藤沢ナツメ②
翌朝。昨日と同じく朝食の時間から藤沢さんに話しかけてみた。これまでの経験を生かしてビュッフェでは調子に乗らないように盛る。けれど、これはこれで少し物足りないような気がしてしまうのはやっぱりビュッフェあるあるなのだろうか。
咲月「おはよう藤沢さん」
ナツメ「……え……」
食べている最中に話しかけてしまっただろうか。
お箸の先を口に付けたまま驚いていた。
咲月「ごめんね驚かせちゃって。今日も隣いいかな?」
想像以上に驚いていたので少し申し訳ない気持ちになる。
ナツメ「……えーっと……」
困惑中の藤沢さん。少し考えこんでから「ど、どうぞ」と了承してくれた。
咲月「えへ。やった。ありがとうね」
ナツメ「あ、いえ」
むしゃむしゃと朝ご飯を食べる。
昨日をそうだったけど藤沢さんは朝から結構食べる人なのかな。昨日と同じく私が調子乗った量より少し多い量を今日も食べていると思う。
咲月「むしゃむしゃむしゃ」
ナツメ「パクパク、パクパク」
ほぼ無言の時間。会話が一切なかったわけではないが適当みたいな会話しか出来なかった。よく寝れた?とか普段って何時に起きるの?とか、そんな会話しか私は促せない。
一応、昨日からの反省を踏まえて何も考えなかったわけではない。友達になるための会話。それを考えうるべく記憶を探ってみた。普通に学校へ通っていた時にどんな話をして友達になっていったのか。
探っては探って。分からないからネットを使って調べてみたけど、ネットに出てきたこともいまいち。いや、ある程度最初から察せていたけど……友達になるべくの会話を私はしてこなかった。
自然に友達になれていたんだと思う。
特に意識することなく、たまたま仲良くなれるような子が毎回居たんだと思う。親友って呼べる子は……誰一人としていなかったけど、それでも支障をきたさない程度の人間関係は人並みぐらいには出来ていた。
咲月「……」
ナツメ「……」
支障をきたさないような人間関係。それはある意味個を出さないこと。みんなが笑ったのなら私も笑い、みんなが共感しているのであれば私もそれなと共感する。
今にして思えば。自分自身から何か話を持ち掛けたことなんてなかったと思う。
付かず離れず。金魚の糞みたいにくっついていたわけじゃないけど、あの時はもうあれ以上惨めな気持ちにはなりたくなかったから。
私の友達関係は全部友達で決まってしまう。私自身から何かを進んでやるようなことはなかった。
咲月「……えーっと、よかったら今日も一緒に登校しないかな?あ、無理だったら遠慮なく言ってね」
ナツメ「……大丈夫です」
咲月「そっかありがと。じゃあ昨日と同じ時間で」
友達とはなんなのだろうか。
人はなぜ友達を作りたがるのだろうか。
私は未だによく判っていない。
藤沢さんと二日目の登校。
咲月「……」
ナツメ「……」
無言で歩く私達。
特に会話らしい会話はなく、気まずい空気が流れている。
もう二日目でこのありさま。
さすがに藤沢さんに申し訳ない気持ちがあるのだが……。
咲月「……」
ナツメ「……」
咲月「……今日はちょっと肌寒いね」
ナツメ「……そうで、しょうか?」
咲月「わお。それはもしやロシアの血が入っているからとか。ロシアって寒いイメージあるもんね」
ナツメ「……もしかしたら、そう、なのかもしれません。ロシアに比べると、こっちは暖かいですし……」
咲月「藤沢さんってロシアに頻繁に行ったりするの?」
ナツメ「そこまでは。二年前に行く機会があって、それ以来は行ってません」
咲月「そうなんだ~。ロシアってどんな感じところなの?」
ナツメ「……思ってる以上に田舎だと、思います」
咲月「へぇ~。どんなところが?」
