部活動

 翌日、早速登校がてら理事長から命令されたクラスメイトの更生を行うべく古橋くんと話し合っていた。話し合いの内容はいたってシンプルで、誰から始めていくか、どうやって進めていくかだ。

 知識も無ければ人に寄り添えまくれるような言葉を持つ人間でもない。経験も無ければマニュアルも用意されていない。

 理事長は言った。やり方、順序、時期、時間、全て問わないと。与えられたのは自由。縛りなんてものは一切ない。一見素晴らしいようにも思えることだが、今は私達を苦しめていた。

咲月「一般人にこれはきついですね」

 そういえば何で私が学級委員長に任命されたのか意味不明だな。だってこういうのはリーダー性のある人間が自然となるものでしょう?過去に、普通の人よりはか少ない学生生活であったが学級委員どころか何かの実行委員すら選ばれたことないし、推薦も受けたことがない。見た目……というより関わったことのある女の子が坂月さんしかいないから断言できないけど、私よりかは坂月さんの方がリーダー気質だし、本当に見た目だけならリーダーっぽい娘は私以外に確実にいた。そんな明らかに優れた娘たちを差し置いて私が学級委員長になってしまうとは……。どういう基準で学級委員長が選ばれているのだろうか。

春樹「まあ、でも一般人だからいいんじゃないかな。理事長も言ってたでしょう?学生という不安定な時期を共にするクラスメイトだからこそ、理屈ではない部分を変えられるんじゃないかって」

咲月「……まあ?たしかに?」

春樹

 「理事長あの言葉。僕は正しいと思うよ」

 「青春……そんなちっぽけな言葉で括りたくないけど、僕らに足りなかったのはそういったものじゃないかなって思ってる。自分の気持ちと向き合い、己と他人と向き合い、あるがままにその時を生きる」

 「まあ、僕が言ってもチープで説得力なんて一切なんけどね」

 青春か。確かにこの言葉の意味は爽やかで明るい時間を指し示しているだろう。しかし、青春とはそれだけじゃないと思う。酸い部分も苦い時間も。もどかしい気持ちも後悔した日々も。いい思い出だけが青春になるわけじゃない。負の面……そんなふうに表現したくはないけど、そういった面もあるのが青春なんじゃないかと思う。

咲月「……その時を生きるか……」

春樹「深くは捉えないでよ?あくまで感覚みたいなところだからさ」

咲月「でも、さあ、実際どうしていけばいいんだろうね。更生もそうなんだけどさ、そもそもの更生を始めるための接点がないわけなんだし」

 クラスメイトの更生を達成するには前提としてその人達との関りがないといけない。一応、資料は貰ってある程度の状態は判っているけど、でもそれを基にいきなり声をかけて治しておこうなんて言っても、私ならそれを受けいることなんて到底しない。

 まずは、友達になることから始めないといけないのかな。友達になって、それから仲良くなっていって、ある程度事情を話してもらえるような間柄になって、それからその人が抱える問題を一緒に解決ないし解消していって……。言葉として表すだけで途轍もないハードルと道のりがあると実感してしまう。

春樹「そうだね。まずは友達かな。でも、友達になるために話しかけるのってかなり寿命削らないといけないな」

咲月「……」

春樹「?どうしたの宮本さん?そんな意外そうな顔して?」

 思わずまめでっぽうをくらってしまった顔をしてしまう。

咲月「……いや、古橋くんがそんなこと言うの……ちょっと意外だなって」

 身長は高しい、顔もそれなりに整っている。話した感じ好青年って印象を受けたし、態度も普通で仮に同じクラスだったらどんな人でも話せるような友達が多そうな人だと思っていた。だから、そんな人が友達作りに寿命を削るというのは意外すぎて、かなり面くらってしまった。

