任命

 さて休日が終わり、週明けの月曜日から本格的に授業が始まっていった。引きこもっていたこともあり授業内容についていけるか心配だったけど、最初の一ヶ月は基礎的な授業を全員で行うらしく問題なくついていけている。

咲月「おわった~」

彩夏「この開放感も懐かしいわね」

 授業終わりの憩いの会話。

 懐かしい。

隼人「……何か自分が天才になったみたいだ」

春樹「一応は知識があるからだろ。最初だから基礎的なことと学んであることしかやらないだろうし」

 それと、古橋くんと中森くんともなんだかんだ一緒にいる時間が増えた。最初は久しぶりに人と話すこともあり敬語だったり畏まった言葉遣いだったけど、段々と普通に話せるようになってきた?戻ってきた?

咲月「あ、坂月さん、お昼一緒に食べない?」

彩夏「うんいいよ」

隼人「あ、宮本さん俺達も一緒にいい?」

咲月「オッケー?」

彩夏「オッケー」

隼人「あ、春樹も連れてくるから」

咲月「了解。先に行ってるね」

 ……。

 うん。年齢通りに学校へ通っていた頃と比べてしまうと、いや、もはやこれは漫画の世界でしか見ないような光景だと思う。

 引きこもっていた社交性が失われたから?それとも異性との接点が皆無だったから?

 お昼を男女一緒に食べる。

 異性の認識はあれど、異性と何かを共にする恥ずかしさみたいなのは全くといっていいほど感じない。こうしてお昼を一緒に食べようと誘われることも一緒に食べる時間も、普通の友達を過ごしている感覚であると脳が認識している。

彩夏「そういえば、今日で一週間になるけど、どぉ?」

咲月「どう?って」

彩夏「心境の変化しかり、寮生活に慣れた?」

咲月「ん~心境の変化はほぼないけど、寮生活は慣れてきたと思う。けどまだ自分の部屋みたいな絶対安心領域感はないけど。坂月さんは?」

彩夏「私も同じかな。ちょっとまだ変な感じがする」

 家に帰るとも修学旅行などのホテルに戻る感覚とも違う何か。ここが自分の安全な領域だと認識したいのだけれども、何かが違うと魂から主張してくる。まあ、私の場合は長年自分の部屋に引きこもっていたせいなのだろうけど。

 こうして?時間経過の慣れもあって坂月さんとは普通に、フラットに近い感じで会話出来るようになってきたと思う。時たま変に畏まった言葉遣いになっちゃうのはあれだけど。でも、昔仲が良かった友達と同じぐらいの距離感にはなっているんじゃないかと思う。

彩夏「それにしてもこの学校って、やっぱりちょっと変だよね」

咲月「あ~それ、私も思ってた。何かの調査実験?の一種なのかな。これこれにはこのような意味合いがありますよとか、最初に説明されるから余計に変なふうに感じちゃうのかな」

 入学前の事前説明、登校初日にも先生から言われた調査実験。一週間ぽっちで何が分かるのかって話だけど、それでも一週間だけでも異様に感じる配慮?は沢山あった。

 この、私達が手に持っているハンバーグのお弁当もその一種。この学校ではお昼はお弁当の配給制となっており、このお弁当配給制について学校から貧困による食費負担率の軽減を意味していると言われた。貧困の影響で、学校の給食が命綱となっている家庭が増えている。また、給食ではなくお弁当を持参しなくてはならない。学校では満足にお昼を食べられない子供だっているだろう。そういった問題を解決するための一選択肢として私達で実験しているのが、全生徒へのお弁当配給制らしい。

 一定の量が確保され、また少し余分に作られている(私達の場合は余分に作られることはない)というのがこの制度の良さらしい。給食費無償化だけでは不十分なのではないのか。給食制度にするのではなくお弁当配給制にすれば食品ロスを減らせるのではないか。家庭でお弁当を作る時間が無くなり精神的負荷をなくせるのではないか。余分に作ったことで持ち帰る選択肢が可能となり、食費負担を少しでも減らせるのではないか。等々、この制度の意図を説明されたのだが、正直ここまで説明されてしまうと納得するんだけどそれを通り越して少し変に思ってしまう気持ちがあってしまう。