まずい。
だんだんと思考力が落ちていく。
ナツメ
「こっちは、どこへ向かっても、家があります。もちろん、山とかは、例外ですが」
「でも向こうは、町と自然が、切り離されてるというか、ハッキリしてます」
「もしかした、ら、土地が開くて、自然が多くて、そう感じてるだけかもしれませんが、ここを田舎とするのなら、向こうにとっては、発展した街の、分類です」
咲月「なるほどね。やっぱり領土が広いから、そうなるのかもしれないね」
ナツメ「そうかも、しれないですね……」
咲月「……」
ナツメ「……」
頭をフル回転させ、質問の合間に次の質問を考えていたがここで途切れてしまった。
咲月「……」
ナツメ「……」
その後は何も話せまいまま登校していった。
キーンコーンカーンコーン。
咲月「やっぱりこの開放感は良いね」
授業終わり。今日も藤沢さんに話しかけていく。
ナツメ「そう、ですね」
咲月
「正直さ、私、授業についていけるか心配だったんだよね。中学生の時に引きこもっちゃってさ、勉強なんてこれぽっちもやってこなかったし。もともとダメダメだったしさ」
ナツメ
「……」
「わ、私も、似たような感じです。私は、高校の時に、ですけど……」
咲月「……」
自虐ネタ的に明るく話したつもりが、自ら地雷原に足を踏み入れてしまったような気がする。
咲月「で、でもあれだね。高校まで行ってるなんて偉いね。私比べたら雲泥の差ってやつだよ」
ナツメ「結局、辞めてしまいましたけどね。あは……」
咲月「……」
ナツメ「……」
気まずい。そしてこういう自虐ネタはやめやうと思った。
思わず天井を見上げてしまう。
藤沢さんの前の席。藤沢さんの席位置は廊下側の壁際のため、わざわざ椅子の背もたれを使わなくても壁に寄っかかることが出来る。
何を話せばいいのか考える。
が、何も思いつかない。
咲月(こんなんなら次の授業の準備をするなり、スマホいじってる方がまし……だよね)
何も話さないまま終わりを迎えた。
咲月「藤沢さんご飯食べよ」
ナツメ「あ、はい」
昨日と同じ場所へ移動して、ご飯を食べる。
咲月「……」
ナツメ「……」
パクパク。
咲月「……」
ナツメ「……」
むしゃむしゃ。
咲月「……」
ナツメ「……」
お互いに何も話さずご飯を食べ進める。
咲月「……」
ナツメ「……」
気まずい。
咲月「……そ、そういえばさ、オムライス弁当って珍しいと思ったけど、意外と世に出回ってた」
ナツメ「そうなんですか」
咲月「うん。調べてみたらスーパーとナポリタンとハーフになってるやつとかあって、でも、ここまでオムライス一強のお弁当は無かったよ」
ナツメ「そうですか」
咲月「うん。これならオムライスにただらぬ強思想を持ったヨーロッパ人にも胸を張って勧められるよ」
ナツメ「たしかに。食べやすくて、美味しい、ですもんね」
話していて何目線だか分からなくなってきた。
とりあえず話しかけてみるものの朝と変わらず……だんだんと会話がなくなってきて……。
隣に座って、無言のお昼って、コロナ禍でもやらなそうだよね。
長く続かない会話。自ずと手元にあるお弁当が進む。
咲月(ごちそうさまでした)
どうらや私の方が少しだけ食べ終わるのが遅かったみたいだ。
藤沢さんはお手拭きのビニール袋を伸ばして遊んでいる。
咲月「ごめんね。待たせちゃって」
ナツメ「いえ。私、よく噛んで食べてないので。早食いは、健康に悪いとも言いますし」
咲月「変にゼリー用品とか軟らかい物ばっかり出てきたっちゃからかな。言われてみれば硬い食べ物って最近ずっと食べてないような気がする」
ナツメ「硬いって、印象悪いですもんね」
咲月「……」
