第九話「OGドライブ」

 開発棟は、本館から少し離れた場所にあった。

高い天井の工場型の建物で、外からでも鉄骨とクレーンが見える。

 案内板に従い、長い廊下を進んでいくと、「第2開発室」と書かれたプレートのかかった扉にたどり着いた。


「失礼します……」


 重い扉を開けると、油と金属の匂い。

中では数人の技術者が忙しそうに図面と機体を行き来していた。


 その奥――ハンガーの中央部分に、それはいた。

黄色い装甲。

 少し年季の入った関節部。

それでも、マキには何より見慣れたシルエット。


「……オルゴール」


 思わず、声がこぼれた。

作業用二足歩行機――オルゴール1号。

村で、街で、共に働いてきた相棒が、ハンガーに吊られた状態で、静かにそこにいた。


「よく来たね、マキ」


奥の机から顔を上げた白髪の老人が、笑みを浮かべた。

マーティアス・オルガン。


「おじいちゃん……」


マキは駆け寄りたい衝動をこらえ、きちんと一礼した。


「わざわざ呼び出してすまんな。授業はおわったのか?」


マーティアスは、冗談めかして肩をすくめる。


「それに――」


彼はハンガーの中央、オルゴール1号を見上げた。


「君の“相棒”とは、きちんと挨拶を済ませておいたほうがいい」


マキも、その視線を追う。

固定アームに吊られたオルゴール1号は、まるで眠っているようだった。

だが、胸のランプはわずかに灯っている。

「ここにいる」と、静かに主張するように。


「オルゴール……久しぶり」


マキは、そっと装甲に触れた。

手から伝わる冷たい金属の感触が、どこか懐かしい。


「勝手に連れてこられて、驚いたかもしれないけど……また一緒に頑張ろうね」


沈黙。

だが、機体の中のどこかで、かすかにOGドライブが応じるように鳴った気がした。


「さて」


マーティアスは、椅子から立ち上がると、マキのほうへと歩み寄った。


「まずは、君のほうの“整備”からだな」

「ボクの……?」

「右腕と左足と――ここ」


老人の指先が、マキの胸元を軽く指した。

心臓のあるあたり。


「人工心臓のOGドライブ、前回の暴走で、負荷がかかりすぎたはずだ」


マキは、自然と胸に手を当てた。


「……やっぱり、あれは“暴走”だったんだ」

「ああ。だからこそ、きちんと話しておかねばならない」


マーティアスは、工具箱を一つ運んでくると、マキに向かって椅子を示した。


「そこに座りなさい。義手と義足の確認しながら、話をしよう」


マキが椅子に腰を下ろすと、マーティアスは義手の基部のカバーを外し、内部の接続端子と小型のドライブユニットを覗き込んだ。


「……相変わらず、綺麗に使っているね」

「仕事道具ですから。雑に扱うと、すぐ拗ねちゃうから」

「はは。その感覚を忘れるんじゃないよ」


マーティアスは、細い工具で接続部を軽く叩きながら、ゆっくりと口を開く。


「マキ。君の人工心臓と、義手義足、それからオルゴール1号に積んでいる OGドライブ は――全部、“特別製”だ」

「特別……」

「オスツィラツィオーンス=ゲネラートア( Oszillations-Generator)。皆は“オルゴール発電機(Orgel-Generator)なんて呼んでいるがね」


