第十五話「特別講義-MMAS-」
その朝、帝国軍学校の講堂は、いつもより明らかにざわついていた。
士官科の紺色、パイロット科の黒、整備科のグリーン、技術科の白衣まで入り混じり、階段状の座席を埋め尽くしている。
全科合同講義――それだけでも珍しいのに、黒板の上には今日の題目が大書されていた。
『特別講義 講師:マーティアス・オルガン博士』
「すごい人混みだなあ……」
マキは教室後方の扉をくぐりながら、思わずつぶやいた。
「おじいちゃん、ほんとにすごかったんだ」
と言いつつ、改めて関心する。
整備科の列に座ると、隣ではアナがそわそわと身を乗り出していた。
「ねえマキ、本当に“あの”オルガン博士なんだよね? OGドライブ作った本人でしょ? 生きてたんだ……って言ったら失礼かな」
「生きてるよ。昨日ちゃんとパンも食べてたから」
「そういう意味じゃないんだけど!」
前方のほうでは、パイロット科の黒い制服が固まって座っているのが見える。
フリッツは早くも眠たそうにしている、ミレーネはノートを広げてぴしっと姿勢を正していた。
その隣で、エリーゼはいつも通り無表情に全体を見渡している。
「こうして一緒に授業受けるの、不思議な感じだね」
マキが小声で言うと、アナがこくこくと頷いた。
「うん。なんか……仲間って感じする」
そんなざわめきの中、前列にクラウス・ホフマン軍曹が姿を見せた。
その隣には、背の高いヴィルヘルム・ラーデル大尉。二人並ぶと、現場臭と戦場臭が講堂の前面から漂ってくるようだ。
「静粛に」
ラーデルが短く言うと、自然とざわめきが収まっていく。
「本日の特別講義は、OGドライブと制御機構についてだ。将来リーゼに関わる者は、誰一人として無関係ではいられん。士官科も、パイロット科も、整備科も、技術科もだ」
クラウスが、横からひょいと口を挟む。
「難しい式は技術科の連中に投げとけ。お前らは“どう動くか”“どう感じるか”を持って帰れ。それで十分だ」
教室のあちこちから、くすくすと笑いが起きた。
「では――本日の講師、マーティアス・オルガン博士、お願いします」
ラーデルの紹介に続き、舞台袖からひとりの老人がゆっくりと姿を現した。
白い髪は無造作に後ろへ撫でつけられ、丸眼鏡の奥の瞳には、若者顔負けの光が宿っている。
いつもと雰囲気が違う祖父に、思わずマキはため息をついた。
マーティアスは、黒板の前で足を止めると、少し居心地悪そうに咳払いした。
「マーティアス・オルガンだ。……君たちが噂の、若い“巨兵乗りの卵”たちか」
ごくり、と誰かが唾を飲む音が聞こえた。
「難しい話は、最後のほうにして。今日は、私が“どうしてこんな面倒な機械を作ることになったか”、そして“君たちとこの箱が、どうやって一緒に戦っていくか”の話をしよう」
黒板にチョークが走る。
『OGドライブ + MMAS≪マス≫』
「まず基礎から。すでに知っている者も多いだろうが、復習だと思って聞いてほしい」
マーティアスは、OGドライブを示す丸と、そこから伸びる矢印を描いた。
「OGドライブは、リーゼの“心臓”であり、“脳”でもある。動力を生むだけでなく、その出力の配分や、動作パターンの記録と再現も行う。
この“動かし方の記憶装置”の部分を、私たちは MMAS≪マス≫ と呼んでいる」
マキの隣で、アナがそっとメモに書き写した。
「マスは、一度覚えた動きを、何度も、何百回も繰り返すことで“洗練していく”。
最初はぎこちない歩き方でも、繰り返すうちに、無駄なブレーキを削り、バランスのとれた歩き方に変えていく。
――ちょうど君たちが、初めて歩いた日のことを覚えていないのと同じだな」
講堂のあちこちで、くすりと笑いが漏れた。
「では、どうやって“最初のひとつ”を覚えさせるのか」
マーティアスは、別の図を描き足す。
人間の手を模した絵と、その先に繋がるケーブルとリーゼの姿。
「ここからが、開発過程の話だ」
声の調子がわずかに変わる。
教室の空気も、少しだけ真面目なものになった。
「リーゼの基本機動――歩行、停止、旋回、加速、減速。
こういった“基礎の基礎”は、教導隊が中心となって作り上げてきた。
教導隊とは、軍の中でも“教えるほど上手い連中”の集まりだ。エース中のエースだな」
フリッツが、前列でわずかに姿勢を正すのが見えた。
「彼らは、最初の動作を、完全な手動でやらなければならなかった。
今のように、補助の制御も、姿勢維持も、何もない状態で――だ。
入力はすべてアナログ。ペダルとレバー、ダイヤルの海。わずかな操作ミスが転倒につながる、そんな機体を、実戦で動かしながら“正しい動きとは何か”を探っていった」