ナツメ「……」
無言のままでは気まずい。
食べ終わった物も邪魔なので、捨てに行って、教室へと戻って、少し会話をして、この時間は終わった。
咲月「……」
ナツメ「……」
咲月「……」
ナツメ「……」
咲月「……」
ナツメ「……」
気まずい雰囲気。もう何度これを感じただろう。
咲月「……」
ナツメ「……」
お互いに話すことはなく、無言のまま寮への道のりを歩いている。
咲月「……」
ナツメ「……」
横目で藤沢さんを探ってはいるものの、なんて話しかけたらいいか分からない。
咲月「……」
ナツメ「……」
藤沢さんと会話が無かったわけではない。授業のこととか寮のこととかどうでも良さそうな事とか話してみたものの会話が続かなかった。
どんな感じ?そんな感じです。そうなんだ~。……。
会話を続けたい。話をしたい。けれど長くはもたない。
咲月「……」
ナツメ「……」
つまんない人だって思われちゃうかな。自分から話しかけておいて何も話さない人って思われてるんだろうな。わざわざ歩幅を合わせてくれているのに、私は藤沢さんに何ひとつ話しかけられていない。
時間だけが過ぎ去ってしまう。
ナツメ「……あ、あの。えーっと……」
咲月「はい。なんでしょうか」
藤沢さんからの貴重な会話。無駄にするわけにはいかないと身構える。
ナツメ「……す、少しだけ、寄り道、してもいい、ですか?」
咲月「……」
遠目からでも薄々と感じ取れていた美しさ。実際に橋の上からその全貌を眼下におさめると自然の素晴らしさみたいなものをこの上なく感じる。人が人工的に手入れしているのかは分からない。青。赤。黄色。紫。そして土手に植えられている桜のピンク。
野花と言ってしまっていいのだろうか。色鮮やかな花が、ここが我のテリトリーだぞと言っているような。不規則で、でも風に乗ってやって来て近場で群生したってことが分かる。川の下流。そっちの方まで続いていそうと思わせる野花の景色が私達の目の前に続いている。
咲月「綺麗なところだね」
ナツメ「……さ、散歩してたら、見つけました。意外と登下校中に寄れて、思わずボーっとしてしまいます」
決して雄大さや絵画のような幻想さがあるわけじゃない。けれど、足を止めて、見惚れて、思わずお気に入りの場所として立ち寄ってしまうような景色がここにはある。
咲月「どこまで続くのか……散歩コースにピッタリな場所だね」
ナツメ「観光地には、なってないと、思いますけど、地元の人に、愛されてる場所っぽくて、おすすめです」
何かを想うわけではないけど、私達は二人してこの景色を眺め続ける。
ナツメ「……一つだけ訊いてもいいですか?」
ナツメさんは視線を遠くへ向けたまま訊いてくる。
咲月「答えられそうな範囲なら」
ナツメ「私といて……楽しいですか?」
そんな言葉を発しても藤沢さんはこちらを向くようなことはなかった。
ナツメ
「私にはわかりません。特に何か面白い訳ではありませんし……実感していると思いますが……会話だってままならないです」
「よ、よく、つまらない人って言われていたので……こんな人間といて、宮本さんみたいな人は楽しいのかなって……」
経験してきてしまったから分かってしまうかもしれない。藤沢さんがそんなことを言ってしまう気持ちが。
咲月「……自分といても楽しくない……私は自分から話すような人ではない……口が数が多い人間ではない……」
ナツメ「……え」
咲月「それに面白い人間じゃないとか……あの人と比べると私なんかがとか……なんか空気間で察せちゃうよね」
ナツメ「……一軍女子と自分の差、みたいなのですか?」
咲月
