第1話 原作主人公からの尋問

「僕は警察の人間だよ。君の通報を受けて駆けつけたんだ」


 ジュスティス・ガーシュはそう言って穏やかな微笑を浮かべる。

 テールの頭の中で、『ディケワ』の知識が蘇った。


(そうか、この辺りはジュスティスの管轄かんかつだった。だから、サブクエストでこの件にも関わるんだもんな)


 原作ゲームで彼は、身分を隠して警察の自律型特殊部隊に所属していた。

 その正体は、百五十年前に人類の天敵たる「邪神アンフェール」を倒した英雄たちの子孫の一人である。

 齢は十八。テールより二つ歳上だ。


「隠れていた少年も保護したし、君の回復も直に終わる。転がってるこの男たちも、ね」


 ジュスティスの言葉に、テールは慌てて男たちに目を向けた。

 バラバラだったのが幻だったかのように、彼らの四肢は元通りにくっ付いていた。


(す、凄い……! これがジュスティスの特殊魔法『ホーリー・レストア』……)


 ガーシュの血筋に伝わる特殊魔法の一つ。

 原作ゲームにおいては、自分以外を対象に発動できる主人公特権的なチート魔法。

 発動すれば仲間全員のHPが全回復するというぶっ壊れ性能。

 その代わり、「自身の最大MPの七割を消費する」という厳しい発動コストがかけられていた。


(だけど、これはゲームじゃない)


 ゲームではただの数字だったMPは、現実では魔力として肉体と密接に関係している。

 そしてゲームの設定に準拠しているならば、ジュスティスは『ホーリー・レストア』の発動に多大な魔力を消費した事になる。


(魔力を大量に失えば、激しい頭痛や眩暈めまいに襲われるはずだ……)


 それでもジュスティスは微塵も顔に出していない。

 彼の顔に浮かんでいるのは、こちらに気負わせない穏やかな微笑のみである。

 その優しさが、かえってテールの罪悪感を強めた。


(俺だけだったら、ジュスティスは『ホーリー・レストア』を使う必要はなかった。あの男たちがいたから……)


 負傷者がテールだけだったならば、普通に病院に搬送するだけで良かったはずなのに。

 しかし傍らに瀕死の男たちがいたからこそ、ジュスティスは誰も死なせまいと切り札を使った。

 そのお陰でテールは人殺しにならずに済んだ。

 けれども、そのせいでジュスティスにまで余計な苦痛を与えてしまった。


(俺は、何をやっているんだろう……)


 そのとき、金色の光がふっと消滅して視界が元の色に戻った。

 テールが自身に目を向けると、焼け焦げて血まみれだった洋服すらも綺麗になっていた。

 倒れている男たちに目を向ければ、彼らからも真っ赤な汚れが消え、地面の血の海も跡形もなくなっている。

『ホーリー・レストア』に洗浄の効果はないため、あわせて浄化の上級通常魔法『ピュリフィケーション』と修復の『リペア』も使ってくれたのだろう。

 ジュスティスほどの魔法師になれば、通常魔法程度は無詠唱で発動できるから。

 テールは立ち上がって、ジュスティスに頭を下げた。


「……すみませんでした。ありがとうございます」

「んー。身体は大丈夫なはずだけど、元気がないね。この男たちを気にしてる?」

「っ……」


 テールは顔を伏せたまま肩を震わせる。

 ジュスティスが、足元に転がっていた拳銃と白い手提げバッグを拾い上げた。


「拳銃には『サイレンス』の魔法刻印。まあ、犯罪者用のありふれたものか」


 興味なさげに呟いて、ジュスティスは拳銃を雑に地面に捨てた。

 物理的に魔法陣を刻み込み、魔力を流すだけで誰でも魔法を発動できるようにする特殊な技術「魔法刻印」。

 それがなされているというだけで、その物品は価値が大幅に跳ね上がる。

 ましてや、この銃には銃声をほぼ無音にするという強力な魔法が付与されているのだが、ジュスティスにとっては見慣れたものだったらしい。


「手提げバッグには見た事ない魔法陣が刻まれてある。状況から考えると、盗難や紛失を防ぐ魔法かな」


 彼の考察を聞き、テールも顔を上げて目を向けた。


(その通りだ。原作『ディケワ』では、監視カメラに映っていたその特殊な魔法陣から背後にいる犯罪組織を暴き、壊滅させる事がサブクエストの最終目的だった)


 難易度は高めだが、達成すれば特殊な魔法刻印が施された様々な装備品が手に入る。

 その後のストーリー進行がかなり楽になるので、縛りプレイでもなければ達成すべきサブクエストであった。


「中身は、っと」


 手提げバッグからジュスティスが取り出したのは、チョコレート菓子の箱だった。

 けれども蓋を開けると、中には白い粉が入った袋が詰め込まれていた。


「なるほど、違法薬物か」


 ジュスティスは箱を戻してバッグの紐を左腕に通すと、こちらに向き直った。


「僕の予想だけど、最初にこのバッグを運んでいたのはあの少年だね? そして、ここでこの男たちに渡したところで殺されそうになった。それを見た君は、あの少年を守るために介入した」

「ええ、その通りです」


 テールが頷くと、ジュスティスは軽い口調で続けてきた。




「君はあの少年の知り合いなのかい?」




 ドクン、とテールの心臓が縮み上がった。

 テールは緊張で身を固くする。


「……いえ、あの子とは初対面です。名前も知りませんでした」


 ——僅かに、ジュスティスが目を細めた。




「ふむ……それじゃあ、どうして君がここにいるのか、聞いても良いかい?」




 テールは、喉に剣先を突き付けられたような心地がした。






☆—☆—☆





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