第2話 悪鬼

 村に近づくにつれ、巨大な影は鮮明になって来た。人々の倍の大きさはあるだろうか。張り詰めた筋肉と額に不自然な角を生やした頭。おとぎ話によく出てくる悪鬼だ。村人たちは蜘蛛の巣を散らしたように逃げまどい、私は家のほうに足を向けると化け物と逆の方向に逃げていく両親の姿を見つけた。誰もが逃げ惑い、しかしどこに逃げるのだろうか。逃げてしまえば、いずれ悪鬼は去って行くのだろうか。今は夕暮れ、いずれ夜の帳がかかるだろう。そうなれば脆弱な人間なんて獣たちの餌にしかならない。だが、誰も戦わない。逃げるか距離を取り見つめるだけだ。

 そんな中、子供と共に逃げようとした女が足を引っかけて転倒してしまった。泣き叫ぶ子供の声に悪鬼が気づき、女のほうに向かって行った。目を凝らしてみると、女は西側に住む3人の子供の母親だ。母親は倒れたまま子供を背に悪鬼と対峙した。徐々に近づく悪鬼。誰もが悲壮な表情で女を見ている。逃げることはしないが助けに行くことも出来ない。背中にかばっていた子供の一人が飛び出して悪鬼に向かって行った。

「お母さんに何をする!」

 子供は悪鬼の足元に抱き着くも、何事も無いように蹴り飛ばされてしまった。幸い、周りで動けなくなっていた大人にぶつかり、抱えられ怪我はしなかったようだ。しかし悪鬼は母親に向かって行く。さらに悪鬼に向かって行こうとする子供を大人たちが抑えてると、悪鬼の前に一人の男が立ち塞がった。

 それは、数年前に流れて来た、元軍人。足を怪我して不自由になり退役したという噂だ。退役軍人の年金で暮らすには不自由はなく、いつも酒場で一人酒を煽り、誰とも話さず、変わり者として見られていたが、誰にも迷惑をかけてはいなかったので、透明人間の様に存在していた。その男が、盾と剣を持って悪鬼と対峙した。

「早く女と子供を連れて行け」

と叫んだ。そして、さらに大きな声で

「子供ですら母親を守ろうとしているのに、お前らは何だ。自分たちの村が襲われているのに、指をくわえてみているだけか」

その声に、はっとした村人たちは、誰彼となく、道端に落ちている石を拾い悪鬼に向かって投げつけていた。

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