藤沢ナツメ①
春樹「まあ、宮本さんが言った通り理事長に秘密厳守って言われたわけじゃないし、特に問題はないんじゃないかな」
咲月「そうだよね」
念の為、中森くんに更生の件がバレてしまっていた?ことを報告する。
古橋くんもそこまで問題視しているわけではなく、特に支障も出ないと思ったので私達は普通に更生を進めていこうってことになった。
咲月「問題は誰を、どのようにですね」
春樹「んー悩ましいね」
いざ自由にやれと言われても困る。ある程度順序とやり方、最低限の指示があればそれに沿って実行していくことは容易なのだが、何もかも知識すらない凡人に自由を与えられても宝の持ち腐れのような状態に陥ってしまう。
咲月「こういう時、マニュアルとかあればって思うね」
世の中の指針としてマニュアルはありません、自ら考えていきましょう、と高らかに宣言する企業があるのだが、ハッキリ言ってそれは理想論だ。新人、未経験、右も左も分からない若輩者に何もありません?自分で調べてください?はあ⁉どうせ自分でやったらそのやり方は違うとか会社にあってないとか勝手なやり方にしないで下さいとか言うくせに何様なんだ⁉そういうのはある程度会社に慣れてきてから自分で作っていくもので最初から求めるのは頭お花畑じゃないのか?誰だとこんなアホみたいなこと言いだした奴はと軽蔑したくなる。
春樹「それは概ね同感だけど……でも、僕たちの場合に限っては要らないんじゃないかな」
咲月「……」
思わず目を見開いて驚いてしまう。
春樹
「だって、もしマニュアル通りに事を進めていったらそれは僕達である必要はないし、それこそカウンセラーなりそういった人を雇ったりすれば解決出来ちゃうしね」
「僕も理事長が言った通り、同じ学生である何かが重要だと思うよ」
「理屈で変われるなら、ここにはいないしね」
咲月「……」
古橋くんの言葉に感銘を受ける。
そっか。そっか。そうだよね。
咲月「さすがネタ枠の私と違ってちゃんと選出された学級委員……これが皆から長に推薦される人望か」
現状に不平不満を漏らさず、与えられた言葉を真摯に受け止め、前へ進んでいこうとする意志。
……。
ほんと、こういう人が自分を変え、誰かを変えていく人間なんだと痛感する。
春樹「ネタ枠じゃないよ?」
咲月「……え?」
春樹「え?、なの?」
咲月「いやいやいや。だって一度もこういうのやったことないし、私は古橋くんと違ってそんな前向きにとらえられてなかったしさ」
春樹「ん~そうかな……いや宮本さんがそういうならそうかもしれないね」
自分で納得するように呟いた古橋くん。
事実だし、自分で言ってなんだけどちょっとだけへこむ。
春樹
「あ、役者不相応って言いたい訳じゃないよ?誰にだって出来る出来ないことがある」
「たまたま僕はこれが出来ただけ。でもきっと僕に出来ない、足りない何かがあるから宮本さんがいるんだと思う」
「せっかくもう一度の機会なんだから。なら、怖くても失敗してもいいから挑戦してみない?」
つくづく実感してしまう。
やっぱりこういう人が、他人から選ばれる人間なんだと。
春樹「それに、落ちるところまで落ちたんだからさ、これ以上落ちる心配はないよ?」
咲月「……ふふ。なにそれ。せっかくいいこと言ってたのに台無しだよ」
春樹「僕らにしかできない小粋なジョークだね」
咲月「あまり笑っちゃいけないけどね」
誰にも計り知れない挑戦と失敗があったから今の世の中が出来上がった。なら、私はどうだろうか。普通にすらなれなかったような人間は……どうだろうか……。
隼人「我々の部もこうして結成出来たわけだが……」
放課後。昨日結成されてしまった部活動に私達は参加させられている。
更生については……特に進展はなく、こうして部活動に参加出来る時間を持て余してしまったのだ。
隼人「早速だがメンバーを増やしていきたいと思う」
咲月&彩夏&春樹「……」
多分結成二十四時間でのメンバー集め。そもそも何をやる部活か分からないし、そんな訳の分からない部活動に入ってくれる人なんているのだろうか。
彩夏「……一つ確認したいんだけど」
隼人「うむ」
彩夏「そもそもこの部活ってなに?」
尤もな指摘であると私は頷く。
隼人「ん〜色々考えてはみたんだけどな。最終的な目標はみんなで仲良くじゃん?」
彩夏「まあ?そう……だね?」
隼人「一番手っ取り早い絆が生まれるものといえばスポーツじゃん?」
彩夏「……うん?そうなの……かも?」
この流れはもしや……野球なのか!?
