第16話 明日に向かってパンチを放て!(後編)
トーナメントは凄まじいまでの熱気と興奮の中で、順次行われていった。
いろいろあったが、はっきりしているのは、強いやつが勝ち上がる。それだけだ。
① ○
・前編での戦い。艶神は下着姿で猛神を翻弄し、怒ってイノシシに変化し突進する猛神を棘の鞭で返り討ちにして勝利。
② ○
・シードの〈焔神〉は、第一戦で〈猛神〉を下した〈艶神〉に、火炎放射を浴びせて勝利した。
③ ●
・〈旭神〉と〈虚神〉の対戦は、〈旭神〉が〈虚神〉の忌まわしい姿に怯み、魂を食われ、〈虚神〉に軍配が上がる。
④ ○虚神 VS ●
・〈虚神〉はシードの〈蜃神〉の幻惑攻撃を退け、勝利し四強入り。魂を食う〈虚神〉には、〈蜃神〉の幻惑は通用しなかった。
⑤ ●虚神 VS ○焔神
・四強の〈虚神〉は、同じく四強に残った〈焔神〉の炎熱パンチに焼かれて敗退。〈焔神〉は決勝へ進んだ。
⑥ ●虚神 VS ○
・〈虚神〉と〈颶神〉の戦いは、〈颶神〉が稲妻アタックで虚神を感電させて、〈颶神〉が勝利する。
⑦ ○
・〈颶神〉は、続いてシードの〈愁神〉を落雷攻撃で下し、四強入りを果たした。
⑧ ●颶神 VS ○
・四強入りの〈颶神〉は、シードから上がってきた〈氷神・エレナ〉の秘技・
⑨ ●
・〈闘神〉と〈暦神〉の対戦では、四頭立て戦車に乗って攻撃してくる〈闘神〉に対して、〈暦神〉は太くて丈夫な植物のツルを車輪に絡ませて、機動力を封じ込め、慌てた〈闘神〉を更にぐるぐる巻きにして勝利する。
⑩ ●暦神 VS ○氷神
・〈暦神〉は、シードの〈氷神・エレナ〉の放ったブリザードパンチで凍結して敗退。
⑪ ○氷神 VS ●
・四強入りした〈氷神・エレナ〉は、〈颶神〉を下して、決勝に進んだ。
⑫ 決勝戦は、
前回の大会でも、決勝は〈焔神〉と〈氷神〉だったから、因縁の対決だ。
(前回の勝者は焔神)
・連覇を狙う焔神
・リベンジを果たしたい氷神
勝利の女神はどちらに微笑むのか!
◇ ◇
「エレナさん、よくやりました。すばらしい戦いぶりでしたよ。いよいよ決勝ですね」
待機所で体を休めていたエレナを、師匠の氷神がねぎらった。
「ありがとうございます。決勝も必ず勝ってみせます」これまでの戦闘で少なくない傷を受けて、痛みをこらえながら、エレナは答える。
(最後の戦い。体をなんとかもたせないと……)
少し不安になる。しかし勝利しなければ、人間界へ戻ることはできない。恋人のサチにも永遠に会えないだろう。
(待ってて、サチ。必ず勝つからね)
いよいよ決勝戦が始まる。
〈氷神・エレナ〉はキッと前を見て、アリーナの中央へ歩いてゆく。
正面からは、対戦相手の〈焔神〉がこちらへ向かって歩いてくる。
戦士二人がアリーナに姿を見せると、もののけたちでいっぱいの観客席がどよめいた。
すさまじい声援が響く。
観客の妖怪どもの中には、もちろん、試合賭博をやっている
そんな輩は、勝負の結果次第でひと財産築けるかどうかだから、真剣だ。
声援ばかりでなくヤジだって飛ぶ。
二人の戦士は中央で対峙した。
どちらも鎧兜と金属のマスクで、頭の先からつま先まで、体全体を覆っている。
〈氷神・エレナ〉は繊細な模様の施された、煌びやかな白銀色の鎧、
一方の〈焔神〉は漆黒の鎧に、所々炎を表すような赤い模様が入っている。
派手な銀と、シックな黒が好対照だ。
相手の表情は全くわからない。
逆に言えば、わずかな心の動揺が動きに現れて、それが命取りになるかもしれない。
両者は向き合ったまま、動かない。
試合開始の合図はないが、アリーナに出た時点で、すでに戦いは始まっている。
どちらが先に動くのか。
どんな攻撃をしかけるのか。
観客たちは手に汗を握り、
闘技場は水を打ったように静まり返った。
「いくわよ」
先に動いたのは、エレナだった。
一気に踏み込んで間合いをつめ、必殺のブリザードパンチを繰り出した。
一発のパンチに見えるが、高速で放つ千発のパンチだ。
しかも狙った相手を凍結させる属性がある。
この攻撃を〈焔神〉は、難なく横にかわす。
最初にエレナが踏み込もうとした時点で、すでに攻撃を読んでいたのだ。
さすがに決勝まで勝ち上がって来ただけのことはある。
〈焔神〉はパンチをかわしながら、思った。
(ふふふ。いきなり大技を出してくるとはね。敵さんもだいぶ疲れているみたいだわ)
大技の後は体勢を整えるのに、少し時間を取られる。
それは当然エレナにもわかっているから、ブリザードパンチを放った直後は、敵〈焔神〉の動きを注視し、攻撃をくらわないように用心していた。
しかし……
(は、はやい!)