老人は、どこか照れくさそうに笑った。


「通常仕様のOGドライブは、内部の特殊金属の純度も低く、動作時間も決まっておる。ぜんまいと同じだ。使えばいつか止まる。止まったら、また巻き直さねばならない」

「……ねじ巻き、ですね」

「そう。だが――」


マーティアスは、義手の内部で光る、小さな金属コアを指先で示した。


「君とオルゴール1号に使われているコアは、純度が桁違いだ。わしが若い頃に見つけた“あの鉱石”を、ほぼそのまま使っている」


マキは息を飲んだ。


「そんな貴重なものを……」

「使わざるをえなかったのだよ」


マーティアスは、わずかに目を伏せる。


「君の人工心臓を、止めないために」


重い沈黙が落ちた。


「通常のOGドライブなら、チャージを怠れば止まる。だが君の心臓は、止まったら最後だ。だからこそ、“止まらないドライブ”が必要だった」

「……だから、ボクとオルゴールは」

「基本的には、チャージは不要だ。わしが施した調整どおりなら、理論上は君の寿命が尽きるまで動き続けるはずだ」


マーティアスは、義手のカバーを閉じながら続ける。


「ただし」


その声色が、少しだけ厳しくなった。


「“止まらない”ということは、“暴走しうる”ということでもある」


マキの胸が、きゅっと締め付けられる。


「……この前の“あの事件”だ。マキ」

「……はい」


あの戦闘。

テロの爆発。

親子を庇った時の恐怖。

アーヴェのリーゼに向かっていった時の怒り。

胸の奥で何かが燃え上がる感覚と同時に、世界がスローモーションになったような、あの奇妙な時間の伸び。


「君の鼓動が、恐怖と怒りで大きく乱れた。その鼓動のリズムに、OGドライブが“共鳴”したのだろう」

「共鳴……」

「わしの計算では、そこまで出力が跳ね上がることはなかったはずだ。だが――」


マーティアスは、オルゴール1号のほうを見やった。


「君とオルゴールのドライブは、互いに“つながっている”。定期的に同調させることで安定を保つように設計してある」

「定期的な同調……」

「これからも、君はオルゴール1号に乗り続けなければならない。単なる作業用ではなく、“君の心臓の調律機”としてな」


その言葉に、マキの胸が少し温かくなる。


(……一緒にいられる理由が、また増えた)

「前回のような暴走を防ぐために、リミッターをもう一段階強化するつもりだ」


マーティアスは、手元の図面を指で叩きながら続ける。


「だが、それでも“絶対に発動しない”という保証はない。極端な感情の揺れや、肉体の極限状態では、また何かが起こる可能性がある」

「……じゃあ、ボクがあんな風に動けたのは」

「ドライブと君自身の“心”が、境界を越えかけた、ということだ」


祖父の視線が、真っ直ぐにマキを射抜く。


「だからこそ、マキ」

「はい」

「君自身が、強くならなければならない。精神的にも、肉体的にも」


マキは、ぎゅっと拳を握った。

人工心臓の鼓動が、少しだけ早くなる。


「君が折れれば、ドライブも壊れる。君が持ちこたえれば、ドライブも踏みとどまる。……そういう仕組みだと思いなさい」

「精神論みたいですね」

「理屈の上では、きちんとした機械仕組みなんだがね」


マーティアスは苦笑する。


「だが、最後の最後にものを言うのは、結局“人間”の側だ」


しばし沈黙が流れた。

マキは、ゆっくりと立ち上がると、ハンガー中央のオルゴール1号を見上げた。


「……おじいちゃん」

「なんだね」

「オルゴールに、乗ってもいいですか」


老人は少し目を見開き、それから静かに頷いた。


「ああ。君の”家族”だ。好きに座るといい」


整備用のタラップを登り、マキはオルゴールの胸部ハッチの前に立った。

右手の義手で、いつものようにレバーを引く。


「ただいま、オルゴール」


開いたコックピットからは、油と金属と、わずかに懐かしい土の匂いがした。

シートに腰を下ろし、ハーネスを軽く肩にかける。

計器類はまだ電源が落ちている。

それでも、この空間はマキにとって一番落ち着く場所だった。

目を閉じる。

人工心臓の鼓動が、しっかりと耳に届いてくる。


(強くなる)

(暴走に飲まれないように。誰かを傷つけないように)

(それでも、守りたいものがあるとき、ちゃんと動けるように――)


マキは、静かに息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。

コックピットの中で、少女と機械の鼓動が、少しずつ重なり始めていた。


つづく


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