春樹「あ~。ちょっと昔の知り合いにそんなふうに表現した子がいてね」

 古橋くんは懐かしそうに少し笑って話した。

春樹「独特な感性の子だったんだ。よく分からないことの方が多かったけどユニークだったからちょっと真似してみたんだ」

咲月「へーそうなんだ」

 古橋くんにもそういう感性があったんだ。意外というかキャラに似合っていないというか。どちらかといえば私がしてそうな感性だけど……。

 まだ日が浅いからクラスメイトの意外な一面を知っていく日々。意外な一面が垣間見える中で、今日の古橋くんが一番驚いたと思う。


 放課後。結局一日を通して更生や友達のなり方、接点について考えてみたけど私の頭脳ではたとえ一年あっても思い浮かばず。古橋くんも何も思い浮かばない様子で、理事長からの命令を何も実行できないまま一日が終わろうとしていた。

彩夏「なんだか今日一日中心ここにあらずって感じだったね」

 二人でお昼を食べた時も何か考え事してる?のと指摘されてしまった。深い問題なんだけど深刻ではなくて、個人的にはそこまで重要視していなかったんだけど、けどどこかで顔に出ていたんだろうか。

咲月「ちょっとね……」

 守秘義務があるわけじゃないし、内密にしろとも言われていない。古橋くんと話し合ってみんなには秘密にしていこうとも決めてないけど、話さない方がいいんじゃないかと思ってちょっとと濁した。

彩夏「ふーん。まあ、何かあったら頼ってよね。私に何かできる力があるわけじゃないけど、はけ口ぐらいにはなると思うからさ」

咲月「……ありがとうね。坂月さんって優しいんだね」

彩夏「──さぁ、早く帰ろ。ちゃっちゃと準備してよね」

 照れた坂月さんが可愛い。

 焦ったって仕方がないことだし、それにまだ一日目だし。ゆっくりと時間を浪費するわけじゃないけど、こういうことはちゃんとしっかりと答えを見つけていって考えていきたい。ネットで調べたりとか図書室で本を探したりとか。もっと古橋くんと話し合って考えていこう。そう思って身支度を済ませ教室を出ていこうとする。

隼人「っぶねぇー。セーフ」

 と、息を切らしながら教室へやってきた中森くん。

隼人「二人ともこの後時間ある?」

咲月「?」

 坂月さんと顔を見合わせて確認する。

彩夏「あるにはあるけど……」

咲月「何かあるの?」

隼人「フッふーん」

 ニヤッと笑った中森くん。そして……。

隼人「それは来てからのお楽しみってことで」

 まるで小さな子供が秘密にしてる場所に連れてくかの如く無邪気な笑顔を見せた。


咲月「あれ、古橋くんも来てたんだ」

春樹「うん。やっぱり二人も呼ばれたんだ」

 四人でお昼を食べるときに使っている空き教室。そこに連れてこられると古橋くんが席に着いてい待っていた。

彩夏「まあ、私達が呼ばれたんだから古橋くんも呼ばれてるのは想像できたけど……」

咲月「古橋くんは何で呼ばれてか知ってる?」

春樹「さあ?俺も今しがた隼人に拉致られたんだよね」

 私達を集めた当の本人は……あれ?どこ行っちゃったんだろう。いつの間にか行方不明に。謎に招集された私達はとりあえず席に座って雑談でもしながら中森くんを待つことにした。

彩夏「そういえば、昨日学級委員って先生に呼ばれてたよね?どんな用事だったの?」

咲月「えーっと、それはー……」

 話していいものか悩む。坂月さん達クラスメイト全員の更生をしろって言われたんだよねとか、素直に話していいものやら。私だって今でもちょっと信じがたい出来事だったし、それに更生させるってなんだか嫌な表現だったから。私達に必要なことだったとしても、理事長から命令されたことだったとしても、それは容易に触れていいものではないし。

