アイドルクビになったけど、部位チューバーでバズり散らかす話!
海野アロイ
1.メジャーデビュー直前で解雇ですか!?
「な、なによ、これ!?」
私、
手には事務所から送られてきた手紙が握られて、わなわなしている。
事務所とは私の所属するアイドルグループ、
私はデビューを目指して公演に出ている、いわば見習いアイドルだ。
いくつかの公演を経て、あと一か月もすればメジャーデビューと聞いていた。
それなのに、書面にあるのは「解雇通知」の四文字だった。どういうこと!?
解雇通知。
アイドル、やれない、ってことである。
「わ、私、デビューできないの……? うっそぉ」
やっと口から出てきた声は震えていた。
脳はもはやスパーク寸前。
焼き切れて目と耳と口から煙が出てきそうだ。
アイドルになるのは子どもの時からの夢。
研究生になってからの一年間、歌もダンスも必死に取り組んできた。
それなのに、一方的に解雇を言い渡されるなんてあっていいはずがない!
「嘘よ、嘘! こんなのありえないもん!」
何かの冗談やドッキリなんじゃないかと思い、事務所に電話をかけるも、
「書類に記載されておりますので」
電話口の人に冷たい声で一蹴された。
「しょ、書類!?」
もう一度、送られてきた紙に目を通す。
そこには「マネジメント上の重大な食い違いがあったため」と書いてある。
重大な食い違い?
「まさか……」
冷たい汗が背中に伝っていく。
ある日の事務所でのやり取りを思い出したのだ。
数日前、事務所の副社長が私を呼び出して、とある仕事を勧めてきた。
それはデビューを盛り上げるためにグラビアに出ないかという話だった。
その話を聞いた時には少しだけ興奮したのを覚えている。
私はスタイルに自信がある方じゃない。
だけど、きれいに撮影してもらえるなら、喜んでっていう気持ちさえあったから。
「水着なんだが、これでやって欲しいそうだ」
「んななななな!? こ、これですかっ!?」
副社長の出してきた水着に思わず声が出てしまう。
それは紐みたいなビキニだった。
露出狂か、ものすごい体型のインフルエンサー(結局は露出狂)しか着ないやつである。
悲しいかな私はスレンダー体型なので、そういう類いの水着が着られるはずはない。
そもそも、現役女子高生が着ていいレベルの水着じゃない!
ムリだ、絶対にムリだ。
「こ、こういうのじゃなくて、普通の布地の面積のやつでお願いしたいんですけどっ!」
「これは先方のリクエストだからな、無理だなぁ」
副社長は脂ぎった顔で困ったような表情。
それから、私の目をじっと見つめてこう言った。
「御徒町、今がデビュー前の一番大事な時期だ。この仕事を受けられないって言うのはちょっと問題だぞ?」
ちょっと問題っていうか、こんな水着、着る方が大問題である。
布地が少なすぎて、大変なことになるし!
私は見た目は派手だが、けっこうビビりな性分なのである。
「ですけどっ! この水着は無理ですっ! 絶対にダメです! 失礼しますっ!」
副社長に押し切られるわけにはいかなかったので、私は慌てて部屋の外に出る。
彼の無茶ぶりは今に始まったことではなく、先日は私と同期の二人で滝行をさせられた。
「……なんだかなぁ」
部屋を出てから大きくため息。
副社長はやり手だって言われている。
だけど、強引過ぎると思う。
アイドルの卵だからって、どんな仕事でも受けられるわけじゃない。
ま、さすがに副社長もこの仕事を断るのを問題視しないだろう。
私は高校生だよ、ありえないよ。
そんなふうに高を括って、深く考えないでいたのだ。
しかし、それが事務所の逆鱗に触れたらしい。
その仕事を受けられないなら、辞めてもらおうということになったのだろうか。
私は学校の友達にメジャーデビューの話を言ってしまっていた。
気合を入れすぎて、夏休み中に髪の毛をピンクにもした。
それなのに。
「クビだなんて痛すぎるよぉおお」
今日は高校一年生の八月三十一日。
いよいよ、二学期が始まるっていう時期にとんでもないサプライズである。
それも最悪の。
明日、学校でみんなにどう説明しよう。
◇
「こころー、おはよー」
「すごーい、髪の毛、ピンクってまじでかわいいー」
始業式の教室は私の心もようとは違って、活気に満ちていた。
当の私はもはや情緒ぐちゃぐちゃである。
結局、朝まで思い出しては泣いてたし。
「こころのデビューっていつ? ちょー楽しみ!」
「私たち、絶対、応援に行くからねー!」
クビになったことを知るわけもなく、友だちは期待に満ちた目で私に声をかけてくる。
熱っぽい視線は男子生徒からも同じ。
同性からも異性からも認められて、正直言うと、誇らしい気持ちにさえなっていた。
だけど、今では心が痛い。
私、アイドル、クビになったんだもん!
メジャーデビューできないんだもん!
何の特技もない劣等生でしかないんだもん!
愛想笑いでやり過ごしたい気持ちがむくむくと湧いてくる。
だけど、それは絶対に悪手である。
一時しのぎで嘘をついたり、はぐらかしたりすると、あとから数倍しっぺ返しを喰らうのを私は痛いほど知っている。
中学生の時にオーディションを通過した。
周囲にはそれを秘密にしていたのだが、ふと口にしてしまったのだ。
結果、何が起きたと思う?