咲月「でもあれだよね。なんだか心に優しい世界って感じで、私は好きだな」

彩夏「……ふふ。なにその表現。素敵な表現だね」

 からかわれているのか褒められているのか。どっちにしろ自分の発言がポエミーのような感じだったと思えて恥ずかしかった。


 お昼の食べどころは基本的にお弁当なのだから自由だ。教室で食べようとも、あまり思い出したくないのだが……トイレで食べようともそれは人の自由。私達は教室からちょっと離れた空き教室で食べるのが定番の位置になりつつあった。

 空き教室といっても物置のような扱いをされているわけではなくて、私達が普段使用している教室と同じように机が等間隔に並んでおり、きっと人数が多かった時の為の教室なのではないかと勝手に推測して納得した。ここなら机や椅子を自由に使うことが出来るし、教室から少し離れてるから騒いだって誰から迷惑にはなりにくいはず。それに私達以外グループで食べているクラスメイトはおらず、教室に残って食べてる人も少なかったからちょっと気まずさや目立ってしまう恥ずかしさみたいのがあったのだ。

 基本的になのか、そういうものなのかは一切合切研究されない分野なので解らないが、体感一週間もすれば所謂“いつメン”グループというのが出来上がるはずだ。一軍系。部活系。運動部系。陽キャ系。オタク系。静か系。人数の少なさというのもあるし、引きこもっていて他人と関わっていなかったというのもあるだろうが、私達以外友達どうしで行動している者がいない。

 私達が変なのか。それとも時代を鑑みれば一人というのが正しいのか。【誰と仲良くしても、本質的には一人です】と私の大好きなキャラクターがラジオで言ってたしね。あの言葉には感銘を受けたし、それも正しさであると認めているけど……。

隼人「これ地味に温かいの嬉しいよな」

彩夏「それ、私も思ってた」

咲月「だよね。あたたかいって気持ちが芽生えるだけで幸せになれるよね」

 でも、あの言葉の続きのように、誰かとの繋がりがあるってことは、それはとてもいいことなんだと。私は他人と断絶していたからこそ改めて思うのだった。

隼人「あ、そういやさ、一週間経ったけど、みんなはここ以外で誰かと話したか?」

 ひとり思いを馳せていると中森くんから、ある種痛いところを突かれたような質問が飛んできた。

彩夏「私は特に」

春樹「俺も。このメンバー以外と話してない」

隼人「宮本さんは?」

咲月「えーっと……」

 なんでこの二人は堂々と回答出来るのだろうか。普通は頑張ってみたもののダメでしたみたいな感じで濁すものじゃないの?いや、そんなくだらないことで見栄を張る必要なんてないんだけどさ……なんだかこの人たち以外は友達が出来ませんでしたって宣言しているようで、私にはそんな勇気はなかった。

咲月「一応?話しかけてみようかな~って思ったんだけど、ダメでした」

 嘘ではないけど嘘に近い。話しかけようとする気はあったのんだけどね……本当にあったんだけどね。

隼人「俺も似たような感じ。話しかけても反応良くないし、みんな一人でいるからグイグイいきにくいんだよなぁ」

 無理もないだろう。なにせ私もこうしてこっち側に来ていなければ、一人で過ごしていたと思う。特段、コミュ障ではないけど、こうした出来上がっているグループの人から話しかけられるのって仲間になれる気がしないし、話しかけてくれるのは私にとっては嬉しいことだけれど、そんなたいして仲良くない人と会話が続くといわれたら……絶対に無理だね。

彩夏「別に、わざわざグイグイ行かなくてもいいんじゃないの?人付き合いなんて人それぞれだし」

隼人「んー。それはそうなんだけど、どうせならクラスのみんなと仲良くしたくない?出会いは一期一会、何億分かの確率の出会いっていうしさ」

春樹「……まあ気持ちは、分からなくもないな。人数が多かったらあれだけど少ないし」

 普通の学校を想定するなら一クラス三十五人前後。その規模で全員が仲の良いクラスというのはかなりの運が必要になると思う。人柄の良さとかいい感じに盛り上げてくれたりまとめあげる人がいなければ成立しないクラス。ありえなくはないけど最初から出来上がるものでもなければ必ず出来上がるものではない。だからこそ私達は“グループ”を作って行動を共にしているんだ。クラス単位でそのような世界を作り上げるのではなく、少数単位で満足できる世界を形成している。