春樹「……ちょっと理事長に呼ばれてね」

咲月「!?」

彩夏「え!?理事長に!?なんで!?」

春樹「……俺含めてここには色んな人が来るでしょう?だから学級委員どうしていくべきか。説教されてたみたいな?」

彩夏「まあ、確かに学級委員なら、そんな話しされても不思議じゃないか」

 内心かなり焦っていた私をよそに平然と嘘を付いた古橋くん。決して気軽に話せるような内容でないから誤魔化してくれたことは有り難いけど、あまりにも堂々と嘘を付いていたものだから手慣れてるのかなとそっちの方にビックリしてしまった。

彩夏「それにしてもあの理事長からね。合理性の塊みたいな人でちょっと苦手かも」

咲月「オーラ半端ないよね。漫画の世界なら敵でも味方でも畏怖の象徴として君臨してそう」

春樹「……ふふ」

 ぼそっと笑った古橋くん。そんなに面白い例えだったかなと、なぜだかちょっと嬉しくなってしまう。

 十分ぐらいだろうか。三人で最近の心境なり、適当な話をしていて……そしてふと気がついた。

咲月「あれ……そういえば私達、中森くんに呼ばれてたんだよね?」

 ガラガラガラ。

 教室前方の扉が開き、待ってましたと言わんばかりに中森くんが教卓へ向かう。

隼人「えー」春樹「そういえばさ」

 被せる。

隼人「えー」彩夏「なになに?」

 被せる。

隼人「……」咲月「……」

 ルンルン気分で話したそうにしていた中森くんが教卓にて項垂れる。

彩夏「ごめんごめん」

春樹「謝らなくていいよ坂月さん。どうせろくでもないことだからさ」

隼人「酷くないか!?」

 いじられキャラの中森くん。仲良くなってから日は浅いが、そういうキャラとして定着している。元の人柄?みたいなのが関係してくるとは思うんだけど……いじられキャラってどうして生まれるんだろう。どれくらい日を跨いだらいじられキャラとして確立するんだろう。いじられキャラって性格?雰囲気?こうして考えてみると不思議な生態だなと思ってしまった。

隼人「ごほん」

 と、咳払いして空気を変え……。

隼人「えー皆さんが僕のことを思い出すのに十一分と二十八秒掛かりました」

 私でも感じてしまう、これやってみたかったんだろうって定番を披露する。

春樹「で?」

隼人「圧!?」

彩夏「私もこれ謎だと思ってたんだよね。なんで全国共通になるまで発展してるんだろう。元は芸能人のネタなのかな?」

春樹「無駄に時間を数えて、無駄に時間浪費してるよね。何のアピールって感じだよね?」

隼人「君達そんなにやさぐれた人じゃないでしょう」

 と、脱線しつつも中森くんが話を戻す。

隼人「……んで、今日みんなに集まってもらったのはこうしてイジられるためじゃなくて」

咲月「ちがうの!?」

隼人「ちがうよ!?」

 悪ノリと分かりつつもやってみてしまう。ちょっといじりすぎただろうか。これ以上いじってはかわいそ……話が進みそうにないので打ち止めにしておこう。

隼人「もういいです。伏線の無いただの日常パートは要らねーから早く本編に行きます。要点だけ話しますと部活作ったからよろです」

咲月&彩夏&春樹「……」

 言葉の意味は理解出来るが、経緯が分からない。故に私達は理解するための材料を集める。

咲月「部活って?」

隼人「部活は部活。と言ってもチームって表現の方が正しいかな。イメージ的にはあれかな。表面上は囲碁部だけど中身は部活入らなきゃいけなかった人の避難場所的な?」

彩夏「……全くもってイメージ出来ない」

春樹「……嫌がらせ?」

隼人「ち、が、い、ま、すー。さっきから失礼だな春樹わ。ま。そんなところも信頼の証しだと受け取っておこう」

 嬉しそうに受け取れることなのか?

