第9話 星々VS氷雪

 オーバーキル・モードのラネージュが、魔剣を片手に蒼い瞳でじっと見つめてくる。

 どの攻撃を行えば『星々の守護』を破壊できるのか、推し量っているのだろう。

 テールは、原作ゲームでのラネージュの各攻撃の威力を思い浮かべた。

 そしてロジエが使用した『星々の守護』の耐久値から、ラネージュの次の攻撃を予測する。


(次は恐らく——『シルバー・フィールド』が来る)


 テールが結論付け、身構えると同時。




「——〈静かなる氷雪に包まれよ〉」




 ラネージュが、初めて声を発した。

 無感情で抑揚のない、けれども鈴の音のような透き通った声。

 だが、その美しい響きに感動している余裕などない。

 ラネージュの詠唱の直後——世界が氷結のきょくに変貌した。


(やはり『シルバー・フィールド』……!)


 ラネージュの空間制圧魔法——『シルバー・フィールド』。

 建造物や木々が呑み込まれて作られた氷像。

 凍りついた地面に降り積もる白銀の雪。

 大気中に舞い散る細氷。

 そして、テールを取り囲むように展開する氷の正八面体の群れ。その数は十二。


「——〈穿うがて〉」


 ラネージュの号令。

 それぞれの正八面体の各頂点の内、最もテールに近い一つから銀色の光線が放たれる。


(っ! 出た、ミョウバン・レーザー……!)


 正式名称は『シルバー・デストロイレーザー』。

『シルバー・フィールド』に付随するラネージュの必殺技の一つ——なのだが、氷の正八面体が、どうにもミョウバンの結晶にしか見えない。

 そんなわけで、『ディケワ』のプレイヤーからは「ミョウバン・レーザー」などと揶揄やゆ……もとい親しまれていた。

 通常は正八面体の頂点全てからレーザーを放ち、『シルバー・フィールド』で展開した大気中の細氷に乱反射させる範囲攻撃である。

 無尽蔵に暴れ回るレーザーは天地問わずエリア全体を蹂躙し、敵を殲滅する。

 しかしラネージュは、それを一点集中でテールに向けてきた。

 至近距離で炸裂する轟音と閃光に心臓が縮み上がり、血の気が引いていく。


(ミョウバン・レーザーの集中砲火。ゲームでは、ラネージュがHP残り三割以下まで追い込まれないと使わない攻撃だったが……)


 星々の色が薄い黄色に変化し始める中、テールは腹に力を込めて叫ぶ。


「……そうだよな、ゲームじゃないもんな!」


 強い攻撃があるならば、好きなタイミングで使う。それが普通だ。

 この世界はゲームの『ディケワ』と同じ部分もあれば、全然異なる部分もある。

 転生を自覚してから、テールはその事を何度も痛感してきた。


「これはゲームじゃない。だからこそ、俺にも勝機がある……!」


 レーザーの直撃を『星々の守護』で防ぎながら、テールは声を張り上げて心を奮い立たせた。

 ラネージュ推しである自分には、彼女を傷付ける事はできない。

 ゆえに、テールの勝利条件は「ラネージュを傷付けずに、スリートを無力化する事」の一点に尽きる。

 テールはオーバーキル・モードになる前のラネージュの動きすら目で追えなかった。

 兄スリートの実力は未知数であるが、彼もまた第四回生贄会議のメイン参加者だったのだ。

 その戦闘力は通常状態のラネージュとそんしょくないと考えるべき。

 つまりテールは、ラネージュを傷付けないようにしながら、目にも止まらぬ速度で動くスリートを倒さねばならないのだ。

 当然、単発攻撃など当てられるはずもない。

 勝つためには、避ける場所がないほどの範囲攻撃魔法を決めるしかないだろう。


(やってやるっ……)


 そのための策は、既に考えてある。

 原作ゲームとの共通点と相違点を利用した攻略法。

 激しい光の奔流に揺さぶられながら、テールは天を見上げて唱える。


「——〈星々よ、生まれよ〉」


 瞬間、曇天ながらも明るかった世界が夜に塗り潰された。

 ラネージュもミョウバン・レーザーを中断し、警戒するように目を細めて空を見上げる。


(ゲーム通りだ。オーバーキル・モードのラネージュは命令の遂行を第一に考える。しかし強大な魔法攻撃の気配に対してだけは、自身の攻撃を中断して防御行動を取る……!)


 上空には、大量の光球が銀河のように広がっていた。

『星々の誕生』——墜星の使徒カーススが扱う空間制圧魔法だ。

 世界を幻想的なまでに彩る星々と氷雪の下、探るようにラネージュの瞳がこちらを見た。

 一瞬、彼女と視線が重なり合って——。


「——〈星々よ、終わりの閃きを〉」

「——〈永遠なる氷のとりでよ〉」


 天が爆ぜるのとラネージュが氷に包まれるのは、ほぼ同時だった。

 轟音、閃光。世界が揺れ、爆発の熱波が地上に押し寄せた。

 熱せられて溶けた雪と氷が温水と化し、湯気をもうもうと立ち昇らせる。

 まるで温泉街のように辺りがけむりで真っ白に覆われる中。

 ——テールは呼吸を乱しながら、『星々の守護』を解除した。






☆—☆—☆




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