隼人「考えたわけですよ。幸い俺らは十一人の予定……」
……十一人でするスポーツといえば……あ。
咲月「ってことは……エゴイストになる!?」
彩夏「超次元サッカーでもいいわね」
春樹「アレスオリオンこそ、オーガが破壊すべき世界線」
咲月「あ~言われてみたら確かに。でも、なんであんな風になっちゃったんだろうね」
彩夏「技演出もストーリーも微妙になっちゃったよね」
春樹「コレジャナイ感がすごいよな」
咲月「それ。無駄にキャラビジュだけ凝っててさ、更によく変になった技名とか謎のタクティクス性重視の試合展開とか」
彩夏「わかる。とりあえずイケメン出せば女子が釣れるとか思ってそうだし、もはや一緒にしたくない」
春樹「女子的にはどうなの?思い出補正ありだけどさキャラビジュ変わって、新しいキャラ増えてさ」
坂月さんと顔を見合わせる。
うん。
お互いに言葉は交わさなくとも思ってることは同じのようだ。
咲月「別に。増えたところで別物すぎて何とも思わない」
隼人
「……そんな深掘りしなくていいから。あと普通に怒られるよ?レベルファイナルに」
「それにエゴイストにもならなければ超次元サッカーもやらないから」
今流行ってるからやると思ったけどやらないのか。
春樹「……マイナースポーツオチはつまらんよ?」
隼人「逆に十一人でするマイナースポーツって何があるんだよ……」
咲月「棒サッカーにキックベース」
彩夏「クロッチウムにサタクラサーもあるわね」
隼人「……前者はともかく後者は……ネットにも出てこねーぞ⁉」
彩夏「競技人口一人の自称スポーツらしいわ。ヘンナッターグラムに出てきたし」
隼人「何で発信者一人のくせになんで団体競技にしたんだよ」
こうしてみると意外と十一人で行うスポーツは少ないみたいだ。サッカー、アメフト、ホッケー、クリケット。良い学びになった。
春樹「んで、結局なんなの?」
隼人「お前が始めた物語だろ……んで」
強引に仕切り直す。
隼人「でも、結局、スポーツするにしても最終的に自己満足で終わっちゃうんだよね。大会に出られるわけもないし、かといって対戦相手探して練習試合で満足出来そうにもないし」
日々の練習の集大成が練習試合か。……野球なら砂を持ち帰るけどサッカーなら……何を持ち帰るのかな。
隼人「とりあえずスポーツするってことは確定で。何をするかまでは……とりまボランティアとかにしとく?」
春樹「疑問形かよ」
彩夏「正直なんでもよくないけどなんでもいいから、なんでもいいわよ」
咲月「でも、ボランティアしたいので部活に入ってくださいって絶対ふざけてるだろって思われるよね」
部員増員が必要なボランティアふざけてるでしょうって思ったけど……逆に面白いって思われるかもしれないな。そこまでして出たいボランティアがあるって思うと熱意に負けて名前だけ貸したくなるような気がする。
隼人
「……とりあえずこのメンバーでは決まりそうにないので、ある程度揃ったら改めて考えることにします」
「それで早速のメンバー集めだけど……実は入ってくれそうな人をすでにピックアップしています」
お~、と中森くんのよく分からない凄すぎる行動力とそれに伴う結果、それにこの空気を変えるべく声を上げる。
彩夏「それで何人ぐらいって……あぶないあぶない。よく分からない部活なのによく入ってくれそうな人いたわね」
隼人「意外とみんなこういうのを求めているのさ」
胡散臭いと思ってしまうのは私の心がすさんでるからだろうか。
隼人「検討者はなんと計二名‼」
春樹「……よく分からない部活なのに上出来すぎる」
隼人
「一人は藤沢ナツメさん。もう一人は西園冬花さんでーす」
「いや~数数多の人間に断られたんだけど、この二人だけは考えておきますって言ってくれてさ」
「チョー嬉しかったよね。こんな胡散臭そうな部活動なのにさ」
それを代表者が言ってしまうのか。いや、胡散臭い度合いを考えれば検討してくれる人がいるだけ有難い話なんだけど……絶対にこれ、あれだよね?
彩夏「どうせ社交辞令でしょう?話すのも面倒だしきっぱりと断わりづらいから、行けたら行けます的な」
隼人「ふっ。どんな書物もすべては読み手次第さ。名作も駄作になり、駄作が名作にもなりえる」
春樹「こういうやつがしつこいセールス迷惑電話掛けても平然としてるんだよな」
咲月「淡い希望を得ようとする姿勢だけは見習いたいよね」
藤沢ナツメさんに西園冬花さん。十中八九中森くんの勧誘がめんどくさくての社交辞令だとは思うけど、私にも更生という目的がある以上、一度返信してしまった引っ越しやら携帯会社やら就活サイトやらのメールの如く、そんな些細なきっかけでも死に物狂いで食い付かなければならない現状。
……わお。食い付いて変な時間でも電話掛けてくる人ってこんな気持ちなのか。もう開き直ることでしか罪悪感のような気持に向き合えないのか。絶対にこの仕事が好きです。誇りに思います。っていう人はこの世にいないもんね……。(いたらごめんなさい)
淡い希望を得ようとする姿勢だけは見習いたいよね。なんてさっき言ってしまったが、私はこれからこれをマジで実行しなければならない。淡い希望に縋って事を起こさなければならない。今から私に求められるのはそういう行動力と忍耐力だ。
隼人「藤沢さんと西園さんには色々決まったらまた声掛けるねとは言ってあるけど、もちろん一度断られたぐらいで他の人を諦めるつもりはないから。みんなで仲良く、お昼ご飯を食べるまでは卒業しないからな」
中森くんの意志と熱は依然として燃え上がっているようだ。私もなんだかんだ言ってしまったけど、クラスメイトの更生について特に何か良い案が思いついているわけでもないし、本当に尺だけど定期的に送られてくる何千万円当選しましたの迷惑メールの如く、手違いでも社交辞令でさえも狂信して飛び付かなければならない。
でもどうしようか。きっかけは部活に入ってみないでいいとして……何の部活するんですかって言われたら詰みだよね?装ってるボランティアって言ってもメンバー募集なんてするんですかって失笑されちゃうよね?