「そうそう。なんか、相手のこの反応見ちゃうとさ自分とは明らかに人種が違うなーって感じちゃうよね。パリピじゃないし、イケイケでもないし、お調子者でもない」
「相手の理想になれてないっていう感じなのかな。話し相手として不十分だろうなーって」
「だから集団でいたとしても、疎外感を覚えちゃうんだよね。実際そうなんだけど。多分、嫌われてないけど好かれてもいないんだと思う」
「自分といても楽しくない。それは自分が楽しい人間ではないと自覚してるから。こういう自分を相手に受け入れてもらえないから」
藤沢さんと同じ気持ちなのかは分からない。けれど何故藤沢さんがこの場で私と居て楽しいですかと訊いてきた気持ちが分かるような気がする。
この景色が心を空っぽにさせてくれて、嫌な事もこの景色の中に入れば忘れさせてくれそうで、何も考えず無意識みたいに話が出来る。そんな気持ちになれる。
咲月
「みんなといるのがイヤって訳じゃない。ただ……人よりもちょっとだけ……みんなといるって空気が苦手なんじゃないかなって思う」
「騒がしいのが苦手じゃないし、それこそ、そういう雰囲気は好きなんだけど……やっぱりね。私はワイワイって感じじゃないんだ」
一匹狼じゃないんだ。ただ、人よりも苦手なだけなんだ。
咲月
「……でも……それだとみんなからは受け入れてもらえない」
「同調圧力って訳じゃないけどさ、やっぱり盛り上がってるところに盛り上がれない人間がいるとね」
「……それはやっぱり……私だってそう思っちゃうよ」
付かず離れず。それが人間関係の最善の選択肢だと実感してしまった。そうすればつまんない奴って思われちゃうけど独りにはならないから。
そんな人間関係なら辞めちまえ、独りでいろって言われちゃうかもしれないけど……やっぱり独りは寂しいよ。
咲月「ってなんか語っちゃってごめんね。あは。勝手に藤沢さんと一緒の気持ちにしてごめんね」
ナツメ「……いえ」
咲月「と、そろそろ行かないと日が暮れちゃうね」
嫌な記憶とその時に抱いた嫌な感情。あれからの日々はやるせないし、思い出すだけでのたうち回りたくなる……はずなんけど……。
景色に身を任せることが出来たからかな。何故か不思議とスッと話せてしまった。
咲月「藤沢さん。お昼一緒に食べない?」
咲月「藤沢さん一緒に帰ろ?」
咲月「じゃあ、また明日ね」
寮に帰って、ベッドにダイブ。
咲月「あ゛ーーーー」
自分の情けなさを声にする。今日一日あれやこれやと藤沢さんを誘って話しかけてみたものの手ごたえなんて何ひとつあるものではなく、むしろ迷惑しかけていないのではと思ってしまう。
咲月「……実際迷惑だって思われてるかもな」
朝から晩までお誘いのオンパレード。まだ三日目のはずなんだけど、この精神的疲労感は一週間以上フルで酷使してきたあの感覚……独りになりたくなくて無理やり周りに合わせて笑っていた時に似ている。
咲月「……初日の魔法は消えちゃったしな」
これ以上の進展がないような気がしてしまう。
咲月「……友達になるべきなのか。それともまずは話せるような人間にならないといけないのか」
それをクリアしたところで藤沢さんの【人間関係】とどう向き合えばいいのか。
咲月「ってかそもそもの話、部活動にも勧誘してないじゃん」
問題は山積みであり難航している。
時間経過でどうこう出来る問題ならここまで悩まないのだが、時間が解決してくれるとは一切思わない。自分自身でどうにかしなくちゃいけない問題であることは理解しているのだけれど…私の能力では場違いもいいところだ。ろくに会話が出来ない。気まずい雰囲気を作り上げてしまう。
咲月「それにしても藤沢さん。なんであんなこと訊いてきたんだろう……」
私といて……楽しいですか?
