第4話 初対面


──7:50。

 俺は昨日、須貝海将に挨拶した際に今日の行動について指示されていた。と言っても、明日0800まるはちまるまるにこの住所に行ってください──と、とある住所が書かれた紙を渡されたのだ。俺は今、その指示された場所に来ていた。


 8:00集合ということは、5分前くらいに現着していればいいだろう。だが社会人ならば、初めて訪れる場所には念の為15分前には到着しているべきだろう。

──俺だったらそうしたい。

 何があるかわからない。もしかしたら場所を間違っている可能性だってある。田舎に慣れていない俺のメンタル的には15分前には現場の近くには着いていたい。


 そう思って来たはいいが、誰かがいる気配がない。駐車場はガランとし、建物に入っても人がいる気配がない。とりあえず指示通り“防衛省捜査局の部屋”を探す。建物は平屋の一階建てだ。そしてそれほど広い建物ではない。一階をうろついてればその部屋を見つけられるだろう。


 割とすぐに“防衛省捜査局”という文字が書かれた紙がセロハンテープで付けられているドアを見つけた。明らかに仮設だ。

──てことは、俺が呼ばれた捜査チームというのは箱がまだない組織ということか?

 俺は箱から立ち上げるのだろうか。

──なんだか雲行きが怪しくなってきたぞ。元々晴れてたわけじゃなかったけど。

 ドアの前で立ち尽くしていてもしょうがない。俺はノックをしてから入室した。


「失礼しまーす……」


 俺が部屋に足を踏み入れると、中は静まり返っていた。まだ誰も来ていないのか。それとも今日は俺が一人で何かをやらされるのか。部屋にはデスクがいくつか置かれている。軽くため息をついた俺が奥の窓際へと進もうとした時だった。右の視界に人がいたような気がした。


 気のせいかもしれない。何故ならこの建物の前に車が停まっていなかったからだ。そして建物内に足を踏み入れたが物音ひとつしなかった。照明も付いていない。もしこの建物に俺以外の誰かがいるとすれば、それは──。

──幽霊?

 恐る恐る右の方を見る。


「うわっ!?!?!?」


 男がいた。敬礼をしている男が。じっとこっちを見てくる。微動だにしない。

──生きてるよな?


「お、おはようございます……」


 俺はなんとか声を絞り出した。すると声が返ってくる。


「おはようございます」


 落ち着いていてハッキリとした声。昨日会った舞鶴総監部の司令と同じような制服を着ている。俺は自衛官の階級や制服を見分ける知識がない。この人がどこの誰なのかはわからない。人間か幽霊かもわからない。わからないが、とりあえず自己紹介をしておくべきだろう。人間だろうが幽霊だろうが、これから俺はここで働かなければならない。


「初めまして。わたくし、警視庁から参りました、鷹匠深雪たかじょうみゆきと申します」

「これからお世話になります。海上自衛隊の宮田嶺二みやたれいじです。よろしくお願いします」

「こちらこそ!どうぞよろしくお願いいたします」


 どうやら幽霊ではないらしい。

──にしても、この気配の消し方は心臓に悪いな。


 宮田さん以外、ここには誰もいない。ということは捜査チームは俺と宮田さんだけなのだろうか。そう尋ねようとした時、入口のドアが勢いよく開いた。


「おはようございます!陸上自衛隊の五十嵐直弥いがらしなおやです!」


 突然の登場に驚いた俺は、ひゃっ──と、情けない声をあげてしまった。

──にしても元気がいいな。30過ぎたおっさんの俺には眩し過ぎる。

 このエネルギー溢れる圧倒的な若さはおそらく20代中盤だろう。まだ社会に希望を抱いている年齢。

──俺もそんな時代があったな。

 擦れたボロ雑巾のようなおっさんの俺と、おそらく年上だろう落ち着いた宮田さんがいるのであれば、他のメンバーはハツラツとしているとバランスがいい。


 俺と宮田さんが五十嵐さんと挨拶をした後、ちょうど8時になる瞬間だった。再び入口のドアが開いて誰かが入ってくる。


「おはようございます!航空自衛隊の藤原光希ふじわらみつきです。本日より宜しくお願いします」


 まさかまた人が入ってくるとは思っていなかった俺は、今度こそ声は出さずとも思わず驚いて後ろへと飛び跳ねた。それと同時にデスクに置いてあったファイルにぶつかり、地面にいくつか落ちてしまう。俺がファイルを拾う間、3人はそれぞれ自己紹介をしていた。つまり、ここにいる4人全員が初対面ということだ。この中の誰かが進行する役割を担っているのだろうか。俺がこのチームのアドバイザーになるとしても、チームを取りまとめる人間が必要だ。


「あの、ちょっと聞いていいですか?」


 俺が声をかけると3人が一斉にこちらを向いた。反応速度が早い。むしろ早過ぎて怖い。


「いや、あの、私は皆さんと違って外部の人間なんですけど……その、私は今日この後どうしたらいいのでしょうか?今日8時にここに来いと舞鶴地方総監部の司令に言われましたが、それ以上は何も指示がないので──」


 俺は3人に尋ねるが、3人とも顔を見合わせた後に再び俺の方を向いた。そして今入って来たばかりの藤原さんが口を開く。


「私たちも8時にここに集合するように指示があっただけです」

「そうですか──あ、藤原さんには紹介がまだでしたね、警視庁の鷹匠深雪です。あの、みなさんそもそもはどんな指示を受けてこちらに異動になっているのですか?私は新しい捜査チームの立ち上げ要員として防衛省に出向、という形なのですが」


 藤原さんは真顔で沈黙した。

──俺、何かまずいことでも聞いたか?