隼人「てなわけで最初は……藤沢さんから勧誘しようか。二人の中なら藤沢さんが一番手ごたえあったし」
春樹「何の手ごたえだよ」
彩夏「誰が勧誘しに行くの?」
隼人「それは……部長の宮本さんの役目です」
色んな意味で私が行った方がいいだろう。更生の件、同性、部長、あと最初に声掛けた人とは違う人。
彩夏「了解。なら残りの私達は何かやるの?」
隼人「ん~とりあえず宮本さん一人を軸に、俺達はサポートに徹するって形かな。周囲の状況とかムードとか作り上げるあれ的な?」
彩夏「まあ、大人数で来られても迷惑ものね」
春樹「じゃあそういう方向で。宮本さんも何かあったら遠慮なく頼ってね」
咲月「逐一頼るから」
善は急げというし、早速明日の朝から行動してみよう。確か、朝食の時間がほぼ同じタイミングだったはずだし、一人で食堂で食べているから声だって掛けやすいはずだ。
嫌だ嫌だと思ってもやらなければならない時間はやってくる。
私は知っている。そういう時間から逃げてしまうことこそ、一番愚かな結末になってしまうことを……。だからこそ動かなければならない。あんな思いをする前に……。
寮の自分の部屋に帰り、理事長から貰った資料を取り出す。
藤沢ナツメ。理事長から配られた資料の彼女の項目を見る。特段変わったところはないが……一点だけ私達と明らかに違う部分がある。
日本とロシアのハーフ。
お母さんがロシアの方らしく遺伝の影響で藤沢さん自身も外国人らしさを感じる。中でも特徴的なのは銀髪であろうか。あとロシアっていう血統強さと人種の強さ的に外国人特有の美しさを感じる。日本人というよりはやっぱり外国人って印象が強くて、証明写真のような写真からでしか判断できないからあれだけど、ちょっと表情が暗いような気がする。
そんな彼女が引きこもった原因は【人間関係】。
これは入学前に提出する書類に関係しているのかな。提出書類に【貴方が引きこもってしまった理由】的なことを書く項目があって、でもそれは任意だったからそれを反映しているのではないのかな。藤沢さんの引きこもった原因である【人間関係】以外には特に何も記載されていなかった。
まあ、好き好んで書く人なんていないだろうし、書かなくても入学に影響しないとなるとわざわざ嫌な事を思い出して書くマゾイストはいないだろう。
それにしても、人間関係か……。色々と考えられる可能性があってちょっと怖いな。私は自分が引きこもってしまった原因、過去について特段引きずっているわけではないけど、中には重くこれ以上ないくらいのトラウマとして抱え込んでる人だっているはずだ。事柄から、文字からだけで軽率に判断してしまうと、私がトラウマの素になった原因になりえるかもしれない。
人間関係……人間関係……人間関係。
友人。他者。学校。ネット。家族。人間が関わっていることは誰でも解って、問題は何が原因になっているのか。
いじめ?喧嘩?悪意?それとも疎外感?