私が無意識のうちに藤沢さんの何か変な事でもしてしまったのだろうか。
さすがにまだ三日目。そんな短い時間で、まだお互いに分からない状態で、そんなことを訊いてくるのはさすがに自信なさすぎるのではないか。
……。
でも、なんとなくその気持ちは分かってしまう。
心配。不安。恐怖。
友人関係っていうのは思ってる以上に怖い。
一度でも疑いを感じてしまうと、心の底から友達って何だろう。あの人って私といて楽しいのかなって思うようになってしまう。
己の自信の無さもそうだけど、目に見えない友情っていうのは目に見えないからこそ分からなくて、分からないからこそ安心感を得られない。
手が届いてると思ってた先に誰もいないっていうのは……身近な存在が誰もいないっていうのは……つらいよ。
咲月「……まあ、藤沢さんは私と違うだろうし、時間経過で何か変わるかもしてないからもう少し自分で粘ってみるとして……無理だったら本に頼って……それからみんなに相談して……」
グチャグチャとまとまらない思考。それでもまだ三日目という気持ちが強い。この三日間の中身なんて無いようなものだけど、三日っていう数字の単位が謎の安心感を与えてくる。
咲月「とりあえず、明日も話しかけるか」
何もなくとも話しかけ続けること自体は間違っていない気がする。千里の道も一歩から。擦り傷だって沢山負えば致命傷に。三日で結果を意識してしまうのが可笑しいのだ。私はそんなに優秀な人間じゃないし……私は……普通の人間じゃないんだから……。
咲月「と、今日もお邪魔してもいいかな?」
今日も変わらず朝の食堂から藤沢さんに話しかける。
ナツメ「……はい……とうぞ」
か細い声で今日も許可を貰う。
ぐぅ~。
咲月「……あは。朝の空腹ってどうなってるんだろうね。特に昨日の晩、いっぱい食べたわけでもないのに今日は胃が空っぽだよ」
ナツメ「……なんとなくですけど……わかります」
これは藤沢さん自体が食べる方なのか。それともお母様のロシアの文化がそうさせているのか。でも、心は純粋な日本人って言ってたし、でも家ではそういう文化になってるかもしれないし……。
咲月「気になってたんだけどさ……藤沢さんって朝はガッツリ食べるタイプなの?」
ナツメ「……どう……なんでしょう。今まで、誰かと、朝食を比べることはありませんでしたし……みぃ──みやゃもとさんと──宮本さんと見比べると普通の方かもしれないです」
噛んだ。そして恥ずかしくて早口になってた。
咲月「確かにそうかもね。朝ご飯なんてお昼と違って見ることないし……純日本人っていうのはわかってるけどさ、食卓とかどんな感じなの?やっぱりちょっとロシアの料理みたいなのが出るの?」
ナツメ「……」
咲月「……藤沢さん?」
やっぱり偏見じみたことを訊いちゃまずかったかな。
藤沢さんは何かを考えこむように黙り込んでしまった。
ナツメ
「……あ、ごめんなさい。記憶を振り返ってまして……」
「……わ、私も、ひとつ、気になったんですけど……私って……ロシアとのハーフって、言いましたっけ?」
咲月「あー」
視線をあさっての方向へ向け、頭をフル回転させる。
(しくった。やらかした。確かに藤沢さんはロシアとのハーフだって……言ってないような気がする。そりゃそうだよね。初見じゃ絶対にどの国とのハーフって判るもんじゃないし、水曜日ボビィーのような服装と装飾品でアフリカ系の人種を見分けるスキルがあるわけじゃない。ってか服装って制服だから一緒だし……ってかどう誤魔化せばいいんだ)
この間、多分二秒ぐらい。一瞬して思考しそして……無理やりそういうキャラ付でいくようにする。
咲月「じ、実はね。私、結構海外の人とか見分けるの得意なんだ……顔の……特徴……でなんとなくわかるんだよね」
九十九パーセント人間にそんな特技は宿らないがそれ以上にまともな理由が思いつかない。
咲月「……どことなくだけど藤沢さんから、ロシアの血……を感じたみたいな?」
ナツメ「……おー。……いがぃ……凄い特技ですね」
心の中で嘘をついてしまったことを全力で土下座して話を続ける。
咲月「そ、それでどうなのかな?食卓にそういうの出るときあるの?」
ナツメ「基本は……魚とか肉とか、み、宮本さんの、うちで出る料理と同じだと思います。けど……」
咲月「けど?」
ナツメ「たまに、ロシアの料理も、出ます」