隼人「だろ?田舎の学校出身っていう訳じゃないし、仲良しを押し付けたい訳じゃないけどさ……」

 結束。人数が多くないからこそできるかもしれない繋がり。不思議だよね。どれだけ人数が多かろうと規模間の多いグループが出来上がることはない。小さいグループが沢山あって、逆に人数が少ないと全員でっていう一つのグループになろうって認識が生まれる。

 別に中森くんの意見が嫌ってわけじゃない。むしろ私達にこそ繋がりは必要だと思う。自分と向き合うために。他人と向き合うために。そして己を変えるために。だからこそ私は便乗した。

咲月「まあ、全員で仲良くは最終目標だとして、全員と仲良くなってみたいよね」

春樹「……みんなとお弁当食べるぐらいにはっていう感覚?」

彩夏「二人とも表現の仕方が独特ね。何気に分かってしまうけど……」

隼人「……みんなとお昼を食べる……」

 ボソッと、そして何かを考え始めた中森くん。

隼人「……なるほど……なるほど……それぐらいの体があった方がいいよな」

春樹「なに一人でぶつぶつ言ってんだ?」

隼人「みんなと仲良くなれるかもしれない方法、思い付いた」

 閃いたように宣言すると急いでお弁当を掻き込んで出て行ってしまった中森くん。

 何を思いついたんだろうな、と古橋くんのボヤキが冷めきってしまったような、よくわからなくて無言になってしまう空気感を表していた。


村上「今日のホームルームは委員会を決めたいと思います」

 週に一度の授業として設けられているホームルームの時間。そういえばそんなのあったけなと思い出す。小学生の頃は係活動や委員会活動の意識の強さみたいなのがあったけど、歳を重ね引きこもっていたからか、この歳にもなってやるんだなと少し子供っぽいように捉えてしまっている。

村上「といいましても、委員会はすでにこちらで決めてあります。手持ちのタブレット端末にメールで送ってありますので各自確認してください」

 タブレット端末を操作して確認。

 【学級委員 学級委員長】

咲月(へぇ~。そういえば私が通ってた学校では学級代表って呼び方だったな。小学生の頃は係と委員会が分かれていたけど、中学に上がると係活動が委員会活動として扱われていて、係って響きが妙に子供っぽく感じちゃったっけ)

 ……。

 スクロールして学級委員長の詳細を雑に眺める。

 ……。

 読み終えてしまったので、また一番上に戻して、スクロール。

 ……。

 ページの更新を挟んで、スクロール。

 ……。

 決して現実逃避していたわけはない。委員会のトップに立っている役職といえば響き的にもイメージ的にも【学級委員】だと思う。だから、この委員会の説明として一番最初に出てくる項目としても自然だと思っていたし、まさか私が学級委員に選ばれるとは思ってもいなかったからわりと素だった。

 デバックして、【委員会】のメールを開く。

 ……。

【学級委員 学級委員長】

 ……。

 詳細が記され、学級委員以外の項目は見当たらない。

咲月(バグ?送信ミス?何かの手違い?)

 焦る気持ちが込み上げてくる。段々と現実を受け入れることが出来てきてしまった。更新。更新。メールアプリ自体の更新。何度、情報を最新のに読み込もうとも変化は見受けられず……。

村上「皆さん確認しましたでしょうか。本日から目安として半年間はその委員会でやっていきます。委員会と聞くと何か大きな仕事を任せられる、定期的な活動があるとイメージしてしまうかもしれませんが、活動内容も仕事内容も皆さんの負担になりえるものにはしておりません。細かな仕事がいくつかある。その程度の認識で結構です」

 ドク。ドク。ドク。ドク。

 先生の話をそっちのけに記載されている内容をちゃんと確認。その内容を目に通し、緊張と不安が爆発的に込み上げてくる。

村上「多くの方はいずれ会社という組織に属します。その際、決められた役割や役職、配属先もですね。何かしらの分類にかけられます。この委員会もその予行演習だと思ってください。思い描いていた役職等がイメージと違った、思った通りの配属先にならなかった。多々あります。きっとイメージ通りの委員会やそんなことまでやるんだという委員会もあると思います。負のイメージが強かったとしてもどうか嘆かないでください。社会の理不尽は守ってくれる人はいません」

 先生は爽やかにニコッと断言する。

村上「委員会活動でそこまでの理不尽を押し付けはしませんが、もし、自分に任された委員会に不満を感じるなら遠慮なくいってください。自分の身を守るために戦うこと。これも立派な選択肢です。活動していないので実際どのような気持ちを抱くのかイメージしずらいと思います。この後の時間は実際にどのような委員会がありどのような活動をするのか。また、社会に出た時の戦う術などすり合わせていきたいと思います」