う~ん……きっとこういうところを関係を深めて更生していくんだろうな。
……。
理事長と古橋くんから言われた言葉を思い出す。
咲月「……同じ学生であるからこそ変えられる、か……」
色々考えてみたけど、結局仲良くなれなければ何も始められない。更生の為に仲良くなるっていうのは考えたくないけど……。
咲月「人ってどうやって仲良くなっていくんだろう……」
朝。寮の食堂は登校時間に間に合うように開かれる。具体的には七時から食堂のおばちゃん達がご飯の用意をしてくれる。朝だけは昼夜と違ってビュッフェ形式。ライスorパン。おかずも七種類前後用意されていてヨーグルトやフルーツ、さらにはシリアル食品まで用意されている。
用意された量、これだけの品数。全部食べ切れるわけないのだが、国学は入学から寮費、こういった生活費まですべて無償なのだから全くもってどういう経営体制で全国的に成り立っているのか。政治家の裏金問題を許す司法ぐらい不思議である。
そんな朝から豪勢な食事。もう何回もここで朝ご飯を食べているのだが、ビュッフェというだけで調子に乗って色々と取りたくなってしまう。今日も最後に後悔しながら食べるであろう盛り具合を片手に、私は外が見える端っこの席に座っているある女の子の元へと歩みを進めた。
咲月「す、すみません」
なんて話しかけていいか分からず下手に出る感じで話しかけた。
ナツメ「……え……私……です、か?」
目を大きくと見開いて細々と声を発した藤沢さん。
私も彼女の声を聴いて失礼すぎる理由で目を見開いてしまった。
咲月(日本語、話せるんだ。しかも、違和感なく)
ナツメ「……えーっと、私、で、あって、ますか?」
失礼すぎる開眼に違和感を覚えてしまったのか藤沢さんから話掛けてくれた。
咲月「あってます。あってます。えーっと、ご飯、一緒に食べてもいい……ですか」
相変わらず他人との距離感というのを忘れている。
ナツメ「……」
再びの藤沢さんの開眼。少し悩んでから藤沢さんはいいですよと許可をくれた。
念の為、失礼しますと言ってから彼女の右隣の席へ座る。
咲月「……」
ナツメ「……」
咲月「……」
ナツメ「……」
ハッキリ言って、これは最初から解っていたことだ。私は全くもってコミュ障ではないのだが会話というものが苦手だ。基本的に共通の何かが無ければ話題を振れない。
自己紹介を聞き逃してしまった私にとってもはや私と藤沢さんの共通点は同性であること、この学校へ来てること、そして多分藤沢さんも後悔しそうなぐらいお皿に盛っているということだ。いや、話そうと思えば質問攻めという会話のストラックアウトなら出来るのだが、これではキャッチボールは成立しない。何気に万能に思える質問攻めも一回使ってしまったら後日また質問攻めすることは出来ない。連日話した内容が質問されたなんて……二日目の時点でなんでこの人質問からしてこないのと不審がられ、変人としての地位を確立してしまう。
咲月「……」
ナツメ「……」
と。まあ、うだうだ悩んだところで会話が発生するわけでもないし、切り札的質問攻めを使わなければそもそもの共通点が見つかるわけがない。何から訊くか。ぱっと見で判断するなら容姿だろう。明らかに日本人ではない容姿。彼女にとって何回も訊かれたことだろうけど、まずはそこから……いや、待てよ。あえてそれには触れないでいってみるか。
咲月「えーっと、急にごめんね。私、宮本咲月っていいます。よろしくお願いします」
ナツメ「……ぇーっと、はい。大丈夫、です。私は、藤沢、ナツメです。よろしくお願い、いたします」
咲月「えーっと、寮生活慣れた?私はまだ慣れてないけど」
ナツメ「……微妙な、ところ、です」
咲月「そうなんだ~。あ、ここの朝ごはんって美味しいよね。私もついつい取りすぎちゃうんだ。藤沢さんはご飯とパンどっち派?ちなみに私はご飯派だけどポテンシャルを感じてるのは実はパンなんだよね」
ナツメ「……美味しい、です。私もご飯派、です」
咲月「……藤沢さんって……誕生日いつ?私は三月なんだ。メッチャ遅いよね」
ナツメ「私は……五月、です」
咲月「…………今日のご飯も美味しいね」
ナツメ「は、はい。美味しいです」
……。
ぎこちなさしかない会話。
やっべー。めっちゃ気まじー。人との会話ってこんなにも難しいものだったっけ。普通に学校へ通っていた時はわりかし男子でも女子でも話せていた方だったんだけど……これってあれかな。必要な時に話すのとこうした日常的な会話って別物なのかな。思い返してみれば適当なクラスの男子と日常的な会話ってしたことなかったかも。グループワークとかちょっとの愚痴みたいな会話とか、あと何か発展した時に話したぐらいで他は……ってかそもそも私に男友達っていたっけ?いいや、男友達じゃなくても女の子の友達でもいいんだ。中学生の時に引きこもったから当時を思い返してみて……ダメだ。私って友達いなかったんだ。いや、友達いたにはいたんだけど……あは。でも、頑張って普通を装ってた時のことを思い出してみる。会話ってどうすればいいんだっけ。話ってどう広げていけばいいんだっけ。記憶を用いて頭の中で会話のシミュレーションをしてみる。