隼人「まあ、簡単に言うとまだ中身に決まってない表面上は部活ってこと。とりあえず、申請用紙出して受諾してもらえたからその報告ってことで集まってもらった」

 中森くんの世界の中では完結しているようだが、私達の世界では何一つ完結しきれていない。

 部活⁉それもいきなり⁉なんで⁉どうして⁉

春樹「なぜに?」

隼人「なぜって……ボケちまったか?昨日、春樹が言ってただろう?みんなでお昼ぐらいは食べようって」

 あ゛ー、と苦い声を上げて古橋くんは思い出したようだ。

春樹「それが?」

隼人「悪くない案だな~って思った次第で、それをどう都合よく再現出来るかって考えたわけよ」

 中森くんは部活設立の経緯を話す。

隼人「最高目標はみんなで仲良くすること。でも、みんなが仲良し友達っていうのは難しいかもしれない。合う合わないがあるかもしれないし、仲の良さっていうのは結局のところ自分にとって都合の良い人間だけを集めた集合体にすぎないのかもしれないしな」

 趣味。価値観。嗜好。言われて仲の良い友達って何かしらの共通点があって、それがある意味心地よくて、自分にとって都合の良い存在なのかもいしれない。

隼人

 「しかし‼どんな人たちでも一つの目的に向かう仲間であれば、必ず深い絆が育まれる‼」

 「絆が無いなら作ればいい‼目的が無いなら造ればいい‼」

 「チーム名はリトォルバスターズ。さあ、やきゅ……」

彩夏「鍵で殺されるわよ?」

隼人「……と、まあ、こんな感じ?で、チーム名やら目的やらは未確定だけど、部活っていう一つのチームで仲良くなっていこうってのが俺の作戦です」

 ……。

 なんとなくの経緯は理解出来た。けれど、なんだろうか。まさか昨日の発言を真摯に捉えて、行動に移してしまうとは。その熱量に若干わっおって感じてしまうが、きっとそれが彼の良いところなんだろう。行動力と実行力……あれ。そんなの兼ね備えてたら引きこもりになるのか?

春樹「なるほど……な?」

彩夏「……本当に実行するんだ」

隼人「まあな。一度決めたことはやりきる。それにこれは俺が変わっていくのにも必要な事だ」

 隠すことなく、引け目に感じさせることもなくきっぱりと言い切った中森くん。

 そう言われてしまうと、そんな意気込みを見せられてしまうと、誰も断ることなんてできやしなかった。

彩夏「まあ、みんなと仲良くなるって事自体嫌ってわけじゃないしね」

咲月「そうだね。体って言っちゃうのはあれだけど、部活っていうきっかけがあるのはいいね」

隼人「だろ。とりあえずこれが申請用紙で」

 部活代表者やメンバーが記載された紙を見せられる。

咲月「⁉」

隼人「諸々未定だから仮って感じだけど、チームコンセプトだけは決めててな」

咲月「……」

隼人

 「雑草魂見せつけろ」

 「どう?結構良いコンセプトでしょう?」

彩夏「……なにそれ」

隼人「はっ⁉雑草魂を知らないだと⁉」

春樹「古いし、仕方ないよ。今の子は妖怪ウォッチャーのジバンニャンも知らないみたいだし」

彩夏「さすがにそれは知ってるけど……」

隼人「もはや同義だ。あーあ。世間を轟かせた言葉も時間の流れには勝てないのか」

咲月「いやいやいや」

 さすがにこらえきれず声を上げる。

彩夏「どうしたの、宮本さん?」

咲月「満面の笑みで訊ねられても納得しないよ⁉」

隼人「世の中、諦めることもまた素晴らしさ。諦めたら試合終了が世の中の本質でも諦める決断を下せることもまた世の中の本質さ」

咲月「……意味わからないですけど⁉」

 声を荒げてしまう。なぜ、私がこうも声を荒げてしまっているのかというと、その原因は私の多分十寸先ぐらいにあって、その原因となっている書類の部長欄には宮本咲月という私の名前が記載されているのだ。

