010 償いの手、授業の影
「ありがとうございます、大聖女セーラ様! これで、生きて弟に会うことができます!」
亜麻色の髪をした女性は、深々と頭を下げ、目に涙を浮かべながら命の恩人への感謝を口にする。
だが、彼女が命を狙われたのは私のせいだ。胸の奥にずっと棘のようなものが残り、罪悪感に押し潰されそうになる。
それでも今日も、私の身代わりとして殺されかけた無実の人を、ひとり救うことができた――それだけが、わずかな安堵を与えてくれる。
私は弟の治療に使ってほしいと告げて、高級ポーションと銀貨を数枚、彼女に手渡した。
「そんな……こんなの、いただけません! 命を救っていただいただけで、もう十分です!」
彼女は涙声でそう言いながら、袋を私に返そうとするが、私は静かに微笑んで首を横に振り、その手を包み込むようにして押し戻した。
「いいえ。これは、私たち教会が罪なきあなたを間違って裁こうとした、その償いの気持ちです。私ひとりが謝ったところで、済むとは思っていません。でも……本当に、怖い思いをさせてしまいました。申し訳ありません」
心からの言葉だった。
お金や物で許してもらおうとする自分に恥ずかしさを感じながらも、それでも謝った。
彼女は強く胸を震わせながら袋を受け取り、「このご恩は、一生忘れません」と、小さく、けれど確かに呟いた。
――――――――
――私はこの学院を卒業しても、なお此処に留まっている。
先日の戦で私は聖魔法の力を示し、多くを救い、多くを屠った。
その功績で、世界に五人しかいない大聖女に選ばれ、各地の修道学院で後進を育てる役目を負わされている。
――はっきり言って、苦痛でしかない。
私が討ち倒したデスドラゴンは、魔族の八王のひとりだった。その影響で戦況は一気に落ち着き、聖女として最前線に立つ必要もなくなった。
案の定、親から『そろそろ永久就職のことを考えてはどうか』と、それとなく言われるようになり――
泣く泣く大聖女の役目を引き受けた。
教室に入ると、生徒のひとりであるアリスが心配そうな顔で駆け寄ってきた。
「セーラ先生、さっきは大丈夫でしたか? いきなり授業を飛び出して、魔女裁判所に駆け込み裁判を止めて、司祭様の判決を覆すなんて……。普通だったら、大聖女とはいえ、許される行為ではありませんよ」
マリオロス教の総本山から派遣された最高司祭の判決に異議を唱えるなど、いかに大聖女とはいえ軽率だったのではないかと、彼女は注意してくる。
しかし、正直言って、マリオロス教の教えなんて、私はまったく信じていない。
だから、その最高司祭とやらに何を思われようが、これっぽっちも気にならない。
――というか、魔力もほとんどなく、実力も皆無、親の七光りで司祭になったようなオッサンが何を言おうと、瞬殺できる自信があるので気にする必要すらない。
……そう思ってしまう自分が、少し嫌になる。
「大丈夫ですよ、アリス。結果的に、無実の女性を救うことができたのです。寛大なる神であれば、祝福こそすれ、非難などするはずがありません」
私は、真面目で少し面倒くさいアリスに向けて、神が言いそうなセリフをいくつか並べて聞かせる。
アリスは「確かに……」と小さく頷き、それから思い出したように「兄が話したい」と伝える。
「お兄さん……ですか。アリスさんのお兄さんというと、ランドルフ皇国の皇太子、アイオス殿下で間違いないでしょうか?」
彼の名前を耳にした瞬間、できれば今それを思い出さないでほしかったと内心で天を仰ぐ。どうすればうまく逃げられるかを考え始める。
そのとき、背後から背筋が凍るような声がかけられ、咄嗟に絶対防御魔法を展開する。
「
この魔法は魔王でさえ突破できない聖魔法の奥義のひとつ。完璧な防御陣を構築し、息をついたその瞬間、再び背後から冷たい声が届く。
「おいおい、無視とは酷いな、大聖女セーラ。そんなに冷たい態度を取られると、つい、俺も口を滑らせてしまいそうになる。
――たとえば、『デスドラゴンを撲殺した魔女の正体』についてとか」
魔族以上に邪悪な存在――その声に私は思わず身をすくませる。
そして、振り返ると、表面上は優しく微笑む
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