011 皇太子と大聖女、礼の幕間
皇太子アイオスと第三王女アリスが暮らすランドルフ皇国は、豊かな鉱山資源を有し、年間を通して温暖な気候に恵まれ、実り多き大地を持つ有数の大国である。
セーラが暮らすウラノス王国とは、国力において五倍以上の開きがあり、本来であれば両国の王族が対等に言葉を交わすことすら許されない立場にある。
だが、彼女は先の魔族との戦いにおいて、総司令官であるキリストロニフ聖王国のゼビウス大将軍をも凌ぐ功績を挙げた。
その功績で、わずか十四歳にして「大聖女」の称号を授かり、魔族に対する『人類の切り札』として名声を確立した。
――今やこの世界において、彼女は絶対的とも言える地位を手にしていた。
そのセーラは現在、ゼウパレス修道学院にて、学院長に次ぐ地位である「名誉教授」の役職に就いている。
ゆえに相手が大国ランドルフ皇国の皇太子であろうとも、セーラに対して上位者として接することは許されない。
「ごきげんよう、アイオス殿下。今日は、どのようなご用件で私を訪ねてこられたのですか?」
「ごきげんよう、大聖女セーラ。特に『これ』といった用事はないのだが、今度の魔族との戦いで総司令官を任されてな。その報告を兼ねて教会に挨拶に立ち寄っただけだ。
妹の顔も、たまには見ておこうと思ってな。別に、お前に用があったわけじゃない」
本来ならば対等の立場であるはずのセーラを、どこか軽んじたように扱うアイオスの態度にアリスは思わず眉をひそめる。
いくら皇太子とはいえ、その物言いはいかがなものかと、兄に苦言を呈した。
しかし、彼はどこ吹く風といった様子で聞き流し、セーラもまた表情を崩さず、飄々と受け流していた。
「そうですか。それでは私は、これで失礼します。どうか兄妹水入らず、ごゆっくりお話しくださいませ」
セーラが一礼し、その場を立ち去ろうとすると、アイオスは苦笑を浮かべながら肩をすくめる。
「……まったく。この俺にそんな態度を取るのは、お前くらいなもんだ」
ランドルフ皇国の皇太子として、揺るぎない地位を持つ彼は容姿にも恵まれ、気品と知性を兼ね備えた完璧な王族と称されている。
世界中の貴族令嬢たちが憧れ、こぞって想いを寄せるその存在に、声をかけられて悪い気のする女性など、まずいない。
だが、セーラだけは違った。彼に向ける視線に特別な色はなく、愛想笑いひとつ見せることもなく、淡々と礼儀を重んじる態度で接するだけだった。
他の女性とは違うその態度が、かえってアイオスにとっては新鮮で愉快だった。
つい揶揄するような言動を取ってしまうのも、彼なりの興味の現れだったのかもしれない。
だが、そろそろ本題に入らなければならないと悟ったのだろう、アイオスは小さく息を吐き、セーラの背を引き止めた。
「冗談だ。許せ、セーラ。本当は……次の魔族との戦いについて、相談したいことがあって来たんだ」
そう言ってから、傍らにいた妹に目を向ける。
「アリス、悪いが、少しだけセーラと二人で話をしたい。お前の部屋を貸してくれないか?」
「……ええ、それは構いませんけど。……いくら学院の寮の中とはいえ、男女が密室で二人きりというのは、さすがに不用意なのでは?」
彼女は兄の申し出を受け入れながらも、皇太子として軽率な行動ではないかと疑問を呈する。だが、彼は微塵も気にした様子を見せなかった。
「大丈夫だ。こっちは何かするつもりもないし、セーラに何かされるつもりもない。なにせ、こいつは『魔族の天敵』で『人類の切り札』だ。安心しろ」
まったく根拠のない自信を口にする兄を見て、アリスはため息を大きくひとつ吐いた。
納得はしていないが、破天荒な兄の性格を誰よりも理解している妹は、結局のところ観念したように鍵を差し出した。
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