第十話「巨兵科」
帝国軍学校の寮の朝は、容赦がなかった。
「起床ラッパ」が鳴り終わるより前に、廊下を駆ける足音と、どこかの部屋で交わされる「急げ!」だの「髪がまとまらないー!」だのという声が響き渡る。
マキ・オルガンは、その喧噪を聞きながら、布団の中で一度だけ深く息を吸い込んでから上体を起こした。
(……寮生活、まだちょっと慣れないな)
右手の義手で、寝癖のついた前髪を押さえながらカーテンを少しだけ開けると、帝都の朝の光が差し込んでくる。時計は、起床時間を少し過ぎたあたり。
「マキ、起きてる?」
コンコン、と軽くノックされ、部屋のドアから顔を覗かせたのはアナスタシア・ミューレ――“アナ”だった。
「おはようございます、アナさん」
「だから“さん”いらないってば。もう同室みたいなものなんだし」
マキとアナの部屋は廊下を挟んで向かい合わせ。
毎朝、どちらかが起こしに行くのが、なんとなく決まりになりつつあった。
「ほら、今日はちゃんと食堂で朝ごはん食べよう? 昨日、寝坊してパンもらい損ねてたじゃない」
「……あれは、その、アナさ…、アナが寝させてくれなったからで」
「はいはい、言い訳はあとで聞いてあげるから。今日は授業が本格的に始まるんだから、頭に炭水化物入れないと」
アナに腕を引っ張られながら、マキは制服の襟を直し、簡単に身支度を整える。
「今日の午前中、何の授業か覚えてる?」
「えっと……共通講義、“リーゼ職務区分基礎”。通称“巨兵科の授業”だったはずです」
「それそれ! あれ完全にパイロット科向けの授業だと思ってたから、時間割見た時びっくりしたよ」
「ホフマン軍曹が『整備科ほど知っとけ』って言ってましたし……何かあるんでしょうね」
二人でそんな話をしながら、寮の階段を降りていく。
全寮制の生活は窮屈なところもあるが、こうして誰かと一緒に朝を迎えるのは、マキにとっては不思議と悪くなかった。
食堂で簡単な朝食を済ませたあと、マキとアナは整備科の教室へと向かった。
教室には、すでに何人かの生徒が来ている。
黒髪の少女がノートを広げながら、真剣な表情で教科書の目次を追っていた。
「おはよう、オルガンさん」
彼女――アナスタシア・ベックマン、愛称“ナーシャ”が顔を上げる。
「おはようございます、ナーシャさん」
「……だから、私も“さん”はいらないって言ってるのに」
ぷくっと頬を膨らませるその仕草が、名前の響きと妙に合っていて、マキは思わず笑ってしまった。
「それにしても、今日の“巨兵科”の授業……」
ナーシャは教科書に挟んであった時間割表を取り出す。
「ヴァンガードとかアサルトとか、名前は聞いたことあるけど、中身はさっぱりなのよね。整備科用のテキストにも、あんまり詳しく書いてないし」
「パイロット科のほうには、もっと詳しい資料があるのかもしれませんね」
アナが机に突っ伏しながら言う。
「ボクたちにも資料くれてもいいのに……」
そんな話をしているうちに、教室が一気に賑やかになってきた。
ヴァルターは相変わらず静かに本を読みながら耳だけはこちらに向けている様子だし、オットーは「今日の授業でさぁ!」と早くも盛り上がっている。
やがて、重いチャイムの音が鳴り、クラウス・ホフマン軍曹が教壇に姿を見せた。
「よし、全員いるな」
ホフマンは教壇に肘をつき、いつもの軽い調子で教室を一望する。
「今日から、本格的に“リーゼ絡み”の授業が始まる。初回のテーマは――こいつだ」
黒板にチョークで大きく書かれた文字。
『リーゼ職務区分(巨兵科)』
「“巨兵科”って呼ばれることも多いな。ヴァンガードだのアサルトだの、聞いたことあるやつもいるだろう」
オットーが小声でアナに囁く。
「ほら見ろ、やっぱパイロット科用のやつじゃねえか」
「シーッ!」
ホフマンはそれを聞いていたのかいなかったのか、にやりと笑った。
「そう思ったやつ、手を挙げろ」
数人の手が、遠慮がちに、しかし確かに上がる。
マキも小さく手を挙げた。
「はい、正直でよろしい」
ホフマンは、チョークを指に挟んだまま言葉を続ける。
「結論から言う。整備科こそ、巨兵科のことを叩き込まなきゃならん。」
教室がしんと静まり返った。
「いいか。リーゼは“乗り手”だけのものじゃない。半分は“整備するやつら”のものだ。どんな兵科のどんな仕事をするかで、“整備の仕方”と“していい無茶”が変わってくる」
ホフマンは黒板に縦に線を引き、左側に大きく書き出していく。
『ヴァンガード』『アサルト』『ガンナー』『スナイパー』『スカウト』『メカニカ』『コマンダー』
「順番にいくぞ。ノート取れよー。後で“パイロット科のやつらより詳しいテスト”やるからな」
「え、それ整備科のほうがハードじゃないですか……」
アナのぼやきを、ホフマンは楽しそうにスルーした。
「まずはヴァンガード」
『前衛』『盾』『重装』と書き込む。