頻度としては多い方だと思いますけど、と付け加える。
咲月「そっか。そう考えてみると私達日本人が可笑しいのかもね」
目の前にあるトレーをみる。和食と洋食。九割方この二種類が出てくるが、朝にはまだ出会ってないけど夜になるとその中に中華なんかも混ざったりしてくる。こういうのって多神教とも関係してくるのかな。ヨーロッパとかいつもの食事に和食が混ざるイメージなんてないし、それこそ中東とかアフリカに和食と洋食のイメージ湧かないし。
ナツメ「国際色豊かですよね。心は純日本人ですけど」
咲月「出るとしたら、どんな料理が出てくるの?」
ナツメ「ぼ、ボルシチとかピロシキとか」
咲月「お~。私でも両方聞いたことあるやつ‼」
ナツメ「あと、メドヴィクっていうのもお母さんが好きなのでよく食べます」
メドヴィク。急いでスマホを取り出して検索エンジンにかける。
咲月「お~。まったく想像もつかない。デザート?で大丈夫なのかな?」
ナツメ「はい。ロシアのケーキみたいな認識で大丈夫だと思います」
咲月「なるほどー」
やっぱりハーフっていうだけで特別感が増すな。
ボルシチ、ピロシキ、メドヴィク。
こんな一生食べなさそうな料理が藤沢さんの家ではいつもの食卓に出てくるのか。
こう、昨日も一昨日も藤沢さんとは何かきっかけがあれば話は続くんだけど、それでもピークを越えてしまえばあとは段々と火が弱まっていく焚火状態。無理やり話を何かに紐づけて、木を投げ入れて火を保とうとするのだけど長くは続かず。
私が至らないだけなのだろうか。それとも私が間違っているのだろうか。藤沢さんと仲良くなろうにもうまくはいかない。
咲月(あれ……なんで私はこんなにも藤沢さんと仲良くしたいんだけ……)
目的はしっかりと覚えているけど……何かが違っているような感覚が心の中に芽生えている。
咲月「……」
ナツメ「……」
四日目。だからといって発展する訳ではない。
咲月「……」
ナツメ「……」
テクテクテク。
靴の音。制服が擦れる音。風の音。車の音。
何も話せないから、その他の意識が敏感になる。
咲月「……」
ナツメ「……」
もう何度も実感していることだけど、この時間はかなり気まずい。
申し訳なさが勝る気まずさで、何を話したらいいのか分からない。
終始無言というわけではない。
たまに何か思いついたり、ふとした情報が視界に入ってきたり。
でも……。
咲月「……」
ナツメ「……」
無言の時間が圧倒的割合を占める。
昼も。
咲月「これ美味しいね」
ナツメ「そ、そうですね」
気の良いことは言えない。
パクパク。むしゃむしゃ。
文字通り食べるだけの時間。
放課後も。
咲月「……」
ナツメ「……」
今日一日の焼き直し。
隣に並んで歩いているだけで、特に何かが起こるわけじゃなくて……。
次の日も。
咲月「……」
ナツメ「……」
休みを挟んで次の日も。
咲月「……」
ナツメ「……」
その週も。
咲月「……」
ナツメ「……」
咲月「……それじゃあ……また……」
また明日っていうのを躊躇ってしまった。
それは己の自信の無さから。藤沢さんのせいじゃない。
ナツメ「はい……また……」
寂しい言葉なのか。軽い言葉なのか。お互いに覇気がこもっていないように感じる言葉。
日を重ねるごとに分からなくなってくる。
何で私は藤沢さんと仲良くなりたいのか。
友人関係に合う合わないはつきものだ。昔の私がそうだったみたいに……。
けど、不思議なもので諦めるとか、そんな後ろ向きな考えは一切ない。
だからといって、前向きになるような何かがあるわけではないが。
気まずい時間が多い。
友達の友達とは集団では仲が良いが、いざ二人でいると話せなくなる。
それと同じ状況だが、そんな薄っぺらい関係ではないと願いたい。
ナツメ「……」
咲月「……」
宮本さんは私といて楽しいと思うのだろうか。
特に面白い話は出来ていないし、私といて楽しめる要素も無い。
会話を促すことも出来なければ、会話を広げるようなことも出来ない。
コミュ障……なんだろうな。陰キャで暗い。
ハーフっていう普通の人よりかは特別な部分はあるけど……外側だけ。
中身はお察しの通り文字通り過ぎる何もできないミジンコ以下。
咲月「……」
ナツメ「……」
話すのがイヤって聞かれると多分違うと思う。