 ドク。ドク。ドク。ドク。

 緊張で心臓がバックバックと唸り続けている。先生の話が締めに入ったことを悟り、これから言われるであろう、起こるであろう事柄に精神から身体を支配されていく。

 緊張。不安。恐怖。恥ずかしさ。

村上「それでは後のことは学級委員である宮本さんと古橋さんにお任せします」

 先生が教卓から退き、私達の出番であると告げる。

 過去一の緊張感。過去一の恐怖体験。いつもはそういった人たちを眺める側だったけれども実際にこうやって人前に立って話すのってかなりの気力……どころか才能が必要であるように感じる。

咲月「えーっと……」

 こういうときって何て言って始めればいいの?とりあえずも一回自己紹介でもすればいいの?あーあ怖い。前に立つことも、みんなの表情も。一挙手一投足を見逃さないような話を聞く態勢が私にプレッシャーを与えてくる。

咲月「が、学級委員長の、宮本咲月です。よろしくお願いします」

春樹「……学級委員の古橋春樹です」

咲月「そ、それでは、先ほど、先生から、言われた、事について……」

 人前での発表。得意かと問われたらノーで苦手かと問われたらイエスじゃなかったはず。

咲月「えーっと、それで、ですね。が、学級委員は……」

 片言の言葉。緊張で言葉が震え、泣いていると思われても不思議ではない。変な汗が止まらない。タブレット端末に映し出された説明文を読み上げるだけで精一杯。みんなの視線が、反応が怖くて顔を上げられない。

 次に私の意識が戻ったのはすべてが終わってからのことだった。謎の落ち着きが発生し、自分を客観視出来る謎の余裕。自己肯定の、自己保護のような言い訳。仕方がない。引きこもっていたから。初めてだったから。自分を慰める言葉が痛々しくて、情けなくて、乾いた汗が寒い。

 人間は衰える。スポーツ選手が歳に抗えないと同様に。私は学校に通っていた時に出来たことが出来なくなっていた。


 慰めの言葉は、今の私にとって二つの想いを与えた

 一つは励まし。『大丈夫。気にならなかった。初めてはあんなもん』心境を解ってくれるのは安心する。たとえチープな言葉だったとしても汚点を少しぐらいは正当化出来るような麻薬効果がある。あと、単純にそういう言葉が崩れ落ちそうな気持ちを支えてくれる。

 それに反して二つ目は惨めさ。自分の出来なさに苛立ちを感じる。言葉は嬉しいけど、いつもの自分だったのに結果がそぐわない、本調子ではないと決めつけられ自己否定されているような。本来の私が否定された気持ちなのだろうか。(そんな気持ちは漫画でしか知らないけど)

 でも、出来たことが出来なくなっていた、というのは自分で自分を否定したくなる。自己嫌悪の渦から抜け出せなくなる。もっと上手く出来たのではないかと謎の向上心の悔しさに苛まれる。

咲月(そんな気持ち抱えたって、失敗した事実は無くならないんだけどね)

 悪用する気はないが、こういうことの為に記憶を消す装置があればと切実に思う。

 そんなことを考えながら歩いているといつの間にか理事長室へたどり着いていたようだ。

 何故私達が理事長室という摩訶不思議何気に一度も入ってなくね?部屋ランキング第一位の場所へ来ているのかというと、帰りのホームルームが終わって先生から、放課後、学級委員は理事長室へ行くようにと言われたからだ。