「隊の最前線に立って、敵の攻撃を受け止める役目だ。分厚い装甲、でかいシールド、近接武器、ショットガン。視認性優先で、望遠より視野の広いスコープを付けることが多い」
ホフマンは、板書しながら言った。
「ヴァンガードの整備で一番大事なのは、“フレームだ。装甲は厚くされる事が多いが、シールドを構えれるアームが動かなければ、意味がない」
ざわ、と教室が揺れる。
「次、アサルト」
『前・中衛』『機動・装甲バランス』『汎用性』と、要点が並ぶ。
「前線にも出るし、中距離から撃つこともある。アサルトライフルやサブマシンガン、ナイフ、ソード、軽いシールド。“何でもそこそこ”できる代わりに、“パイロットの癖が顕著になる兵科だ」
「整備的には、“どんな癖があるのか、どこを伸ばすのか。本人が“突っ込むのが好きなアサルト”か、“距離を取るのが好きなアサルト”か、ちゃんと見極めろ。」
「癖がわかれば、負担がかかっているポイントが絞れる。」
マキはその言葉を、少し胸に引っかけながらノートに書き写した。
(……整備って、そこまで“人”を見ないといけないんだ)
ホフマンは説明を止めずに続ける。
「ガンナーは中衛の火力担当。キャノン、グレネード、ガトリング――遠慮なく撃ちまくるやつらだ。そのぶん狙われやすいから、装甲は厚め。その代わり、機動性は犠牲になる」
『火力』『被弾前提』『冷却・リロード重要』と書き足される。
「ガンナーの整備は、“撃ち続けるための整備”だ。冷却系統を甘く見ると、味方を吹き飛ばすぞ」
「スナイパーは後衛。遠距離からの狙撃特化。機動性は高く、装甲は薄い。スナイパーライフル、ハンドガン、ショットガン――単独で生き残れる装備を持つ」
「こいつらの整備で重要なのは、“静かさ”と“初動”だ。歩くだけでギシギシ鳴るスナイパーなんて、ただの的だからな」
教室に、かすかな笑いが広がる。
「スカウトは、スナイパーの“目”だ。長距離望遠で敵を偵察し、高機動でポイントを移動する。装備は軽く、サブマシンガンとナイフくらい。整備の肝は、“姿勢制御系”と“駆動系”」
「接敵したら戦うより逃げること。――そのための整備だ。武器を盛りたがるやつがいるが、スカウトに重い武装を付けるな。整備科の仕事は、“カタログスペック競争”じゃない」
ホフマンの視線が、一瞬だけオットーをかすめた。
オットーは「……やべ」と小さく呟く。
「メカニカ」
その単語に、マキのペン先がぴくりと止まった。
「後衛の整備・補給・現地修理担当だ。溶接機、工具、補給コンテナ。装甲は厚め、トルク重視。前線に出ることは少ないが、“全滅”を防ぐのはだいたいこいつらだ」
『補給』『現地修理』『コンテナ』『生存性』と列が埋まっていく。
「最後にコマンダー。これは“兵科”というわけではないんだが。どの兵科の機体にも、コマンダー仕様がいる。アンテナ強化、レーダー拡張、生存性優先――指揮系統が落ちると部隊が死ぬからな」
ホフマンはチョークを置き、ぱんぱんと手を払った。
「以上が巨兵科の基本だ。こいつらをどう組み合わせて、どう動かすかが実戦では重要になる。――で」
彼は、生徒の顔をちらりと見た。
「将来、整備科の何人かは、“特定のパイロット専属”になる可能性が高い。そのとき、担当パイロットの兵科と癖に合わせて整備してやるのが、お前らの仕事だ」
ざわ、と再び小さな波が立つ。
「オルガン」
突然名前を呼ばれ、マキは思わず背筋を伸ばした。
「は、はい!」
「エキシビジョンでの動き、覚えてるか?」
「……えっと、あまり思い出したくはないですけど」
教室にくすりと笑いが漏れる。
「お前のあの戦い方。あれを巨兵科で言うなら、“ヴァンガード寄りのメカニカ”だ」
「メカニカ……」
「盾とレンチで前線に立って、なおかつ現場修理もこなす。そんな無茶な構成ができるのは、よほど腕に自信のあるやつだけだがな」
ホフマンは、わざとらしく肩をすくめて見せた。
「兵科が二つ以上になるのか、って顔してるな」
マキは、不意を突かれて目を瞬かせる。
「たしかに基本は一つだ。だが、現場では“役を跨いでるやつ”もいる。ヴァンガードとアサルトを兼ねてたり、ヴァンガードとメカニカを兼ねてたりな」
「……そんなの、できるんですか?」
アナが思わず口を挟んだ。
「できないやつのほうが多い。だからこそ、自分がどこを基礎にしてどこまで手を伸ばせるか、自覚しておくのが大事なんだ」
ホフマンは、黒板の隅にさらりと一文を書き足す。
『数か月後 → 担当パイロット決定』
「数か月もすれば、お前らにも“担当パイロット”がつく。整備科の腕がモロに試されるぞ。今のうちから、“どの兵科のどんな癖を持ってるやつがいるか”目を凝らしておけ」
最後にそう締めくくって、第一回の“巨兵科講義”は終わりを迎えた。
つづく
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