……。
ダメだ。私の会話指数じゃ一言二言で会話が完結してしまう。
咲月「……」
ナツメ「……」
再び沈黙の時間が訪れる。
気まずさは依然として継続中。何か話さないといけないけど、何も話題が思いつかない。
唯一の救いは調子に乗って盛った朝ご飯。藤沢さんもかなり盛っていて、どちらかが食べ終わって食べ終わるのを待つという地獄の空気にはまだならなそうだ。時間の猶予はあるけど……調子に乗って良かったと思う反面、食べきれるか不安だ。さすがに自分で分量を決めたはずなのに残すという醜態を披露するわけにはいかない。印象悪いし、森羅万象にも悪い。
ナツメ「……き、訊かないんですか?」
私が頭の中でごちゃごちゃと変なことに思考を巡らせていると外から声が聞こえた。
咲月「訊かないのって?」
ナツメ「そ、その……容姿、の、こと、です」
藤沢さんは恥ずかしそうに俯く。
咲月「ん~本音を言うとね、ものすっごく訊きたいんだけど……藤沢さん何回も同じこと訊かれるの嫌かなって」
ナツメ「……え?」
咲月
「いや、昔……普通に学校に通っていた時かな?……憶えてないけど……誰かがそんなこと言ってたような気がして」
「あ、藤沢さんとは違うけどね?たしか……身長が高くて、バスケかバレーやってたでしょう?身長何センチって初見で確定で訊かれるから、ちょっとうんざりしてたみたい」
ナツメ「……」
咲月「だから悪いかな~って」
同じ質問を繰り返してくるNPC。その人はそんなことを言っていたような気がする。
もちろん悪意があってのことではないと理解していた。誰だって最初から悪意を持って他人と接したいはずがない。少しでも仲良くなる為に、会話を広げていくためにその人の特徴を捉えて使っていくのは悪いことじゃない。人間は見た目で判断するっていうし、きっかけを作る意味では間違った使い方ではない。
けれど、きっかけを作られる本人はどうだろうか。どんな人でも似たような始まり方。 そこに意外性はなくなって、どう捉えていいか分からなくなってしまうだろう。事実その人も、同じような反応をされて、きっかけを作ってきた人が容姿を見て適当に話を振ってきたんじゃないかって疑心暗鬼になったって言ってたし。
ナツメ「……ちょっと、ビックリしました。私のことを見て、容姿のこと、訊いてこない人は、久しぶり、です」
作戦は……成功したのかな?でも、最終的には容姿の話になっちゃってたし、引き分けぐらいなのかな。まあ、少しでも藤沢さんの意外になれたのならよかっただろう。同じような反応をしてしまって、こいつもかって思われるぐらいならこうしてビックリしたって思ってくれる方が嬉しいしね。
咲月「それは……良かったのかな?でも、まあ、藤沢さんクラスになると絶対に食い付きたくはなっちゃうよね」
ナツメ「心は、純粋な、日本人、なん、ですけどね。いつも、異世界人扱いされて、困っちゃいます」
藤沢さんからのハーフ自虐が飛び出して、最初の関門である警戒段階は越えられたと思った。
まだお互いによそよそしいし、慎重な口調で探っている段階だけど、ここから一歩ずつ進めていこう。
咲月「グプッ。やっぱり調子に乗った」
ナツメ「だ、大丈夫、ですか?」
ビュッフェ、恐るべし魔物。
先ほどの勢いそのままに一緒に登校しようと誘ってみた私。少し間があった後に何とか許可を貰い、一緒に学校までの道のり歩いている。
咲月「ビュッフェって何であんなに取りたくなっちゃうんだろうね」
ナツメ「食の、不思議ですよね。トータルで見ると、食べきれるかあやしい量なのに、よそってる時は、少量程度、の認識ですものね」
加減が分かりませんよね、と同意を求められつつもその言葉の意味は私と違う。私と同じ以上に、いや、私以上に盛っていたにもかかわらず、朝はこれくらいにしておこうって呟いたことを私はしっかりと聞いていた。食の太さは人それぞれで、人よりもかなり食べていたって何とも思わなかったはずなのだが……これが血統の差なのか?あれがロシアの血なのか?
あれだけ食べていて、まだ余裕がある。顔……お腹……太もも……手。私と同格ぐらいか。私より食べていて体型は同格……それなのに。
ナツメ「……どうか、しましたか?」
咲月「……ロシアの血を感じた」
ナツメ「……?」
胸筋。大胸筋。包み隠さず言えば胸。この世には存在していると知っていたが、まさかこんな身近に実在してしまっているとは……。得てして外国の人は大きいという。血筋は眠れる民ロシア。身長は私より少し小さいがスラっとしていて……爆胸。マジ何カップあるんだ?頼めば揉ませてくれるかな?銀髪の中に混じった黒髪。外国人特有の綺麗な目。日本とロシアが奏でるハーモニー。これりゃあ、領土問題が解決するのも時間の問題だな。
咲月「……」
ナツメ「……」
特に会話が発生せず。無言のままゆったりと学校への道を歩く。
最近の春の気候はよく分からない。小学生ぐらいの時はこの時期になれば冬気候から春の気候へと変わっていたと思うんだけど、桜が咲く季節になってもかなり寒い。推移は十度~二十度。たまに二十度超えてしまう日があるからだろうか。最高気温が十五度ぐらいでもかなり寒く感じてしまう。
