031 手打ちは黒く、鎌は天を指す

 魔女はこちらが聞いてもいないのに、懇切丁寧にいろいろと教えてくれた。意外にいいヤツかも――と思いながら頭を下げる。


「……そうですか、ご説明ありがとうございます。それで、これからどうしますか? このままあの管理者の言いなりになるのは、お互いに癪に障るでしょう。なんなら、ここらで手打ちにしませんか?」

「へぇ〜、案外、物分かりがいいのね。いいわ、どうせこのまま戦っても私が勝つけど、あいつの思い通りになるのは癪だしね。今回は――っ」


 提案に応じた彼女を見て、胸を撫で下ろしかけたそのとき、彼女の紋章が不意に黒く輝き出し、漆黒の光が波のように全身を包み込む。


 次の瞬間、明らかに先ほどとは比べものにならないほどの圧倒的な魔力を放ち、彼女は左手をゆっくりと天へ突き上げた。


 気づくと、その手には禍々しい漆黒の大鎌が握られていた。


「おい、一応、話の邪魔にならないように黙って聞いていたが、結局これはどういうことだ? お前たちは同じ故郷の人間なんじゃなかったのか」

「……ええ、そうです。でも――どうやら彼女、何かに乗っ取られたようですね」


 一瞬、管理者が彼女を操って私を殺そうとしていると思った。だが、あの管理者は過度な干渉を好まなかったはずだ。


 それに、この気配はよく知っている。これまで幾度となく戦ってきた魔王たちが放つものと同じだった。


 彼女は原罪聖母として魔族を支配してきたつもりだった。だが実際には、長い時間をかけて多くの魔族の魂を取り込み、逆に浸食されていったのだ。


 さっきまでの人間性は完全に消え失せた。この場にいるのは、魔族の気配をまとった別の存在だった。瞳の色が反転し、左手の紋章が黒く濁る。


 もはや言葉は通じないと悟った私は、どうすれば生き延びられるかを考える。


 兵たちを犠牲にしてひとりだけ助かるような非情な方法も考えたが、結局、何も浮かばなかった。


 魔力も尽き、何もできないままここで死ぬ――そう思って小さく息を吐いたそのとき、アイオス殿下がゆっくりと前に出た。


 ――そして、私と魔女の間に立った。


「おい、セーラ。俺がこいつの相手をする。だから、お前は逃げろ」

「……え~と、それはありがたいのですが、馬にも乗れない私が、どんなに走ってもすぐに追いつかれませんか?」

「かもしれんが、魔力のないお前がここにいても意味がない。いいから、逃げて足掻け、分かったな!」


 なぜか怒ったような顔でそう言うと、アイオス殿下は私を後ろへ突き飛ばし、そのまま魔女に向かって剣を振り下ろした。

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