第2話 嘘発見器
口調は穏やかだが、ジュスティスが不審に思っている事は明らかである。
けれども、「あの少年を何故だか知っている気がして跡を付けたから」などと言えるはずもない。
前世でやっていたゲームで見た、なんてもっと言えない。
しかし、理由を答えられなければ更に不審に思われる。
冷や汗が背中を伝うのを感じながら、テールは頭をフル回転させた。
(考えろ! 原作でのあの少年の設定……何か使える情報はないかっ!?)
あの少年は母親と二人暮らしの十一歳。
お金がなく、決して楽ではない生活。
そんなある日、母親が過労から病気で倒れてしまう。
少年は母親の治療費のために、ネットで見つけた高額のバイトを受ける。
それが違法薬物の運び屋の仕事だった。
少年は何も知らないまま、渡された手提げバッグを指定の場所まで運ぶ。
そして仕事を終えた少年は、口封じのために殺害される。
(そうだ、この切り口で行けばっ……!)
脳内をぐるぐると巡る情報の中で二つ、有力なものがあった。
それらの組み合わせで、取り敢えずそれらしい理由を構築する事ができた。
テールは唾を飲み込む。
声の震えを押し隠して、たった今作り上げた嘘を語る。
「えっと……きっかけは、その手提げバッグでした」
「手提げバッグ? これかい?」
ジュスティスが左腕を持ち上げた。
そこにぶら下がっている真っ白な手提げバッグが揺れる。
「ええ。あの少年は着古した感じの洋服を着ていました。きっと、あまり裕福ではなかったのだと思います」
正直彼の服装など覚えていない。
それでも、貧しい生活をしていたという原作の設定を鑑みれば、間違ってはいないはずだ。
「そんな子が綺麗な手提げバッグを抱えていました。買ってもらったばかりのものかと思いましたが、違和感があったんです」
「違和感?」
「その手提げバッグに魔法陣が刻まれていた事です。一般的に、魔法刻印がなされた物品は、そうでないものと比べて高額になりますよね」
魔法刻印は特殊魔法が必要な希少技術であるため、刻印のある物品はどうしても数が限られ、高額となってしまう。
「魔法刻印がなされたバッグなんて、貧しい家庭で手にできるものではない。もしかしたら、あの子の所持品ではないのかも知れないと思ったんです。だから気になって跡を付けてみました」
ジュスティスが顎に手を当てて思考に
テールは息を呑んで、ジュスティスが口を開くのを待った。
(厳しいか……? だけど、筋は通っているはずだ)
明らかな矛盾を指摘できない限り、この話を否定する事もできないはず。
大丈夫だと心の中で念じながら、テールが口から飛び出そうな心臓の鼓動を十五回数えたとき。
ジュスティスがこちらを見て口元を僅かに緩めた。
「君は、何か隠しているね?」
「っ……!? 何故、そう思うのですか?」
内臓が
ジュスティスが表情を変えずに、右手の指先をテールの胸部に向けて突き出してきた。
「君の心臓の音だよ」
一瞬、テールは何を言われたのか分からなかった。
「僕は意識して耳を澄ませれば、至近距離の人間の鼓動も聞き取れる。僕が君に質問をしたときからずっと、君の心拍数は上がり続けていた。——隠し事のせいで、緊張しているからだろう?」
その言葉にテールは戦慄した。
『ディケワ』の主人公ジュスティス・ガーシュは、人並外れた身体能力を有している。
それは原作ゲームをやり込んだテールも事前に分かっていた。
だが、その卓越した身体能力が聴覚にまで及び、嘘発見器のように働くなんて想像もしていなかった。
原作では、そんなイベントなど起こらなかったから。
(これはゲームじゃないと思っていたのに。まだ、認識が甘かった……)
嘘をついた以上、ジュスティスのこちらに対する信頼は失われてしまったはずだ。
ジュスティスはとてつもなく強大な存在。敵対すれば勝ち目などない。
取り返しのつかない大失態に、テールは唇を噛み締めた。
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