第5話 墜星の使徒継承
『ディケワ』の世界観は、ほぼ西暦二〇二五年頃の日本そのままである。
一応ここは「アニゼート王国」という国であるが、使用される言語も日本語であり、風土や文明なども日本とほぼ変わらない。
街中には自動車や電車が走り、空には飛行機も飛んでいる。
そんな中、テールは一時間ほど自転車を漕いで第三魔導図書館にやって来た。
月のない星空の下、自転車を街路樹の横に止める。
夜はだいぶ涼しくなってきたので、目立たないようにと着てきた黒いジャンパーのポケットに手を突っ込みながら歩く。
(俺が天涯孤独な身でちょうど良かった)
現在時刻は午後十一時過ぎ。両親がいたら、こんな時間に出歩くなんてできなかっただろう。
テールは物心ついた頃から孤児院暮らしだった。
中学卒業を機に独り立ちし、今は短期の仕事をこなしながら、将来のためにお金を貯めているところであった。
お金がなかったので高校進学はしなかったが、いずれは就職を見据えて社会福祉系の専門学校に通いたいと考えていた。
将来は漠然と、人の助けになれる仕事をしたいと思っていたのだけれど。
(もしかしたら、ジュスティスさんに憧れた冬枯陸羽の思考が影響していたのかな)
などと考えながら図書館の敷地に踏み入る。
図書館の閉館時刻はとっくに過ぎており、敷地内はしんと静まり返っていた。
しかし魔導図書館は危険な魔法が記された魔導書を多く保管しているため、二十四時間体制で厳重な警備がなされている。
とはいえ、それは煌々と光の満ちる館内のみの話であって、建物の外側までであれば普通に敷地内に入り込める。
(夜遅くまでお疲れ様です)
テールは館内を巡回しているであろう警備員たちを心の中で労いつつ、ひっそりと図書館の裏側に回った。
左から一つ目と二つ目の窓のちょうど中央辺りの壁に右手を当て、魔力を込めながら呟く。
「——〈
視界が暗転して——次の瞬間、テールは小さな教会の中にいた。
ステンドグラスが七色に煌めく華やかな空間。
十五メートルほどの回廊の最奥に、金色の祭壇が設置されていた。
(良かった、ここもゲーム通りだ)
『ディケワ』序盤から解放される場所に入り口がありながら、終盤になって初めて暴かれる隠しエリア。
ここに来られなければ、ラネージュたちを救うどころの話ではなくなるところだった。
テールは安堵の吐息をついてから、気を引き締めた。
最奥に向けて回廊を一歩進むごとに、勝手に鼓動が加速していく。
金色の祭壇の上には、一冊の黒い表紙の本が置いてあった。
(……これが、『墜星の使徒継承』の魔導書)
今から二千年以上前の旧時代、この世界には「墜星の使徒カースス」と呼ばれる怪物がいた。
『墜星の使徒継承』は、自身にそのカーススの強大な力を刻み込む魔法である。
原作では、終盤にてメインヒロインであるロジエ・ルリジューズが発動する。
赤髪ツインテールと勝気な真紅の瞳が特徴的な、ジュスティスに恋する幼馴染の少女。
最初からジュスティスと志を共にし、中盤で彼と恋人どうしとなるロジエは、危険を承知でこの魔法を発動するのだが。
「…………」
テールは鼓動を落ち着けようと、深く息を吸った。
呼吸を数秒間止めてから、大きく吐き出す。
けれども身体の震えは止まらず、心臓はより一層激しく暴れ始めた。
(発動後、ロジエはのたうち回るほどに苦しんでいた。俺に、耐えられるか……?)
原作のロジエには、片腕を引き千切られても歯を食い縛って耐えるシーンがある。
そんな彼女が
テールには想像すらつかず、だからこそ未知の恐怖が這い上がってくる。
「……俺はみんなを助けたい。だったら、やるしかないんだ」
テールは声に出して自らを奮い立たせた。
奥歯を噛み締め、魔導書に手をかける。
深く息を吐いてから、テールは覚悟を決めて呪文を唱えた。
「——〈滅びの墜星を導く。故に、この身にその力を〉」
瞬間、閃光と衝撃が迸った。
身体中に針を突き立てられたような鋭い痛み。
全身の血液が煮えたっているような灼熱の苦痛。
激痛に叫ぼうとするも、喉が詰まったように声が出ない。
目を灼く光輝に視界が眩み、直後に全てが闇に塗り潰された。
周囲に浮かび上がる眩い星々。
夜空の中で溺れているような感覚。
直後、星々が連鎖して爆発した。
爆風と熱波に鼓膜が破壊され、皮膚が焼かれ、目が潰れる。
痛みが、苦しみが、恐れが全身を這いずり回る。
呼吸もできず、肺が締め付けられる。苦しい。息が、苦し——……。
☆—☆—☆
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