3.ネットの世界で有名になろう!
「ま、終わった話だけどね。あんたも辞めさせられたなんて、バカらしい」
私が一人でぎりぎり歯嚙みしていると、伶花はぼんやりとスマホを眺めていた。
その態度にカチンときてしまう私である。
クラスメイトの前では殊勝に振舞っていたが、伶花となら愚痴れると思っていたのに。
「あんた、悔しくないわけ? デビューしたいって言ってたじゃん」
「別に。終わったことはもうどうしようもないでしょ? それに……、歌はアイドルじゃなくてもできるし、本当は声の仕事もしたかったし」
伶花はスマホの画面を眺めたまま、投げやりな口調でそう言った。
いかにも『私の中では消化されました、大人ですから、あんたと違って』みたいな顔である。
だけど、私は知っている。
この女は、SLAPSの中で私と同じかそれ以上に努力をしてきたってことを。
歌の先生に一番喰らいついて学んでいたのも伶花だったし、苦手なダンスのレッスンだっていつも汗だくで臨んでいた。
そんなに簡単に切り替えられるはずがない。
「そんなこと言ってさぁ、あんただって悔しいでしょ? 素直になりなよぉ」
「悔しくない」
「あの脂ぎった副社長を八つ裂きにしたいって思ってるでしょ? 桃子さんの後のマネージャーもうちらにだけ当たり強かったし」
「別に……もう忘れたわ」
「他のみんなはどう思ってるんだろ。ライバルがいなくなってやったーとかかなぁ? デビュー曲のイントロ、誰が歌うんだろ?」
「うるさいわねっ! 私だって悔しいに決まってるでしょ!」
私の煽りが効きすぎたのか、伶花は声を大きくして立ち上がる。
おかげで他のお客さんの視線を一気に集めてしまう。
「す、すみません……」
伶花は顔を真っ赤にして、椅子に座り直す。
正直、どうリカバリーしていいかわからないほどの微妙な空気。
だけど、私には彼女の気持ちが痛いほどわかった。
長年の夢が理不尽な理由でねじ伏せられてしまったのだ。
怒らない方がどうかしてるわけで。
「ひぐっ、わだしだってぇ、めちゃぐちゃ泣いたし、怒ったけどぉ、だけど、しょうがないじゃない、事務所に問い合わせても契約書に書いてあるって一点張りだし。うぅうう」
「あわわわわ、ごめん、ごめんってば」
伶花は人目もはばからず涙をこぼし始める。
強気で勝気な彼女が泣いてしまうなんて思っていなかった。
泣かせてしまって罪悪感がひどい。
「だ、大丈夫だよっ! 伶花は私なんかよりもずっとキレイだし、歌の仕事だってできるようになるよ、えと、ほら、声も素敵だし、スタイル抜群だし! 頭もいいし!」
思わずフォローに回ってしまう私。
こっちだって慰めて欲しいのは山々なのだが、自分のお人好しが嫌になる。
「そう? そうよね? 当然よね、私、あんたより歌上手いし、スタイルいいもんね。あ、うたねこ様の動画アップされている……」
伶花は徐々に元気を取り戻していく。
いそいそとワイヤレスイヤホンを取り出し、YouTubeを開く始末。
おーい、私はどうした。
「ほ、ほわぁ……」
まるでゆるキャラみたいな変な声をあげる伶花。
どこからその声出してんだってほど、間の抜けた声。
「はぁ……うたねこ様、今日もかわいいわぁ」
彼女の表情は緩み、少しずつ生気が戻っていくのが分かる。
しばしの沈黙が私たちの間に流れていく。
頼んだアイスカフェラテの氷はほとんど解けてしまっていた。
「ふぅー、最高に癒されたわ。ありがと、待っててくれて」
「で、誰のチャンネル見てたの?」
「暴露系歌い手VTuberのうたねこ様よ」
「なにそれ、暴露系歌い手VTuberってどういうこと!? 情報が行列し過ぎなんだけど」
「見てみなさいよ? ぶっ飛ぶわよ」
伶花はそう言って、私にワイヤレスイヤホンを渡す。ドヤ顔なのがこれまた腹立つ。
『やっほー、みんな、うたねこ様の時間だよ。今日はさっそく暴露やっていきまーす。最近、話題の小悪魔TikTokerさんがなんと八股かけているかもだそうです! 今日はその彼氏を自称する男の子に集まってもらいました! さぁ、誰が本命なのか! バトル開始!』
画面の中にいるVTuberはフードを被っている女の子。
声質的にはすごくハスキーな女の人の声って感じ。
R&Bとか上手そうな声質。
その軽妙な話ぶりには引き込まれるものがあるが、話題はえぐい。さすがは暴露系。
私だってYouTubeはよく見るが、この人は初めて見た。
「へぇ、知らなかったなぁ、この人」
「絶対にチェックしてた方がいいわ。この人、もっとバズるから! でも、本業は歌なの! 低音から高音まですごく伸びるの! 作詞作曲のセンスもあって、そっちも本業なのよ! うたねこ様の曲を歌えるなら、私、アイドル辞めてもいいわ」
「もう辞めさせられるでしょ?」
「うっさいわね! それにね、うたねこ様は雑談動画も癒されるのよぉ、ほらぁ」
いつもはクールな伶花であるが、やたらと暑苦しくプッシュしてくる。
伶花がファンになっているのだ、相当、歌がうまいのだろう。
彼女が次にタップした動画のタイトルは「最愛の猫神様に一日ひれ伏してみた。暴露もあるよ」である。
猫動画のゆるゆるした雰囲気で、関西弁をしゃべる猫が部屋を歩き回っている。
なんて緩い動画だ。
VTuberなので顔出しは厳禁なんだろうけどさ。
「なんで歌い手なのに猫と遊んでる動画なわけ?」
「別にいいでしょ? そういう日常的な場面を見られるのがYouTubeのいいところだし。あぁ、うたねこ様、尊い!」
伶花は目をキラキラさせて、Vtuberの魅力を力説する。
彼女の瞳はファンそのものといった様子。
なるほど。私が夢見ていた場所じゃなくても、人を元気にできる存在になれるし、有名にもなれるらしい。
あれ?
それで十分じゃない?
ここで私の背中に電流が走る。
「これじゃん」っていう確信が私を貫いたのだ。
「伶花! 一緒にYouTubeやろうよっ! アイドルはダメでもそっちで天下とろう!」
「はぁ!?」
私は伶花の手をとって、熱っぽく宣言する。
当然、カフェのお客様の視線に晒されることになるのだが、もはやそんなのお構いなし。
そう、私は決めたのだ。
第二の夢の舞台はYouTube、ネットの世界で有名になるってことを!
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