うまく表現できないだけなんじゃないかって。
人の前でうまく発表できるできないように、勉強ができるできないように、私は人との会話がうまくできない。
無欲とか無関心とかではない。本質的につまらない人間なんだと思う。
咲月「……」
ナツメ「……」
宮本さんはこの時間をどう思っているのだろうか。
私的にはそこまで悪くはない時間だと思っている。
誰かが隣にいてくれる。何も話さないのは少し、ほんの少しだけ寂しいかもしれないけど、肩から感じる人のあたたかさがあたたかい。
こうして並んでいるだけでも友達のような感じがして……一方通行の思いだけど、もしかしたら先生から指示された義務のような関係かもしれないけど、やっぱり誰かがいてくれるっていうのは有り難い。
咲月「……」
ナツメ「……」
だから、私一人だけはこの時間を楽しめている。
まあ、宮本さんはとても退屈で気まずい時間って思ってるかもしれないけど。
コミュニケーションが得意ではない。対人恐怖症って訳じゃないと思うけど、何を話したらいいのか分からない。
一人の時間は好きだ。だけど、それ以上に誰かと思い出を作りたいって気持ちがある。
私はよく漫画を読む。
それは母の影響から。日本の漫画のクオリティーは日本人が思っている以上の出来らしい。
主にそれはストーリーがハイレベルだそうで、たとえ日本でそこまで売れなかったとしても外国では馬鹿にならないぐらい人気になるとか。
独りの時間。退屈しのぎで読み始めた漫画。
キラキラとした青春。魔法が飛び交う世界。ときめくような恋愛。
いろんなジャンルがあって、私が一番好きだったのは不良漫画。
理由は……友情があるから。
どんなに喧嘩しあっても最終的には仲良くなって、やってることは迷惑だし悪いことなんだけど、仲間と……友達との馬鹿で濃密な時間が、女の子が恋愛漫画にハマるぐらい私的には魅力的だった。
私もこんな友情も育めればな。と何回想っただろう。
ぼこぼこに殴り合ったとしても理解しあえることが出来て、仲間のピンチを助け合い、友達の辛酸な過去を受け入れてくれる。
理想の友達。誰かの為に本気になれる仲。
漫画に感化されて、よし私もって思って……現実があまくないことを再認識する。
どう思っていようが、外見に何かあろうが、本質的な私の心を変えなければ、私は独りのままだ。
咲月「ん~」
ナツメ「どうか、しましたか」
片言の言葉。
話すのが怖くて自信がないからこうなる。
無視されたら。あんまり面白くない顔をされたら。
だから相手の反応を見ながら話してしまう。
もちろん会話に慣れていないっていうのもあるけど。
咲月「あ、ごめん。何でもない。ただのひとり言?なのかな」
ナツメ「そう、ですか」
もっと上手い返し方だ出来たら。もっ明るく話せたら。宮本さんともっと仲良くなれたのではないだろうか。
けど、もう、解っている。
そろそろこの関係は終わる。
宮本さんは学級委員長だから先生から頼まれてあれで接したのかもしれないし、興味本位で話しかけに来てくれているだけなのかもしれない。
ありえないけど私なんかと仲良くなりたいって、そんな可能性もあるかもしれないけど、ありえなさすぎる。
私はつまらない人間。
経験上そろそろだと自覚している。
宮本さんは十分に務めを果たした。
私に気遣う時間は終わるだろう。
それが終わればまた一人に戻る。
もし、あれが長いようなら。また私から終わりを告げてあげなくてはならない。
次の日の朝から放課後。
咲月「……」
ナツメ「……」
咲月「……」
ナツメ「……」
咲月「……」
ナツメ「……」
翌日の朝。
咲月「……」
ナツメ「……」
咲月「……」
ナツメ「……」
咲月「……」
ナツメ「……」
翌日の昼休み。
咲月「……」
ナツメ「……」
咲月「……」
ナツメ「……」
咲月「……」
ナツメ「……」
翌日の放課後。
咲月「……」
ナツメ「……」
咲月「……」
ナツメ「……」
咲月「……」
ナツメ「……」
それから休みを挟んで三日間。
咲月「……」
ナツメ「……」
咲月「……」
ナツメ「……」
咲月「……」
ナツメ「……」
うまく盛り上がれる時もあるけど、ぎこちない会話と無言の時間が大半を占めていて、手ごたえみたいなものは何もない。
頑張って、反省を生かして、それでもうまくいかなくて。時間だけがいたずらに過ぎてしまう。
