2.なんであんたまで紐ビキニ着せられる話に!?



「うへぇっ!? 伶花!? なんであんたが怒ってんのよ!?」


 校門を出たら、突然、女子高生に詰め寄られた。

 黒髪に黒縁メガネ、あげくは長めのスカート。

 一見地味目に見える彼女だが、その正体を私は知っている。

 私と同じアイドルグループに所属する神楽坂かぐらざか伶花れいかだ。


 平均身長ジャストの私よりも少し背の高い、クール系女子である。

 練習の時には、メガネを外しており、そちらは問答無用の美人だと言っていい。

 そう、この女、普段は地味JKにカモフラージュしているのだ。


 そんな彼女が私に対して怒りに燃えている。

 当然、訳が分からないわけで、こっちも混乱してしまう。


「あんた、いけしゃあしゃあとふざけてんのっ? ここで死ぬか、謝るか選びなさいよっ!」


 伶花は必死の形相で私の首をしめてくる。

 鬼気迫った表情、冗談じゃ済まされない。


「ふぐぅ、死ぬから、やめろっ! ちょっと、わけわかんないし!」


 何とかそれを振り払うも、どう見ても普通じゃない。

 この女を落ち着かせないと、周囲の目が怖い。なんなのよ、こいつ。

 私がアイドルをクビにされてなかったらゴシップになってたじゃん!


「伶花、とりあえずカフェでも入ろっ! 人目もあるし、話はあと!」


 取り急ぎ、近場のカフェに引っ張り込む。

 伶花は「許さない、許さない」とうわ言のように呟いていて、かなり怖い。


 カウンターでドリンクを受け取ると、伶花に経緯を話してもらう。

 こちとらアイドルをクビになって私史上最高に凹んでるっていうのに、なんで怒られなきゃならないんだろうか。


 いや、思い返せば、研究生の時から私はこの女に怒られてばっかりだった。

 伶花は真面目すぎる性格で、なにかと厳格な女。

 正直、私との相性は最悪なのだ。

 っていうか、私、もう事務所をクビになってるし、赤の他人のはずなんだけど。


「私、SLAPS、クビになったんだけど! あんたのせいで!」


「は?」


 伶花の言葉に思わず間抜けな声が出てしまった。

 クビ? クビって言いました?


「は、じゃないわよっ! あんたのせいでクビになったって言ってんの!」


「なにそれ!? わけわかんないし! っていうか、あんたもクビになってんの!?」


 聞き間違いか、あるいは冗談かと思ったが、伶花の目はマジのマジだった。

 この女はそもそもドッキリをしかけてくるタイプではない。

 それにしても、何で伶花までクビに?


 SLAPSで誰よりも歌を真面目に練習していたのは彼女だった。

 事務所からの期待もすごかったし、仲間内の信頼も篤かった。

 それなのにクビだなんて信じられない。


「ってことは……ひょっとして、こころも?」


「そうだよっ! 昨日、書類が届いて、事務所をクビになったの!」


「うっそ……」


「まじだよ、そんなこと嘘つくわけないじゃん」


 私たち二人の間に、何とも言えない空気が流れる。

 さっきまで私を殺さんばかりに怒っていた伶花はすっかり落ち着いてしまった。


「で、でも、なんで私のせいだっていうわけ? おかしくない?」


 自分の不幸はともかくとして、他人の不幸は気になるものである。

 そもそも、伶花はこう言ったのだ。


 私のせいでクビになったって。

 言っとくが、私はお天道様に顔向けできないことはやらないたちである。


「あんた、水着の仕事、蹴ったでしょ? 派手な水着の」


「み、水着の仕事? あー、あれね。蹴ったよ、そりゃあ当然でしょ!」


 伶花の口から出てきたのは、あの忌まわしい水着の仕事の件だった。

 私はその仕事を思いっきり拒否し、アイドルデビューを逃したらしいと予測している。


「そりゃそうよね。……まぁ、あんたじゃ、色々と不都合が出そうだものね」


 伶花は私の体のある部分をちらりと見つめて、ふっと溜息をもらす。

 この女、ちょっとぐらい胸がでかいからって生意気な。


「伶花、表に出るか、この野郎、白黒つけてやる」


「いいから、座りなさい。その仕事なんだけど、あのクソ副社長、あんたがその仕事を蹴ったから、私に出ないかって言ってきたわけ。かなり強めな感じで」


 私の言葉など聞いていないかのように、伶花は落ち着いた声で話を続ける。

 その内容は最悪の一言。

 あの副社長、私がダメだったからって他の子に声をかけるなんて。


「……で、あんたはどうしたの? ま、まさか受けたの? あんなの海外のインフルエンサーしか着ないよ? VIOやってないと無理だよ?」


 伶花はグラマーな体型をしているとは思う。

 でも、あの紐ビキニはそういう次元を遥かに超えている。

 頭の中で一応、想像してみる。うーむ、いけるかな? どうだろ?


「変な妄想しないでちょうだい! 着るわけないでしょ! 殺すわよ?」


「ひぃいい」


 眼光鋭く睨まれて、思わずすくみ上る私。

 伶花は喧嘩っ早いのだ。


「いやぁ、ナイスバディな伶花さんならいけるかなぁと思いまして。てへへ」


「まぁ、そこそこ行けるかもだけどね、あんたと違って出るところ、出てるし」


「言ったな! いい度胸してるじゃんか! 表でようぜ、キレちまったよ」


「落ち着きなさい、みんなが見てるわよ? 子どもじゃないんだから」


 再び立ち上がった私にカフェのお客さんたちの視線が飛んできていた。

 くぅう、店を出たらすぐにキックをかましてやる、その発育のいい尻によぉ。


「じゃ、あの仕事を蹴ったから辞めさせられたってこと? あんた、デビュー曲でもイントロ担当だったじゃん。そんなことある?」


「だから怒ってんでしょうが! こころが水着の仕事受けてれば、全部が丸く収まったのに!」


「丸く収まるか! 私の将来に角が立つわ!」


 伶花はクビになったことを彼女なりに消化するために、無理やり私のせいにしようとしたらしい。早い話が逆恨みだ。

 恋人が別れ話を切り出した途端、刃物で刺してくるタイプである。

 正直、関わりたくない。


 それにしても、不可解なのは私たちを首にした事務所だろう。

 一体何の目論みがあったのだろうか。

 そんなに紐ビキニを着て欲しかったのだろうか。


「くっそ、あのエロおやじ、許さん。まじで、キレそうなんだけど!」


 今さらながらに怒りで燃える私。

 しかし、伶花の発した次の一言に私は耳を疑うことになる。

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