 正直何で理事長室へ?っていう気持ちがあったけど「仕事ですから」と言われてしまったので納得せざるおえなかった。

咲月「ノックって三回でよかったんだよね?」

春樹「そうだよ」

 念の為確認。仕事だと判明していること。そして隣に誰か居てくれているという安心感から比較的緊張せずにノックすることが出来た。

 コンコンコン。

理事長「入れ」

 入室の許可を頂き、失礼しますときちんと挨拶してから私達は入室した。

理事長「宮本咲月に古橋春樹だな」

咲月「はっ、はい」

 支配されていると思った。声色、雰囲気、オーラ。私が劣等種族で理事長が上位種族だと。

 知る機会はないだろうが、きっと軍の怖い上官とは理事長を指し示すのではないかと思った。

 きっちりと整えられた髪に埃すら一切付いていないようなスーツ。威圧。眼力。緩んだ空気を引き締めるには十分な存在感。

 逆らうつもりなど毛頭ないのだが、この人は逆らってはいけないと本能から理解した。

理事長「よろしい。早速だが本題に入る」

 元から机の上に置いてあった二つの資料。スッと前に差し出され受け取れの合図だと悟る。

理事長「お前たちにはこの資料を基に、クラスメイト全員の更生を務めてもらう」

咲月「……こうせい……」

理事長

 「左様。向かって右側には男性の、左側には女性の顔写真と、引きこもる原因となった事柄が記載してある」

 「やり方、順序、時期、時間、全て問わない。お前たちの正しさで卒業までクラスメイト全員の更生を完遂しろ」

 「……何か質問はあるかね」

咲月「……」

 唐突すぎる展開に理解が追い付いていない。いや、唐突すぎる展開なのか?一応、仕事があるってことで?理事長室には呼ばれているんだし、理事長の話の内容的にもこれは学級委員の仕事ってことでいいんだよね?

 こうせい……構成……更生?簡潔に述べてくれた内容は理解できる。私たちに与えられた仕事内容も把握できている。でも……更生……っていう言葉が著しく脳の理解を妨げている。

咲月「えーっと、質問……よろしいでしょうか」

 理解が追い付いていないと理解するための情報を得ようとする。無意識のうちに最大限の言葉を選んで、メッチャメッチャ恐い理事長へ質問してしまった。

理事長「よろしい」

咲月「そのー、えーっと、更生って何でしょうか?」

 話の文脈的にこうせいという漢字は理解できている。だが、言葉の意味が分からない。素直に立ち直させる的な意味合いでいいのだろうか。

理事長「文字通りの意味合いで問題ない」

咲月「具体的に……どのように行っていけばいいでしょうか?」

理事長

 「先ほども言った通りやり方等については何も問わない。お前たちの好きにやれ」

 「……質問は以上か?」

 圧力で終わらせられるような口調。理解しきれていないがここで理事長に反抗する勇気など一切湧かない。

理事長「ないよりかはマシだと思い、お前たちに資料を渡した。期間については卒業までといったが……」

 わかるな?という圧。卒業までとは方便で、きっと明日から速やかに行っていかなければならないのだろう。

 このままでは話が終わってしまう。よく理解しきれないうちにクラスメイトを更生していかなければならないようになってしまう。だが、私の頭脳で自分が理解しきれるほどの質問内容をぶつけられるかといわれたら……無理。何か質問しなくてはならない。理解出来ていないのに終わってしまう。ただ焦った気持ちだけが先走ってしまった。

咲月「……さ、最後に一つだけ、よろしいでしょうか?」

理事長「構わない」

 頭をフル回転させて考える。何を訊けばいい。どんな質問をすればいい。何で私は質問の許可を願ってしまったんだろうか。何で私はこんなにも理解したがっているのだろうか。

 理不尽な現状?よく分からない展開?隣に居る古橋くんは理事長を見据えていて……きっと彼も何かがあってしまってここへ来て自分を変えたいと思ったんだろう。平均身長よりもきっと高くて、でもそれ以外は普通の男の子で……きっと私もそうだと思いたくて……何で私みたいに人にそんなことを頼んだろうか。

咲月「え、えーっと、何で私、たちなのでしょうか。こういうのはきっとカウンセラーみたいな専門家に任せる案件なのではないのでしょうか」

 一学生……それ以前に私は引きこもっていた人間だ。自分の過去すら向き合えていない人間に……何も持ち合わせていないただの一般人に、他人を変えるようなことが務まるようには思えない。

理事長「尤もな指摘だ。常識的に考え、お前達のような人間に任せるより専門的な知識と経験を積んだ、その手の者に任せたほうがいいだろう」

咲月「では、なぜ、私達なのでしょうか」

理事長「……お前達は専門的な人間……カウンセラーか何かに自分のことを相談したことはあるだろうか?」

咲月「……いいえ」

理事長「何故、相談しなかったんだ」

咲月「……」

 特別な理由がある訳じゃない。カウンセラーという存在を知らなかった訳でもない。では何故か。それはきっと……。

理事長「これはあくまで個人的な意見だ」

 私が沈黙してしまっていると理事長から口を開いた。

理事長

 「私はカウンセラーというものを信用していない。何故なら彼らに相談して原因が改善、解消するとは思えんからだ」

 「実績はある。しかし、お前達のような人間には意味をなさない。教科書に書いてある浅い知識とやった気になっている経験では、お前達のような人間を更生させることなど到底出来はしない」

