第3話 我らが主人公、万歳!

 しかしテールの内心とは逆に、ジュスティスは穏やかな笑みを溢した。


「だけどね、僕は君が悪人じゃないと思っている」

「……えっ?」


 予想外の言葉に、テールは思わず彼の目を見つめた。

 ジュスティスの視線が、転がっている男たちに向けられる。


「君が使った魔法は、なかなかに壮絶なものだったようだ。だけど自分が引き起こした結果に吐いてしまうくらい、君は争い事に慣れていないのだろう?」


 ジュスティスが一番近くの男を爪先でゲシゲシ突き始めた。

 基本的に優しいが、悪と判断した相手には容赦がないのがジュスティス・ガーシュという人間である。


「それでも君は、あの少年を守るためにこいつらに立ち向かった。そして見事に勝利し、彼の命を救ったんだ」


 ジュスティスが身体ごとこちらに向き直る。

 今日一番、晴れやかな笑みを浮かべて。




「——君は誇って良い。誰かを守るために戦えるのは、とても凄い事だから。それで救えたとなれば、尚更にね」




 ふっと——テールの心の中で澱んでいた闇が、消え去った気がした。


(救えた……そうか、俺は救えたんだ。本来死ぬはずだった、あの子を……)


 原作では、あの少年の母親を思う気持ちは報われず悲惨な死を遂げた。

 そして彼の母親も、たった一人の大切な家族をうしなって失意に沈んでいた。

 そんな彼らの運命を、テールが変えたのだ。


「君は不慣れながらも必死で戦って、死に逝く命を守り切った」


 その言葉が温かくテールの心に染み込んでいく。

 ジュスティスは聡明だ。

 テールが他者を攻撃して自責に駆られていた事も、きっと最初から見抜いていたのだろう。


「そんな凄い人が悪人なはずがない。だから僕は、これ以上は君の事を詮索しないよ」


 ジュスティスが朗らかに笑いながら続ける。


「事件の後始末は僕に任せて欲しい。あの少年の事もね。だから、君はもう帰って休むと良い」

「えっ……?」


 思わぬ申し出にテールは目を丸くする。

 ジュスティスが右手の人差し指を立てて、自身の口の前に寄せた。


「秘密にしておきたい事があるんだろう? だったら、他の警官がやって来る前に立ち去った方が良い。大丈夫、僕が上手く誤魔化しておくから」


 トゥンク……という音が、自分の胸から聞こえた。

 ——何だ、この聖人は。イケメン過ぎるにも程がある。我らが主人公、万歳!


「僕はジュスティス。君の名前は?」


 テールはハッと我に返った。


「あ……俺はテールと申します」


 正体を隠しているジュスティスが名を明かした事に内心驚きつつ、テールは自らも名乗り返した。


「テール、君とはまたどこかで会う気がする。そのときには、君が抱えている秘密を話してもらえると嬉しいかな」


 おどけたように笑って、ジュスティスはひらひらと右手を振った。

 テールは一瞬言葉に詰まり、けれどもすぐに笑みを浮かべた。


「はい、ジュスティスさん。今日はありがとうございました」

「こちらこそ。またね、テール」


 テールはジュスティスに頭を下げてから、走ってその場から駆け離れた。

 今さら無意味だろうけれど、この激しい胸の鼓動を隠したかった。

 きっと、ジュスティスは気づいた事だろう。

 ジュスティスが「またどこかで会う気がする」と言った瞬間、テールが激しく動揺した事に。


(また会う事なんて、あるのだろうか。ジュスティスさん、あなたは……)


 テールは走りながら奥歯を噛み締める。


(——あなたは、もうすぐ死んでしまうのに)


 今から二ヶ月後に、ジュスティス・ガーシュが自らの命と引き換えに世界を守る。

 それが、『四災のディケイ・ワールド』のシナリオだった。






☆—☆—☆




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