っている。

 だからこそ彼らの行動に先回りして、策を講じる事だってできよう。

 戦いに勝つのは、いつだって事前により備えた方なのだ。


「……やってやる。俺が絶対に、悲劇をぶち壊してやる」


 呟いて、テールは覚悟を決め直した。

 強い想いが力になる——それも、『ディケワ』で学んだから。






☆—☆—☆






 生贄会議はアニゼート王国全域を戦場した、二ヶ月間にも及ぶ長期戦である。

 各血筋から一名ずつ十代の若者が選出され、メイン参加者として殺し合う。

 そして、各血筋は自由に協力者を参戦させることもできる。

 互いの戦力や協力者の人数、居場所が不明な状態で開始するが、時間経過と共にメイン参加者の生存可能エリアが狭まっていく。

 したがって終盤には必然的に接近戦となる。

 逆に言えば、序盤はちょうほうさくてきがメインの遠距離での情報戦となる。


 ——そんな大方の予想に反し、ジュスティスとロジエは初日の夕方に奇襲を受ける。


 十一月一日午後五時半、王都から新幹線で四時間ほど離れた地方都市。

 そこにある第二十魔導図書館からの帰り道。

 二人は不意に襲った圧倒的な破壊力に為す術なく打ちのめされ、殺されかける。

 プレイヤーをいきなり震撼しんかんさせる、いわゆる負けイベントだ。

 ジュスティスとロジエは、一般人から見れば化け物じみた強さを誇る。

 しかしメイン参加者の中ではジュスティスは下から四番目、ロジエは下から三番目に過ぎない。

 言わば雑魚二人組。故に初っ端から狙われ、二人とも重傷を負わされる。

 そんな死に瀕した彼らを助けたのが、第五回生贄会議のメイン参加者の一人、アルメ・フィアドーネであった。

 アルメはメイン参加者どころか、末裔八血の中でも最も強力な戦闘力を誇る十七歳の少女だ。

 彼女の介入により、ジュスティスたちは辛うじて死を免れる。

 だが、末裔八血最強のアルメでさえも、そのときは逃げの一手しか選べなかった。


 ——何故ならば、相手が有していたのが純粋な戦闘力ではなかったからだ。






☆—☆—☆






 十一月一日午後六時七分、住宅街から外れた人気のない細い道路。

 原作通り前方から歩いてきた青年と少女を見つめながら、テールは道の真ん中に立ち塞がった。

 街灯に照らされた、お揃いの薄灰色うすはいいろの髪と蒼い瞳の二人。


「……何だ、お前は?」


 前を歩いていた青年が目を細め、六メートルほど離れた位置で立ち止まる。

 一歩遅れて、後ろの少女も立ち止まった。

 後頭部の白い大きなリボンが特徴的な少女。

 彼女は無表情のまま、虚ろな瞳で佇んでいる。

 白いコートと裾が長めの水色のスカートが、薄灰色の長髪と合わさって冷たい空気を醸し出している。

 そんな少女の首には、黒い首輪が付けられていた。

 あれこそが、今この瞬間にも彼女を苦しめている『支配の首輪』。

 対象の自我を封印し、物言わぬ傀儡かいらいと化す違法な魔法具である。


(ラネージュ……)


 テールの最推しの少女ラネージュ・パニエ。

 第五回生贄会議における彼女の立ち位置は、無差別に戦場をかき乱すデストロイヤー。

 兵器として戦闘を強要されている操り人形である。

 推しに会えた喜びよりも、彼女の現状に対する痛ましさに胸が苦しくなった。

 テールは密かに深呼吸をし、震える拳を握り締める。

 ここから先は、失敗も敗北も許されない。

 原作のシナリオを改変し、悲劇を捩じ伏せるために。




「——〈星々よ、守りの煌めきを〉」




 テールは第五回生贄会議に介入した。






☆—☆—☆




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