この冬から春にかけて。夏から秋にかけての体感温度の過剰な変化はどうにかならないのか。少し前までは十度超えればかなり暖かい方だったんだけどな。でも今日は日差しがある分、ぽかぽかと感じられる。
咲月「……」
ナツメ「……」
咲月「……」
ナツメ「……」
咲月「……」
ナツメ「……」
咲月「……あ、もう学校着いちゃったね」
ナツメ「……そう、ですね」
どんなにゆっくり歩いても二十分も掛からない道のり。
ほとんど話さないままここまでついてしまった。
咲月「……そういえばさ……」
景色を眺められなくなって、途端に気まずさが増幅した。何か話しかけないとって思って声を掛ける。
咲月「……藤沢さんって……」
だが、何を話せばいいのか話題が見つからない。
咲月「ごめん、やっぱり何でもないや」
ナツメ「……はい」
二人一緒なのは変わらない。昇降口でも教室までの廊下でも。けれど……無言のまま一緒に歩いてしまっている私達は周りからどう見られているのだろうか……。
キーンコーンカーンコーン。
咲月「やあやあ。さっきの授業はどうだった?」
少しでも親睦を深めていくため、授業間の休みに私は藤沢さんに話しかけに行った。
ナツメ「……」
ここでも目を見開き驚く藤沢さん。
やっぱり初日から馴れ馴れしかったのかなと反省する。
ナツメ「……あっ。えーっと、不思議な、感覚、でした」
咲月「あ~うん。ちょっとわかるかも。最初だからなのかな。中学校基準で始まるから簡単というか、懐かしいというか」
ナツメ「きっと、慣れていく、みたいなものも、あるのかも、しれません」
咲月「不思議といえばさ、やっぱりこの座席配置には慣れないよね。周りスッカスカで地味に掃除大変そうだよね」
会話の流れから軽いことだと思われるかもしれないが、私的にはかなり不思議感覚が強い。
普通に学校へ通っていた時は一番前の席なんかになると後ろからの全視線を感じたり圧迫感を覚えたりしたのだが、机と椅子だけあって誰もいないっていうのも、それはそれで違和感を覚える。
ナツメ「インフルエンザ蔓延、とは違い、ますよね。大学の講義、なんかは、こんな感じ、なの、でしょうか」
咲月「あ~その例えいいかもしれないね。履修登録者数少ないとそんなイメージになるかも」
噛まずに言えたことを褒めてあげたい。
ナツメ「そう、ですね」
会話が途切れる。
まあ、特段話したいことがあって話しかけに来たのではない。
さっき席がスッカスッカだから違和感を覚えると言ったが今ちょっとだけ便利なことがあった。
それは誰かの席っていうことを意識しなくていいってことだ。
当たり前なんだけど普通の学校なら人数分座席が用意されているから、友達の元へと向かう時なんかは誰かの席を借りるんだけど、ついつい時間ギリギリまで話し込んでしまうと後ろのロッカーに寄りかかって私が使っている席が空くのを待つ。なんてことを何回もやってしまった。
その点、この教室は上下左右斜め誰かがいる方が稀で、誰かの席ってことを意識しないですむ。
咲月「……」
ナツメ「……」
それから特段話すことはなく、藤沢さんは気を遣って教科書やスマホをいじらないでいてくれたが、私は何もできないままこの休憩時間を過ごしてしまった。
咲月「藤沢さん。お昼一緒に食べない?」
三回あった授業間休憩。一回目だけ会話が続いて?他二回は授業どうだった?懐かしい感じでしたと……。
まあ、そりゃあそうなるわなって感じだ。
普通の学校ならまだしもここは国学。授業自体にも実験とやらが組み込まれてる。
実験内容は授業内容の統一。
これは先生によって授業の質が変わってしまうから、その対策やら統一にした方が国民全体の基礎学力も上がるんじゃねみたいなものらしい。。
人手不足や定額働かせ放題のブラックな部分が露見した教育業界。教職員が減少傾向になりつつあり、その教え方というのも人によって違う。
テレビCMで見かける塾講師集団。有名なのは、いつやるの?NOWでしょう。
ショート動画で観る、何やってるんですか?勉強してください愚者ども。(頭のいい人が見下すのは意外と刺さるとして人気に)
あるいは生徒評価が高いどこの誰か全くもって知らない先生。
そして人類の知恵の結晶AI。
誰の授業が解りやすくて、どんな人の授業が最も学力を高めるのか。
今日授業はお硬い教授のマニュアル通りみたいな授業。淡々と喋るだけの授業で、誰かに教えるというものではなく事柄を、あったことをありのまま話していた。
これが何故選ばれ、どういう評価を受けているのかは知らないが、授業を受ける身からすれば申し訳ないけど……つまらない。
強制的に集中させてくれて、無駄がないから合理的と言われたらそうなんだけど……ね。
やはりAIが最適な授業を行うとか、結果が出る授業内容の統一みたいにはならなそう。
個性があって、毎時間授業スタイルが変わるからこそ飽きることなく集中出来るのだと、たいして頭の良くない私は好むのだった。
……と?ということで?ろくに話せなかった分、お昼巻き返せるか。そんな自信は一切無いんだけどね。