エレナは驚いた。
〈焔神〉の動きは、予想以上に素早かった。
攻撃をかわしつつ、摂氏六千度の炎熱パンチを放ってきた。
この温度は太陽表面の温度に匹敵する。
少しでもかすろうものなら、しばらく動きが鈍るほどのダメージをこうむってしまう。
エレナは、ぎりぎりのところで、パンチと共に伸びてくる
しかし息切れがする。
心臓もバクバクと動悸が早くなる。
どうやら、相手の動きは自分より上かも知れない。
動揺が走る。
(ああ、ダメよ。弱気は。365日の修行を思い出すのよ。やるべきことは、それ以上に、やってきたんだから……)
とエレナは自分に言い聞かせた。
365日は長かった。
エレナは、日々の厳しい修行を、日記につけた。
くじけそうになると、過去の日記を読み返した。
(あの時乗り越えられたから、明日も大丈夫。前よりも、確実に力がついているはず)
日記をつけて、それを読み返すことで、自分の成長を見つめ直すことができた。
そうやって、つらい修行をがんばってきた。
修行を思い出して、なんとか気持ちを奮い立たせはしたものの、わずかな隙を、〈焔神〉は見逃さなかった。
(やっぱり、だいぶ弱っているみたいね。あたしも、疲労が蓄積しているし、ここは一気にかたをつけた方がよさそうね)
と〈焔神〉は思った。
「ハァアアアッ!」
〈氷神・エレナ〉の一瞬の隙をついて、〈焔神〉は、両手を胸の前で向き合わせ、すさまじい雄叫びを上げた。
手と手の間には、真っ赤に燃える火の玉が現れた。
「あっ!」エレナは、〈焔神〉の恐ろしいほどの闘気に気おされて固まった。
(来るっ。よけないと!)
エレナは二歩も三歩も後退した。
一対一の戦いでは、後退は余程のことがないかぎり、不利になる。
とりあえず保身をと思ったエレナは、完全に相手の気迫にのまれていた。
◇ ◇
「奥義『火焔烈陣』《かえんれつじん》 タアァーッ!」
〈焔神〉が再び叫ぶや否や、巨大な火の玉を、投げつけてきた。
「ああッ!」とエレナが声を上げて、避けようとしたのだが……
火の玉はエレナを逸れて、彼女の頭上高くへ昇っていった。
「あれ?」
エレナは拍子抜けした。
(狙いが違うんじゃ……でも、助かったわ。今の技、軌跡が的外れなのに、すごいパワーと圧力を感じる。まともに来たら、よけきれなかったかも)
技を出した直後が攻撃のチャンスだ。
しかも、相手の〈焔神〉は、構えをもとに戻さず、慌てるようすもない。
はっきりいって、隙だらけだ。
(よし、今だ。とっておきの秘技、『
氷槍乱舞とは、空気中の水分を闘気によって、凍りつかせ、鋭いツララを無数に形成。
それを散弾のように、敵めがけて発射する技だ。
発射までに、やや時間を要するが、敵は疲れたのか、油断しているようだから、大丈夫だ、とエレナは思った。
(この技で、勝負を決めてやる)
エレナは両手を広げて、前に突き出し、ゆっくりと上げて、バンザイの構えになった。
「秘技、氷槍乱舞!」
と叫んで、両手を振り下ろしかけた時だった。
無数の鋭いツララが、対戦相手〈焔神〉に向かって放たれるはずだったが……
まさにその時、エレナの頭上から、おびただしい数の、灼熱の炎の槍が降って来た。
「ああああああッ、熱い、熱いッ!」
意表を突く攻撃に、エレナは慌てふためいて、
降り注ぐ
しかしどこへ体を移動させようと、炎の槍はエレナめがけて降ってくる。
まさに炎の雨だ。
「無駄よ。〈
と〈
(ああ、ダメ。もう、もたない。体の表面を冷気の膜で包んで、凌いできたけど……この熱さ、無理ッ!)