咲月「悪くないと思っているんだけど、なー」
仲が良いと問われてしまったら自信なんてない。一方的に私が付きまとっていて藤沢さんに何と思われているのやら。
ナツメ「……なにかいいましたか?」
咲月「ううん。なんでもない」
こうして今も無言のまま寮への道を二人並んで歩いている。
咲月「……」
ナツメ「……」
咲月「……」
ナツメ「……」
咲月「……」
ナツメ「……あの、寄り道しても、いいで、すか?」
咲月「あ、うん。全然いいよ」
きっと前に教えてくれたあの場所だろうと思う。カラフルな野花が群生しているあの河辺。
進路を変更し、そこへと向かう。
前回ここに来たのは一週間ちょっと前だろうか。あの時も綺麗だなって思えた場所だけど、その気持ちは今も変わらない。少しひんやりとする夕刻であっても春らしさを感じられる。
咲月「……不思議な場所だね。決して有名どころにはならないけど、自然の中で見つけられた綺麗な光景……」
ナツメ「……宮本さんは……私といて楽しいですか?」
咲月「……」
思わず質問の意図を考えてしまう。
ナツメ
「……私は、正直、楽しくないだろうって、思っちゃいます。実感したと思いますが、そんなに話す方ではありませんし、一緒に居て、楽しいって思える人間でもないです」
「……これも正直に言ってしまえば、宮本さんは、あれだと思っていました」
咲月「あれって?」
ナツメ「……正式名称はありませんが、学級委員やクラスで人当たりの良い子が、私みたいな浮いてる子やひとりぼっちの子に話しかける、あれです」
なんとなくだけどイメージが出来てしまった。小学生の時、中学校の時もあった。明らかに馴染めてない子や雰囲気でひとりぼっちそうな子。そういう子に藤沢さんが言ったような人をあてがう。
先生からすればそういった子がクラスに出ないように気遣いのつもりかもしれないけど……仲良くしてねと頼まれた子も、そういう人をあてがわれた子も、結果には同じ友達になんてなれやしない。
ナツメ
「べ、別に仕方のないことです。私自身それを許容していますし、周囲からそう思われてることも、自覚しています」
「……一時だけの関係。そう表現すればいいのでしょうか」
「正直、申し訳ない気持ちで一杯です。仲の良い人が居るのにわざわざ私に時間を使って……何でこの人は私に話しかけてくるんだろうって」
「もちろん一時の関係です。少し経てばまた独りに戻るだけです」
心を空っぽにできる景色に身を任せ、遠くを見ながら藤沢さんは話す。
咲月「……でも、思っていました、なんでしょう?」
藤沢さんのその表現ならあれではないこと。
ナツメ
「……はい……その通りです」
「……経験則ですけど、もしあれならやけに長いなと」
「今まで通りなら、もう終わってもいい頃合いです。だから不思議だったんです」
「一緒にいても楽しくない私なんかに話しかけ続ける意味が」
咲月「……」
ナツメ
「……もし何かあったのなら……もしあれが続いているのなら一言だけ」
「私は大丈夫ですから」
「どうか仲の良い人との時間を大切にしてください」
藤沢さんはペコリと頭を下げる。
自虐とは違う。諦めでもない。嫌いを通り越すと無関心になるように、自分自身がどうでもよくなる。自分の色が抜けたと思えばいいのだろうか。外から出てくるどんな色も受け入れるようになってしまって、自分の色なんてどうでもいい。真っ黒でも得体の知れない色でも気色の悪い色でも。
多分これは藤沢さんだけじゃなくて、ここに通っているみんなそう。悪意も理不尽も。不幸も致し方なさも。抗いたいけど抗うのを既にやめてしまっている。自分自身が無価値だと思い込み、前へ進めなくなる。
咲月「……」
何か言葉をかけてあげたかった。違うのだから違うよって言ってあげたかった。たけど……今の私ではどれだけ言葉を尽くしても、どれだけ言葉に想いをのせても、チープで説得力に欠けるものにしかならない。
ナツメ「今までありがとうございました。そうは見えなかったかもしれませんが、私は楽しかったです」
藤沢さんは去っていく。私はそれを黙って見送ることしかできない。この日を境により一段と気まずい雰囲気になってしまった……。
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