咲月「なんで私が部長なの⁉普通こういうのは言い出しっぺがやるもんじゃないの⁉」

隼人「いや~さすがの俺も部長やる気満々で提出したんだけどさ……俺は代表者ってことで兼任は不可って言われた」

咲月「嬉しそうに語られても⁉ってか代表者ってなに⁉」

隼人「俺も部創設なんて初めてだから分からないけど、意外とそういうのってあるんじゃない?ほら、普通なら顧問の先生が入るところだけどここ生徒との干渉は最低限度だしさ」

彩夏「まあいいじゃない。異論はありません」

春樹「俺も」

咲月「絶対二人とも面倒な役にならなかったから煽っているよね⁉」

 と、わーわー抗議してみたが中森くんの「仮だけど本提出で受け取ってもらったから」という言葉に現実を受けいるほかなかった。

咲月「うーなんで私が……」

彩夏「そんな泣きそうな顔しないで。部長って言ってもイメージするような部長部長しいことはしないでしょう」

咲月「……私の醜態見てたよね?」

 思い返したくはないが昨日学級委員として恥をさらしたばっかりだ。皆の前に出て何かをやる。それは私にとって過去の栄光をも同然。そもそもプレゼンみたいな決まった文言カンペありじゃないと発表なんて出来ないし、そもそもそんな学級委員になるような大層な器の人間じゃないし。

 そんな私がよく分からない部活の部長⁉部長部長しいことはやらない……と願うけど部活として認められている以上、代表者として学校との何らかのやり取りはするでしょう⁉

 うっー。考えただけで、昨日の羞恥心が……。

春樹「そんなに酷かった?」

隼人「んや。緊張してるな~ぐらいで別に?」

彩夏「私も同じ立場だったらああなっていると思うからそこまで気にしてなかった」

咲月「……なんで私なのさ」

 慰められるのはやっぱり心の優しさのエキスを蔓延させてくれる。けど、やっぱり恥をかいた、醜態をさらしてしまった、あいつ変だなっていう負の感情しか心を支配してくる。

隼人「ぶっちゃけ春樹でも坂月さんでも良かったんだけどさ“学級委員長”っていう肩書が背中を押してくれたね」

咲月「……」

 中森くんの言葉を反芻する。

 がっきゅういんちょう……学級委員、長……学級委員長⁉

咲月「……え⁉私って学級委員長だったの⁉」

隼人「そこから⁉」

彩夏「ん?自分で学級委員長って言ってなかったっけ?」

咲月「言ってたの⁉」

 記憶を掘り起こし昨日の私を思い出す。

 ……。

 ダメだ。テンパっていたのと緊張に押しつぶされていたので何も記憶が無い。

春樹「届いたメールに書いてない?ほら、こんな感じに書いてあったよ」

 古橋くんが見せてくれたメールには【学級委員 副委員長】の文字が記載されている。

 ……。

 急いで支給されたタブレット端末を開き、メールを確認。

【学級委員 学級委員長】

 ……書いてあった。そこにはまごうことなきトップを示す長の文字が記載されている。

咲月「……」

彩夏「へー。学級委員ってそんな感じになんだ」

隼人「やっぱり二人いるからじゃね。人数少なくて二人以上いるの学級委員みたいだけだし」

 それも初耳の情報だけ昨日の私何してくれちゃってるんだ。昨日ちゃんと確認していたらこんな状態にはならなかったじゃないか。結局恥なのか。某ポケモン実況者の恥枠なのか。

隼人「と、まあ。委員長ってことで部長も任せた」

咲月「不信任決議は⁉」

彩夏「長が申し出ちゃダメでしょう」

隼人「否決」

彩夏「配下が否決って……ある意味上手くいってそうな組織ね」

 絶対めんどくさいことになる。絶対に恥を上塗りすることになる。負の妄想が止まらない。ただでさえ学級委員っていう皆をまとめ上げるような役職に一度もなったことないのに、奮起して自分を変えに来た途端、長と長。ぐりとぐらみたいなほっこりとした関係性ならよかったのだが、そうではないことは容易に想像できてしまう。