 確実にどこかにあった深層心理。そして理事長は不敵な笑みを浮かべた。

理事長

 「 “理屈”ではない……お前達のような人間だからこそ、よーく解っているのではないのかね?」

 確信めいた言葉。その言葉は私のような人間の心を見透かしている。

咲月「……でも、でも私でいいんでしょうか。知識も無いのに、誰かを更生させるなんて……」

理事長

 「知識、経験など不要だ。お前達は理屈如きでは決して変われない。学生という不安定な時期を共にするクラスメイトという立場からこそ、理屈ではない部分を変えられると、私は思っている」

 「社会に出れば自分が出来る、出来ない、やりたい、やりたくないに関わらず仕事は回ってくる。出来ない、やりたくないは理由などにはならない。やるしかないのものだと覚えておけ」

 これが仕事。社会に出ればきっと個人の理解なんてあまり重要ではないのだろう。与えられた仕事をきちんと完遂する実力。必要な情報を読み取る力。完遂の為に足りないものを補う努力。極めつけは最後の一言だった。

理事長「これは“命令”だ」

咲月「……」

 “命令”その言葉が私に有無の思考させず、スイッチを入れた。

咲月「承知しました」

理事長「よろしい」

春樹「……」

理事長「期待しているぞ」

 終わったことを悟り、私と古橋くんは理事長室を後にするのだった。


 教室へ荷物を取りに戻る際中、さっき理事長から命令された仕事について古橋くんに訊ねてみた。

咲月「どう……しますか。自由にとは言われましたけど」

 かしこまった言葉遣い。坂月さん単体やみんなを通して話す分には普通に話せているが、まだ男の子と二人っきりだと接し方みたいなのが掴めないでいる。

春樹「……とりあえず、渡された資料を見てみようか」

 クリアファイルに入れて丁寧に保管した資料。

 理事長に言われた通り計二枚。男子と女子。証明写真のような顔写真と……引きこもったであろう原因が一文で記載されている。

咲月「……」

春樹「……まあ、情報が無いぐらいならいいのかな。事細やかに書かれてるわけじゃないし」

 私も含めたクラスメイトが引きこもってしまったであろう原因。【人間関係】【家族関係】【仕事関係】等など。これを見れば一発ですべてが分かってしまうような代物ではないのは救いかもしくは理事長の配慮かもしれない。

 入学するために資料で必要であった引きこもった原因を書く項目。具体的に書けとは指定されていない。けれど事前に国学のことをチラッと調べたときに信憑性は全くもって信用できないが、入学する者を国学が調査していると書いてあった。その時は、漫画の世界じゃあるまいし一人間を調査なんてするものかとあまり信用していなかったけど……。

咲月「……そうだね」

 怖いものだ。一体どこから調べ上げたというのだ。有名人じゃない限り一般人の過去を覚えているのはその時同じクラスであった者しかいないはずなのに。

春樹「……まあ、確信めいた何かが書かれてるわけじゃないと思うし、それに、国学側からすれば僕たちのような人間は珍しくないと思うはずだから。過去に似たような人がいたとか、案外憶測だけで適当に書いてるだけかもしれないんだし」

 知らないところで自分しか知り得ないような事が書かれていた恐怖心。古橋くんは私を気遣ってくれたようだ。

春樹「理事長もこれを使って心を抉って変えていけなんて言わないと思う。これはあくまで予備知識。少しぐらい判っていた方が対処しやすいってことじゃないかな」

咲月「そうだね。それに、私これ使ってなんて器用なこと出来ないもん。判ってても、私の頭はキレないから」

 おどけて見せたが私の項目を古橋くんも見てると思うから、彼は冗談交じりに笑って流してくれた。

 宮本咲月。性別女性。十九歳。2002年4月4日生まれ。引きこもった原因【人間関係】【友人関係】【家族関係】【仕事関係】【いじめ】【同性愛】【依存】【不明】。

 ……資料が無くても確信していたこと。

 みんな多くても原因が二つだけしかない中、私だけが……宮本咲月だけ……。

 このクラスの中で一番更生しなくてはならない人間は“宮本咲月”だ。

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