クラスの女子全員からハブられかけた。
つらすぎる経験。
あの時のみんなの視線。
思い出しても胃がきりきりする。
「あ、あのっ、みんなに聞いて欲しいことがあるのっ! おわ」
私は思い切り立ち上がる。
勢いがつきすぎた椅子はガタンと大きい音を立てて、クラスメイト全員の視線を集めてしまう。
あぁあ、私のバカ!
大事にしたいわけじゃなかったのに。
だけど、しょうがない。
今のタイミングで言うしかないじゃん。
「わ、私、そのぉ、事務所、辞めることになって! 今まで応援してくれたのに、ごめんっ……!!」
みんなに深々と頭を下げる。
こんなことで謝るなんて自意識過剰に思われるかもしれない。
だけど、クラスメイトたちは私を応援してくれていた。
いわば、私の最初のファンだったのだ。
その期待を裏切ることになったのは事実だし、謝っておきたかった。
みんなをライブに招待したかったし、ステージの上の私、MVの中の私を見て欲しかった。
そう思うと、涙腺がじわじわ熱を帯びてくるのを感じる。
おぉっと、いけない。
私は、絶対に、泣かないって決めたのに!
「まじで……?」
「うっそぉ……」
ぽつりぽつりと動揺する声が聞こえてくる。
これ以上、湿っぽい感じを出したら、クラスの空気をぶち壊すことになる。
私はあくまでも報告したいだけで、同情してほしいわけじゃない。
「あははー、そこまで深刻なことじゃないって! 大学進学も考えてるしっ! もうすっぱり割り切ってるしっ!」
精いっぱいの笑顔を作って教室の空気を強引に変える。
泣き出したいのは今だって同じだ。
進学のことなんか考えてないし、割り切れているはずもない。
そもそも、勉強できないし、歌とダンス以外、自慢できることは何もない。
だけど、私がこのことを笑顔で話せる日まで、放っておいて欲しいっていうのが本音で。
「そっかぁ! まぁ、確かに高校生だし、将来のこともあるよねっ!」
「私たちはあんたが元気ならいいんだよっ!」
友達は私の言葉を受けて笑顔になる。
作り笑いだとは思うけど、その心遣いは嬉しかった。
ここで根掘り葉掘り聞かれるのは取り返しのつかない傷を負いそう。
「ありがとう、みんな……」
あれだけ泣いたはずなのに涙腺がちくちく痛い。
私の友達はいい子ばかりだなぁ。ビバ、友達。
クラスメイトへの報告をなんとか乗り越えた私は、新しい自分になるのだと決意した。
抜け殻になった私なんかが何になれるんだろう、なんて思いもするけど。
「じゃあねー!」
「また明日!」
帰りのホームルームが終わると、私はお手洗いに行ってから帰宅することにした。
トイレに入ってドアを閉めると、つかの間の一人の空間が現れる。
今日起きたことを洗い流すようにふぅっと息を吐く。
疲れた。どっと疲れた。
それでも学校のみんなが優しくて助かった。
出て行こうと鍵を開けようとした、そんな時のことだ。
「知ってる? 三組の御徒町、なんか事務所辞めたらしいよ?」
「えー、まじで」
「朝にあいつがいきなり騒ぎ始めたんだって。空気が速攻で壊れたとか言ってたし」
「どうせ弱小の地下アイドルでしょ? 自意識過剰なんじゃないの?」
「だよねー、お高くとまりすぎだっての、もう一般人のくせに」
噂話が聞こえてきた。
それも、思いっきり私をディスる感じの。
私の素の性格なら、即座に出ていって抗議していたかもしれない。
だけど、アイドル活動を始めてからは、そんなことはできなくなった。
性格がきついってSNSに書き込まれるかもしれない。
迂闊な一言で炎上し、業界から追い出された芸能人は数知れず存在する。
抗議のかわりに私の口から出てきたのは嗚咽だった。
それも吐き気さえ伴うほど、強烈な。
「……ぅぅうう」
涙が一気に溢れ出し、ふらふらとトイレに座って顔を抑えた。
声を漏らさないように必死に耐える。
みんながみんな、私のことを応援してくれているわけじゃないのはわかっている。
だけど、なんでそこまで言われなくちゃいけないんだ。
私だって、私だって、わけがわかんないのに。
涙はぽたぽたと垂れて、私のスカートにシミを作る。
悲しい。心が痛い。
それでも頬を伝う涙は誰にも見せられない。
悲劇のヒロインぶりたくなかったから。
私はうずくまるようにして泣いて、涙が通り過ぎるのを待つのだった。
「うわぁ、ひっどい顔」
ドアの外に誰もいないのを確認すると、やっとトイレの個室から解放される。
トイレの鏡に写る私はひどく情けない顔をしていた。
目の下のくまを隠すために気合を入れたはずのメイクもぼろぼろだ。
「あはは、裏では結構、言われてたんだね……」
鏡の前で独り言を言ってしまう。
ひがみややっかみは慣れているはずなのに、ずいぶん、効いたみたいだ。
ま、もう言われることもないか。
少しだけ寂しい気持ちもある。
校舎から出ると、九月の蒸し暑い空気が私を襲う。
空はとてもきれいで、心が少しだけ軽くなる。
もう一度、新しい方法を見つけようと誓う。
まだ高校一年生じゃん、私。
何にだってなれるよ。
そんな風に気持ちをポジティブに切り替えた時のこと。
「こころ、あんたのせいでぇえええ!」
突然、後ろから詰め寄られた。
それは黒縁メガネをかけた、地味目の女子高生だった。
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