転生先は人間

 私は目を覚ます。

 視線の先には見慣れない真っ白な天井があった。

 少なくとも魔王城にこんな貧相な天井がある部屋は無い。


「こ、ここは?」

 

 どうやら私はベッドで横になっているらしいが、かなり安物なのか、ベッドは硬いし、布団もふかふかではない。

 記憶が曖昧だ。一体ここはどこなんだ? たしか私は魔王陛下より授かった魔導書に記された、そうだ! 転生魔法だ!

 私は転生魔法を発動して、それから一体どうなった? 魔法は成功したのか?


 上半身を起こしてみる。

 自分の手を見る限り、明らかに子供の姿になっていた。転生というくらいだからてっきり赤子からやり直すのかと思っていたが。見たところ十歳前後くらいだろうか。しかもこの身体は明らかに魔族ではなく、人間か。できれば魔族が良かったけど、まあ贅沢は言えないか。

 ん? では、この身体の本来の持ち主の魂はどこへ行ったのだろうか。

 

 そんな事を考えながら、自分の新たな身体を見てみると、あちこちに仰々しい包帯が巻かれている。身体の随所に鈍い痛みも感じる。

 何らかの事故に遭って、この身体の持ち主は死亡。そして抜け殻になった身体に私の魂が入ったということかもしれない。


 まあいずれにせよ。こんなところで寝ていては、何も状況が分からない。

 ちょっと近くを回ってみるか。


 そんな事を考えながら、ベッドから床に降り立ったその時。

 近くにあった扉が開いた。


 そしてその扉の向こうからは、質素な黒色の衣服を着た女性が姿を現した。

 綺麗な金髪に蒼い瞳をした、美しい女性。彼女を私は知っていた。忘れるはずもない。


「ま、マリア?」


「リオン、君? ……リオン君! 目が覚めたのですね!」


 私の姿を見た勇者マリアは、一心不乱に私の前まで駆け寄ると力一杯私を抱き締めた。


「ちょ、マリア。何を。ってか、く、苦しい……」


 こんな子供の身体で勇者に力一杯抱き締められたら、それはもう拷問だ。

 肺が圧迫され、顔がマリアの胸に埋められて呼吸ができない。


「し、死ぬ……」


「あ! ご、ごめんなさい。でも本当に心配したんですよ! 三日も目を覚まさなかったんですから!」


「み、三日も?」


 どうやら何らかの事故があったのは間違いなさそうだ。


「あんな高いところから落ちたわりには怪我の方はまだ軽かったですけど、頭を強く打って意識が全然戻らないから、もうダメかと思いましたわ」


「高いところ? 頭を?」


「もしかして何も覚えてないのですか?」


「う、うん」


 覚えていないというか、知らないんだけど、頭を強く打ったというのなら、ここは軽い記憶喪失でも装った方が良いだろう。


「……そうですよね。リオン君も頭を打って混乱していますよね。じゃあ順番に説明しますよ」


 マリアはそれから色々と説明をしてくれた。

 まずこの身体の本来の持ち主の名はリオン。

 年齢は十歳で、元々戦争孤児だったらしく、今はマリアの家で生活しているとか。


 ま、マリアと一つ屋根の下に住んでるのか!?

 魔王陛下を討伐した勇者の家ともなれば、相当な豪邸に住んでいるのだろうな。


 魔王軍と人界軍で行なわれた戦争は、今では“魔王大戦”と呼ばれており、もうじき終戦から二年が経つという。

 戦後の魔界がどうなっているか心配ではあるが、人間に転生してしまった以上、もう魔界に帰ることは諦めるしかないか。


「リオン君は教会の屋根にある鐘を勝手に鳴らして、足を滑らせてそのまま地面に落ちたんですよ」


 何をやっているんだよ、リオン少年。

 危なっかしい子供だな。そんな事をしているから死んじゃうんだよ。


「皆、あんな高いところから落ちたらもう助からないって諦めたくらいなんだからね。実際、発見されたばかりの時は息もしてなかったって聞いてるわ」


 やはり、リオンは死んでしまったと考えて間違いないだろう。

 そして抜け殻になった身体に私が入ったに違いない。


「ですが、こうして目を覚ましてくれて何よりです! リオン君、もうあんな危ない事をしちゃダメですよ! 分かりましたか!?」


「う、うん。分かった」


 何だろう? この威圧感は。戦場で勇者が見せた激しい闘志とは違う。これは我が子を叱る親が放つ威圧感に似ている気がする。


「じゃあリオン君、今日はまだ大人しくしていて下さい。今から先生を呼んできますから」


 そう言い残すと、マリアは一度部屋を出ていった。

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