すでに鎧は焼けつきそうに熱く、火傷しそうなほどだ。
依然、炎は降り注ぐ。
どこにも逃げようがない。
(このままじゃ……サチ、ごめんね、わたし……動けない。でも……)
「負けるわけにはいかないッ!」
エレナはそう叫ぶと、両足を踏ん張って、仁王立ちになった。
意識を
次の瞬間、
「必殺、ブリザード・パーンチ!」
天に向かって、力強いパンチが繰り出された。
南極の氷山を粉砕した必殺技だ。
あらゆる物体を瞬時に凍結させるほどの強烈な冷気が、頭上に向けて放たれる。
あまりの冷気に、降り注ぐ炎は、燃えながら凍りついた。
「そんな馬鹿な。ウソでしょ……信じられない。あたしの炎が負けるなんて!」
〈焔神〉が驚き
なにしろ、絶対的だと思っていた奥義を、封じられたのだから、無理もない。
このパンチにより炎の雨は止まったが、エレナは力尽きて、ばたりとアリーナ上に倒れ伏した。
そのまま起き上がれなければ、〈焔神〉の優勝が決まる。
「お願い。立たないで」
と〈焔神〉は祈った。
なにしろ奥義『火焔烈陣』を放つために、ほとんどの気力体力を使ってしまったのだ。
立ち上がってこられても、迎え撃てるかどうか……
〈焔神〉がじっと見つめるなか、〈氷神・エレナ〉は、夢を見ていた。
まだ人間界で暮らしていたころの夢だ。
傍らにはサチがいる。
二人で川原の岸辺の岩の上に座って、キラキラ光る川面を眺めている。
「ねえ、エレナ。あんたってさ。頑張り屋さんだよね」
「え、わたしが? まさか」
「だってさ、あたしが、こうしたいとか、これがほしいな、とかってゆうと、ちゃんと調べて、用意してくれるんだもん」
「そうかなあ」
「無理なこと言ったって、あきらめないで、ちゃんとやってくれるし。知り合ったあの時だって、川に流されて行くあたしを助けてくれた。水かさも多かったし、ふつう、あきらめるって」
(そうだ。サチと知り合ったきっかけは、この川で友達何人かでバーベキューに来ていて、別のグループで来ていたサチが、おぼれてしまったのを、わたしが助け上げたんだったよね……あの時も、半ばあきらめかけていたのを、流されてゆくサチに必死に追いついて、手を握ったんだ。そう。あきらめちゃ、だめだ)
◇ ◇
エレナは『ぱっ』と目を開けた。
長い夢を見ていた気がするが、実際は十秒にも満たなかったようだ。
自分の体はうつ伏せに倒れていた。
マスクの頬の部分が、アリーナの地面についている。
内側に砂が入り込んで、口の中にまで入ってきて、じゃりじゃりする。
目に映る景色の先には、真っすぐ立ったまま、こちらを窺っている〈焔神〉の姿がある。
(そうだ。勝負だ。あきらめるな。立て、立つんだ、わたし)
エレナはゆっくりと立ち上がって、『ペッ、ペッ』と砂まじりの唾をはいた。
鎧が少し重く感じる。
「よしっ、気合を入れていかないと、勝てないわ」
エレナは自分にハッパをかけた。
(あんなにダメージを受けてるのに、まさか立ち上がってくるなんて!)
その執念に〈焔神〉はたじろいだ。
エレナが〈焔神〉に向かって、一歩一歩近づいていく。
(もう、パンチ一発出すのがやっとだわ。だから、この一発にすべてを賭けよう。勝っても、負けても、この一発よ!)
と、エレナは意志を固めた。
一方の〈焔神〉もエレナに向かっていく。
(残りの力を集めても、一発しか打てないわ。これに賭けるしかない!)