 テンテンテーン、テーンテテーン、テテテーン、テーテテーン……(アメイジンググレイス)

 夕方五時を告げる役場?からの音楽。宗教色が強くてこの曲を選曲している訳ではないと信じたいが、この時間帯にこのようなちょっと悲しげな曲調の音楽を流されると感傷的な気持ちに陥りそうになってしまいそうになる。寮には特に門限があるわけではないが、食堂の営業時間上ここらで帰るのが頃合い。

 一分間の音楽も鳴り終わり、その間に帰寮の準備を整え帰路へ向かった私達。結局私が部長であるってことを覆せないままここまで来てしまった。

咲月「……世界が美しい」

 歩みを止めて感じる。春っていうのは彩りの季節だと思う。主に野花や桜を見て思うのだが、その彩りは世界の移り変わりでも衰えることはない。昼間にはどこか暖かさを感じさせ、夜には幻想的な美しさを感じさせる。なら、夕刻ならどうだろうか。昼間の暖かさは……感じる。夜の美しさも……感じる。……朝の寂しさに似ているだろうか。侵食を許した暗闇に飲まれつつある夕景色と共に彩りが失われてしまいそうな……世界の終わりを感じる。

隼人「……もしかしてかなりの負荷だった?やっぱり変える?」

咲月「……ん〜いや。あーだこーだー言っちゃってるけどこれは必要なことだと思っから。頑張る」

 私はここに時間を移しに来たわけじゃない。引きこもしっていた部屋から学校へと現実逃避場所を移しに来たんけじゃない。

 自分自身を変えにきたんだ。

 長と長。片方の長は仕方のないことだとしてもこれも何かの運命。長になることで私の腐りきった性根を叩き直せるならバッチコイよ。

 あ~。なんだかそう考えるとやる気が漲ってきた。

春樹「僕らもサポートするから、遠慮なく頼ってよ」

彩夏「そうね。ま、そんなに難しいことはないでしょう。誰かさんが変な部活にしなければ」

隼人「アオハル彩る部活にしてあげるから期待してな」

 これでマジで野球することになったら……逃げよう。……うん。ゴールしちゃおう。どこの会社もパクった形跡はないし、こんな何処の馬の骨かもしらない作品がパクってたらいつの間にか消えちゃうしね。

 それにしても部長か。なんだかんだ言っちゃったけどちょっと……いやそれどころか過去一ぐらいの甘美な響きだ。決して憧れていたわけじゃないが、皆の前に出て皆をまとめ上げる。やってみたかったのは事実だ。先生と部長だけの特別なミーティング。皆の評判を無視して従える存在感。なにより……長って響きが素晴らしい。皆を付き従え、長ってだけで自己肯定感も周りからの特別感が増す。

咲月「お~なんだかやる気出てきた」

彩夏「そんなに?」

春樹「ふふ。ここでか」

隼人「ならよかったわ」

 そういって私に近づいてきた中森くん。ハイテンションの如く浮かれていたから次の言葉に私は異常なまでの衝撃を覚えてしまった。それはまるでサスペンス漫画、俺が犯人だと告げられる衝撃感。耳打ちで、私にしか聴こえない声量で。

隼人「これで更生もうまくいきそうだね」

咲月「……え」

 聴こえちゃったメンゴと誤った中森くん。私があっけにとられているにもかかわらず、走り出して何事もなかったように古橋くんに抱き着く。

 今思えば特段驚くようなことではなかったのだと思う。遅かれ早かれ、誰が自分がに関係なく、抱えてしまった闇を払わなければ私達のような人間は変わることが出来ない。特段、更生の件を厳守しろとも言われていないが……。

 いずれ自分が更生される番が回ってきた時、彼とどんな気持ちで向き合えばいいのか。知っているのと知らないとのとでは私達に対する見方も変わってしまうだろう。

 笑顔の彼に私は応えられるだろうか。彼を変えるだけの何かに……。

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