ナツメ「……はい」
少し思案してから承諾をもらった。
てことでお昼。場所は……。
咲月「へぇ~。こんなところで食べてるんだ」
ナツメ「あ、いえ。今日はみっ、宮本さんと、一緒、なので。なので、ちゃんとした場所をと、思い、ました」
中庭。お昼を食べられるようにと設けられだと思うベンチ。ここの利用者は……当然私達がいないのだけれども。もし、このプロジェクトの参加人数が多ければここで食べる生徒もいたのだろうか。
咲月「……」
ナツメ「……」
咲月「……今日も美味しいね」
ナツメ「そう、ですね。毎度の如く、クオリティが高くて、ビックリです」
咲月「……」
ナツメ「……」
咲月「……きょ、今日は天気良くて良かったね。ていうか春はちょうどいいかもね。暑すぎず寒すぎず」
ナツメ「そうですね。ぽかぽかして、気持ちいいです」
咲月「……」
ナツメ「……」
咲月「……そういえば。普段は藤沢さんどこでもお昼食べてるの?」
ナツメ「……ひ。……人気のない、ところです。に、人数が少ないおかげで、場所には、困ってません。色々な場所で、食べてます」
咲月「……」
ナツメ「……」
咲月「……」
ナツメ「……」
もぐもぐ。もぐもぐもぐ。
気まずい。
もうこんな状況になってしまえばスマホでも使って何か発生するまで場を持たせるのだが、それは悪手。誘ったのは私なんだ。主導権みたいなものがあるのも私。
咲月「今日っていい天気だね」
ナツメ「……そう、ですね」
咲月「あ、明日のお弁当って知ってる?オムライスなんだって。お弁当でオムライスって何だかチャレンジ精神を感じるよね」
ナツメ「……もしかしたら、食も、実験、してるのかもしれないですね」
咲月「あ。確かに。オムライス弁当なんて馴染みないもんね」
ナツメ「……摩訶、不思議です」
咲月「……」
ナツメ「……」
うん。諦めよう。やっぱり私には無理だ。
気まずい空気。ままならない会話。
咲月「……」
ナツメ「……」
その後は特に会話はなく、無言のまま時間が過ぎてしまった。
咲月「藤沢さん一緒に帰ろ」
ナツメ「あ、はい……なんとなく、そんな気がしていました」
今日はこれがラスト。
まだ寮に帰ったあとが残っているけど……さすがに一日中一緒にいるのは申し訳なく(今でもかなり申し訳ないのだが)、とりあえず一日目は放課後で終わりにすることを決めた。
咲月「……」
ナツメ「……」
テクテクテク。
咲月「……今日一日あっという間だったね」
ナツメ「……そう、ですね。今日は特に、時間の流れが速かったような気がします」
咲月「……」
ナツメ「……」
テクテクテク。
帰りは特に無言の時間が多い。
咲月「……」
ナツメ「……」
その時間はとても気まずく、会話らしい会話も今日一日で使い切ってしまって、何を話せばいいのか分からない。
咲月「……」
ナツメ「……」
咲月「……だいぶ散ってきたね」
ナツメ「……桜は、三月からですものね」
私が子供の頃は三月下旬から咲き始め、四月の終わりぐらいまでは桜が残っていたのだが、それはもう過去の話。
地球温暖化の影響なのだろう。冬が終わるのが速くなり暑いとも感じる気温が早ければ三月から訪れる。
四月の初めに満開。中旬になれば終わりを迎えてくる。
咲月「……」
ナツメ「……」
咲月「……」
ナツメ「……」
咲月「……」
ナツメ「……」
咲月「……それじゃあ。また明日」
ナツメ「……はい。また明日です」
覇気のない別れの挨拶。結局たいして話せないまま寮へと着いてしまった。
咲月「……というのが今日の成果です」
時刻は夜。ご飯を食べ終わって各々がリラックスする時間帯。場所は男子フロアと女子フロアの間にある談話室的なところ。
今日一日の藤沢さんとの好感度具合を部活メンバーに報告する。
隼人「……ふむ」
彩夏「……ねえ……これって今やること?夜だよ?初日だよ?ナウ?」
春樹「まぁ暇だったしいいんじゃない?」
夜。普段の制服姿とは別の服装で、しかも寮の談話空間で会うのはちょっと恥ずかしいけど、古橋くんの言う通り時間を持て余していたので集まれちゃったのである。
とりあえず今日一日、藤沢さんに積極的に話しかけてみたが、成果というか手応えというか、芳しくない。最初の一言二言は会話が成立するのだが、それだけ。あとは無言の時間となり周りからすれば何あの二人って感じるような謎の関係性になっていたに違いない。
隼人「傍から見ても上手くいってなさそうな雰囲気は感じてた」
春樹「見てる分には共感しまくりでほっこりできたけどね」
彩夏
「……意外と真面目に進行してくのね」
「なんか、付き合いたてのカップルみたいな距離感だったわね」
咲月「……面目ありませぬ。私がボギャ貧なばっかりに」
もう少し凝った話題だったり、藤沢さんにも広げられそうな話をすればよかったのだろうけどそこまで気が回らず。一個前の授業の話だったり、しょうもなさすぎる話だったり。ろくな会話が出来なかった。そんなんだから藤沢さんを気まずくさせてしまって迷惑をかけてしまった。
春樹「ボギャ貧かはおいといて、初日だしこんなものじゃない?」