と腹を決めて。
二人はアリーナの中央で、再び向き合い、互いの間合いに入った。
「ヤーッ!」
「トァーッ!」
闘技場の隅々まで響くような声が発せられた。
直後に、観客席から「オオオオーッ!」という驚きと、どよめきの声が続いた。
観客は次々に立ち上がった。
もう、総立ちだった。
アリーナの中央では、〈氷神〉と〈焔神〉二人の闘士が、共に腕を交差させ、互いのパンチを頬に受けて絡み合った状態のまま、じっと立ち尽くしていた。
「クロスカウンターだ!」
観客のだれかが叫んだ。
パンチに伴う烈火の炎と、凍結の冷気は互いに打ち消し合い、物理的な衝撃だけが、相互に伝わった形だった。
二人はしばらく立ったままだったが、いきなりバッタリと同時に倒れた。
「先に立った方が勝ちだ!」
まただれかが声を上げた。
氷神側と、焔神側。観客席は両者の陣営に分かれたみたいになって、倒れた二人に声援を送り始めた。
「氷神、氷神、氷神! 立てーっ!」
「焔神、焔神、焔神! 立つんだー!」
やがて気を失った二人の体が、微かに動いたように見えた。声援が一層、大きさを増す。
「立ァーてッ、立ァーてッ、立ァーてッ!」
「がんばれーッ! 立ってくれー!」
そして傷つけあった二人は、ゆっくりと、全く同時に立ち上がった。
もはや勝者も敗者もなかった。
闘技場は歓声と拍手の嵐に包まれた。
二人は立ったまま、向き合った。
その時、二人のマスクがひび割れて、共に落ちて転がった。
マスクの下から〈焔神〉の素顔が現れた。
その顔を目にして、エレナは驚きのあまり、心臓が止まりそうになった。
「あ、なんてことなの。〈焔神〉が……サチ、あなただったなんて」
サチもまた目を丸くして、エレナの顔を見つめた。
「ああ、エレナだったの? 会いたかった!」
二人は抱きしめ合った。
喜びの涙が頬を伝う。
エレナとサチは互いの重い鎧を脱がせ合うと、観衆の見守るなか、熱いキスを交わした。
それは実に堂々として、素直で美しい愛情表現だった。
『天界の十二神』をはじめ、観客たちは二人の闘士に、惜しみない拍手と称賛の声を送り続けた。
「なんという感動、感激でしょう。
これほどまで高レベルな決闘と、素晴らしい愛の交感を、私はこの天上界においても、未だかつて、見たことがありませんよ!」
エレナの師匠・氷神が興奮を抑えられない様子で、わなわなと唇を震わせながら叫んだ。
試合の結果は、〈氷神・エレナ〉と〈焔神・サチ〉は、同率優勝となった。
エレナはサチから、エレナが事故で死んだ後、あまりの悲しみで、後を追って自ら命を絶ったのだと聞いた。
それを知って、エレナはショックだったが、自分の死もサチの死も、トーナメントでの優勝によって、望み通り人間界で生き返ることが決まったから、問題なくなった。
エレナとサチは、天上界の神々、闘技場の観客たちに温かく見送られながら、人間界へと戻っていった。
◇ ◇
そして〈あの日〉。
「ああ、間に合わないわ。遅れちゃう!」
恋人サチとの花火大会デートに遅れそうになったエレナは、愛車のバイクにまたがって、国道を飛ばした。
直線道路の先は、見通しの悪い右カーブになっていた。
そのカーブにさしかかる少し手前で、いきなり対向車線にトラックが現れて、センターラインをこちら側へ大きくはみ出してきた。
あわや、ぶつかりそうになったエレナだったが、すんでのところでバイクを急操作し回避した。
「もう、危ないわね。なんて運転してんのよ! あったまくるぅー!」
バイクを路肩に停車させて振り返り、走り去って行くトラックに、エレナは拳を振り上げて悪態を突いた。
「あっと、こんなことしてる場合じゃないわ、早く行かないと!」
エレナは再びバイクに乗ると、サチとの待ち合わせ場所へと急いだ。
花火大会が始まった。
並んで花火を眺めるエレナとサチは、だれの目にも幸せそのものだ。
二人に天上界での出来事の記憶はない。
人間界に戻る時に、神々によって、すべて消されてしまったからだ。
しかし二人は、以前よりずっと深く愛し合っていることに、気づいていた。
天界の神々も、二人の記憶は奪っても、育まれた愛情そのものまでは、消せなかったのだ。
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