マーティアスは、チョークを静かに置いた。
「そして、“これは良い”という動きを、一つひとつMMASマスに覚えさせていった。
これが、君たちが“当たり前のように”使っている基本動作だ」
スクリーンに切り替わる。
古い映像――まだ装甲の形も今とは違うリーゼが、ぎこちなく歩き、転び、また起き上がる様子が映し出された。
「さて。ここからが、君たちにとって本当に重要なところだ」
映像が切り替わる。
今度は、先日のチーム演習でのマキたちの動きが俯瞰で映った。
「応用――各パイロットの癖と、チームの動きについてだ」
マーティアスは、画面の一部を指さした。
「ここ。前衛の歩き方と、中衛の歩き方が違うのが分かるかね」
フリッツとマキの機体が、同じ“前進”でも微妙に違うリズムで動いている。
「見かけは同じ“歩き”でも、前衛は“盾を前に出す”ことを前提に足を運ぶ。
中衛は、“一歩下がれる余地”を残しながら前へ出る。
後衛は、“いつでも横に逸れられる”ようにバランスを取る。
マスは、その違いを、少しずつ覚えていく」
エリーゼが、後列でじっと画面を見つめていた。
「同じ型のフロッグⅡでも、パイロットが変われば操作感が変わる。
それは単に“腕の差”だけではない。
君たちの癖を、マスが学び取っていくからだ。
だから――」
マーティアスは黒板に、ブロックのような図を描き始めた。
四角をいくつも描き、それぞれに「踏込み」「回避」「射撃」「防御」と書き込んでいく。
「調整というのは、こういう“動作のかたまり”を組み合わせていく作業でもある」
「……かたまり?」
マキが思わず呟くと、アナが小さく頷いた。
「先生が言ってた“簡易OGドライブ”の話かも」
「そうだ」
マーティアスが講堂全体に向き直る。
「わしらは、一つの動作だけを覚えさせることができる“簡易OGドライブ”を使っている。
そこに、あるエースパイロットの“踏込み”だけをコピーする。
別のブロックには、別の者の“回避”だけを。
さらに別には、防御だけを――といった具合だ」
スクリーンに、グラフが映し出される。
踏み込む瞬間に現れるピーク、機体の負荷、揺れ方。
「1.まず、複数の動作を試す。
パイロットの感覚と、このようなグラフを見比べる。
2.よさそうなものを選び、簡易OGドライブに記録する。
3.演習などで、その動作だけを機体に挿して再現してみる。
――そして、また1に戻る。これを延々と続けていく」
マーティアスは、少しだけ笑った。
「地味だろう? だが、こうやって“君たちの動き”と“機体の中の記憶”は、少しずつ擦り合わされていく。
パイロットが洗練し、整備士が微調整する。
研究者は、その後ろで“もっと楽に、もっと賢くできないか”と頭を捻っている」
講堂の空気が、じわじわと真剣味を増していく。
「OGドライブは、非常にデリケートだ。
未知の部分も多い。だからこそ、まだ研究は終わっていない。」
マーティアスは、黒板の「MMAS」の文字の下に、もうひとつ文字を書き足した。
『引継ぎ』
「マスは、別の機体に引継ぎも可能だ。
たとえば、退役するベテランの機体から、新米の機体へ、“動き”だけをコピーすることもできる。
だが、ここには落とし穴がある」
「……機体特性の違い、ですね」
思わず、アナの口から言葉が漏れた。
マーティアスが、眼鏡の奥の目を細める。
「その通りだ、機体の重さ、装甲の厚み、駆動系の癖が変われば、“同じ動き”は“同じ結果”を生まない。
だからこそ、古い機体を手放せないベテランも多い。
――私たち研究者の務めは、そこを少しでも埋めることだ。
どんな機体に乗り換えても、“君たちというパイロット”ができるだけ同じように動けるように」
講堂が静まり返る。
「最後に一つだけ、覚えてほしい」
マーティアスは、チョークを置き、両手を広げた。
「マスは賢い。だが、君たち以上には賢くならない。
“決めなかったこと”は覚えない。“迷った動き”もそのまま記憶する。
機体は、君たちの鏡だ。
だから――よく迷い、よく転び、よく考えて。
それが、君たちの機体の“性格”になっていく」
その言葉に、マキの胸がちくりと痛んだ。
あの時、踏み込めなかった一歩。
MMASのログに刻まれた“迷いの線”が、脳裏に浮かぶ。
「以上だ。あとは、各教官が実戦に即した話をしてくれるだろう。……私は少し疲れた。美味しい茶が飲みたい」
最後の一言で、講堂に笑いが広がった。
ラーデルが苦笑しつつ前に出て、講義は締めくくられた。
――特別講義は、こうして幕を閉じた。
つづく
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