隼人「そうだな。そう簡単に仲良くなれたら戦争しかり女子ギスギス関係は出来上がんないもんな」
彩夏「……そもそも話だけど宮本さんだけ初めに仲良くなる必要あるの?勧誘して入ってもらえればそこから私達で仲良くなればいいんじゃないの?」
咲月&古橋&中森「……」
その言葉に私達は顔を見合わせる。事情を知らない坂月さんにとって当たり前すぎる疑問。そもそも私の役目は仲良くなることではなく部への勧誘。確かに好感度があった方が有利だけどマストではない。それこそ入ってもらってその先でスポーツ漫画みたいにいつの間にか友情が育まれているっていう展開が現実世界でもベターである。みんなで仲良くなのだから、私一人が仲良くなって友達の友達って感じで中森くんたちを紹介するよりも一気に全員と仲良くなった方が入ってくる子も変な気まずさを覚えなくてすむはずだ。
咲月「……」
言ってもいいのか悩む。そりゃ口止めもされていないし他言無用ではないけど言ってもいい内容なのか。
少なくとも私達の関係は理事長から命令された更生うんぬんの前に出来上がったものだ。これから人ずつ仲良くなっていく人全員に君を更生したいから部に入ってなんて言うつもりはないけど、初期メンバー……入学当初から仲良くなった坂月さんには話してもいいのではないかと思う。
彩夏「……えーっと……なんか変なこと言っちゃった?」
古橋くんの方をチラッと見る。
彼は優しく頷いた。
彩夏「へぇー更生、ね」
話すといってもそんな深いあれこれがあるわけではない。
理事長からの命令でクラスメイト全員の更生をしなくてはならない。そこには多分学級委員としての役割があって、国学だからこその指導方針みたいな。推察の域だけど。とりあえず私達学級委員が自動的に選ばれて、なんか漫画のようなでも私達にとって必要で向き合わなくてはならないことをしなくてはならないと坂月さんに説明した。
咲月「ごめんね。隠してたわけじゃないよ?」
彩夏「気にしてないわよ。人によっては隠さないといけない内容だし、それに何かを隠すこと自体は必要なこと。まあ、隠された側はちょっと、だけどね」
咲月「ごめんね坂月さん」
彩夏「なーんてね。冗談よ」
坂月さんは私を宥めてくれる。確かに人によっては理事長からの命令だといえ簡単に触れられたくない何かがある筈だ。それはここに来た人なら理解しているけど引きこもってしまった理由。他人との問題であったり、自分との問題であったり。それを命令されたからといって簡単に関係のない私が触れていいってことにはならない。
彩夏「それにしても更生ね。なんだかフィクションの世界みたいなことになってるわね」
隼人「俺も盗み聞いた時は驚いたぜ。二人して理事長に入っていったから怒られるのかなって期待してたのに」
彩夏「……中森くんこそちゃんと更生してあげないとね」
咲月「……その……改めて聞いちゃうけど二人はいいの?」
隼人「何が?」
咲月「いや、だって、いずれは私達に更生されちゃうかもしれないんだよ?」
言葉遣いが変であることは承知の上。出来るだけ表現を濁したかった。更生とはすなわち過去にあった自分にとって負の出来事を、嫌な感情を、誰かと共に向き合い、解決ないし解消していくということ。今はまだ始まったばっかりでそんなこと私に出来るのか、二人に対してしてもいいのかって、絶対に無理だしやりたくないけど、卒業までには必ず訪れてしまう。
彩夏「……まあ、そう言われると変な感じね」
隼人「だな。でも知らないよりかは腹括って待てそうな気がするよ」
咲月「……」
彩夏
「そんな思いつめないで。そりゃ、簡単に触れてほしくはないけど……私だって解ってるわよ」
「散々逃げて、苦しんで、引きこもってしまったもの」
「あの気持ちと向き合わないと、私は変われない」
隼人
「だな。むしろいい機会かもしれないな」
「こうして逃げ場をなくして、友と一緒にあの気持ちを乗り越えていける」
「俺みたいな人間にはちょうど良かった。誰かと一緒なら心強いし、ケツ思いっきり叩かれて無理やりにでもやってくれないと一生変われないと思うからさ」
ここに来る人間は覚悟を決めた人間。このままじゃダメだ。変わろう。もう一度頑張ろうって奮起した人間だ。もしかしたらそんな人からすれば二人の言葉は当たり前の言葉なのかもしれない。
咲月「……」
けれど、私は二人の言葉に心を打たれた。私も覚悟を決めてここへ来たけど他人の覚悟を目の前にすると、自分の覚悟がちんけなものだったと思い知らされたから。
彩夏
「あ、けどこれから仲良くなっていく人には言っちゃダメだよ?」
「もしかしたら更生する為に仲良くなったって疑心暗鬼になっちゃうかもしれないから」
隼人「みんなで仲良く。頼んだぞ部長」
咲月「うん。がんばるよ」
私はみんなと仲良くならないといけない。そしてみんなが抱えている何かを知って共に向き合わないといけない。
抱いた感情。隠した想い。
それが宮本咲月に必要であるから。普通の人間になっていくために……。
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