 いや、ここに集合する以外に何も指示を受けていない以上、お互い持っている情報でどうにか今日のミッションを見つけなければならない。


 藤原さんが答えるより先に宮田さんが口を開いた。


「私も“防衛省内の新しい捜査部門立ち上げのため“、と総監の命令を受けてこちらに配属されています。なので本日付けて所属は以前の部隊ではなく、防衛省捜査局に異動という形になっているのですが、詳しいことは何も。警視庁の刑事さんと協力してくださいと言われました」


 宮田さんがそう言うと五十嵐さんも続く。


「私も同じです。現場にいる刑事さんに指示を仰ぐようにと」


──俺が彼らに指示を出すの?

 思わず自分を指さして彼らを見ると、藤原さんは頷いた。


「五十嵐二尉、宮田一曹と同じく、私も現場の刑事に従うようにと言われています。鷹匠さん以外に刑事さんがいないのであれば、鷹匠さんが我々に指示を出す現場最高指揮官と言うことです」


──俺?よりによって何も聞かされず昨日今日で突然舞鶴に飛ばされた俺?

 困惑している中、俺の右ケツが震えた。誰かからの着信だ。スマホを取り出すが画面には未登録の番号。


「すみません、出てもいいですか?」


 スマホを指さして3人に尋ねると3人同時に頷いた。俺は恐る恐る応答ボタンをスワイプする。


「はい、鷹匠です……」

『あ、鷹匠くん、無事に舞鶴着いた?』


 どこかで聞いたことのあるような、能天気な声が聞こえてくる。

 

「──?」

『何、もう私のこと忘れた?酷いな君は〜』


 電話は警視庁刑事部の本田部長からだった。そう、昨日唐突に新幹線チケットを差し出して何の説明も無しに俺を京都へと飛ばした、俺の上司だ。


「部長を忘れるわけないじゃないですか!どうなさいました?急に電話なんて──」

『君、四方くんから覆面掻っ払ってきたんだって?』

「ひ、人聞の悪いこと言わないでくださいよ!四方刑事部長のご厚意に甘えたまでです!」

『はっはっは!冗談だよ』


──困っている時に冗談を言われると頭にくるもんだな。

 いや、本田部長のこの本気かどうか分からない独特の雰囲気が俺は苦手なだけか。


『で、どうだい?新しい部署は』

「どうもこうもないですよ。この場にいる人間誰も指示を受けていないもので、挨拶は済ませましたが次に何をしたらいいのか分からないんです」

『おかしいな──もう手がける事件は決まっている、と聞いていたんだが』

「え、そうなんですか……?」

『何か事件ファイルとか置いてない?防衛省捜査局が使う捜査ネットワークはまだ構築段階にあるから、紙で事件情報が共有されてると思うんだけど」


──紙。いつの時代なんだ?俺が入庁した頃より酷いぞ。


 本田部長が言うには、現在防衛省と警察庁で相互にデータ統合とアクセス権の設定をしているらしい。それができるまでは俺は警視庁のデータ照会をし、防衛省のデータ照会をするには彼ら3人の自衛官が警務隊がある建物まで行って行うというものだ。だから最初の事件に必要な捜査情報はプリントアウトされてファイルに入っているとのこと。

──面倒だな。


 そしてそのファイルというのが、俺がさっきぶちまけたファイルのことだろう。他のデスクを見回してもファイルらしきものがこれみよがしに置かれていたのはここだけ。

 

 落ちたファイルを回収する際、デスクの上に木材の三角柱のプレートを見つけた。何も書 かれていないが、他の二面を転がすと俺の名前が書かれている。

──ということはここが俺のデスクか。なんで真ん中一番奥なんだよ。警視庁だと課長が座っているような席だぞ?

 だがここに座れということだろう。俺はプレートを名前が見えるようにひっくり返してからデスクに座った。


 藤原さんも五十嵐さんもそれぞれ自分のデスクに着く。宮田さんは俺が入室した時すでに自分のデスクの場所にいた。プレートにある宮田さんの名前がここから見える。


『しばらくアナログだろうけど、初心に帰ったつもりで現場の捜査を楽しんで』


──人ごとだと思って簡単に言って。


『困ったことがあったらいつでも連絡くれて構わないからね。毎回対応できるとは限らないけど。後は自衛官たちと協力して使えるコネは使ってみて。私もそのうちそっちに顔出すから。じゃ、そういうことで』


 電話は一方的に切られた。俺は思わずため息が出た。だがいつまでも項垂れているわけにもいかない。俺はデスクから部屋全体を見渡した。各デスクにはそれぞれPCが置かれている。だが部長の話だと、まだそのPCは十分に使えないということだろう。そして部屋の中央には大きいテーブルが。アイランドキッチンみたいだ。俺は気になってファイルを片手にそのテーブルまで行く。


 テーブルの表面は黒いガラスのように見える。触ってみるとテーブル全体が明るくなった。どうやらこれはテーブルではなく巨大なタッチパネルらしい。

──誰が用意したか知らないが、意外と時代に即したオシャレなものを見繕ってくれるじゃないか。

 俺がパネルをいじって遊んでいると3人が寄ってくる。


「鷹匠さん、何やってるんですか?」


 五十嵐さんが俺に尋ねた。俺は捜査ファイルにあった情報をこのパネルに表示させるためにあちこちいじりながら答える。


「どうやら、私たちの最初の事件はコレみたいですよ」


 そう言って現場写真だろう画像を表示させた。


 

 

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