その4
「ちょ、ま、ねぇ!」
ごほ、と咳き込みそうになって、胸を抑えた。
今までは加減していたんだ、ということが分かる速度への急加速。比較対象が無いから分からないけれども音速なんて比較にならない位の速さになっているのは分かる。
アスージェミマの姿が、拡大窓から直接視認へと切り替わるまであっという間だった。
「会敵。攻撃開始」
「こ、攻撃……いくの!?」
ヴェルグネアの言葉と共に、ロボットのヴァルグネアが右腕を突き出す。
アスージェミマが、葉のような盾のような器官を前に突き出す……もしかして、とっくに気付かれていた?
だからって今更止められるものじゃない。
「当たっちゃえ……!」
衝突。
衝撃がコクピットを揺らす。ただし、こっちは揺れただけだ。
拳をぶつけられたアスージェミマの方は、盾が一枚弾けて飛んでいる。それは吹き飛んでいく、というよりもまるで縮小されているかのように小さくなって、あっという間に私の目には見えなくなった。
「やった」
「アスージェミマ、反転」
私の声を無視しているかのようにヴァルグネアが言う。
それに合わせているかのように、くるりとアスージェミマがその身体を縦回転させた。そして盾ではなく、根のような、ケーブルのような部位をこちらに向けてきた。
ケーブルを向けられた姿を見ていると、植物というよりまるでイソギンチャクかなにかみたいだ。正直、気持ち悪い。
「来ます」
ケーブルが、来る。
まるで宇宙空間を飛ぶように、走るように。
「ぼ、防御! いや回避!」
キーボードで、機体を右に動かす。焦っていても、私の思ったとおりに動く辺り、すごく直感的に動くみたいだ。
一瞬前に機体があった場所に、鞭のようなケーブルの攻撃が飛んでくる。
空間を走る細い線の攻撃は、鞭の打撃というよりも、剣で斬りつけたみたいだ。当たったら、どうなるのこれ。
アスージェミマの攻撃が一撃で終わるはずもなく、そのまま、鞭の斬撃はこっちを追ってくる。
攻撃が点ではなく、線、それも止まることがない線なのだ。
追われ続ける、っていうなら――
「回避――いや、突っ込む!」
前へ。
そして、マウスをクリックして攻撃を選択。
「了解、我が婚約者」
再度、急加速。でも、今度は自分の操作だ、だから、驚かない。
無数の鞭の中に、私達は突っ込んでいく。
鞭を使った斬撃は、速度が無いと意味がない。つまり、高速で距離を詰めれば、当たってもダメージにはならない。
……多分!
鞭が四方八方から飛んでくる。回避行動を取っていないんだから、当たる。
でも、想像通り衝撃はない。
「よし、このまま――」
……と、うまくは行かなかった。
機体の動きが止まる。
「え、いやなんで」
「絡みつかれました」
ヴァルグネアが言うと、ウィンドウに機体各部の様子がポップアップ表示される。
映し出されるのは、機体の手足に、アスージェミマの鞭が絡みついている様子だ。それはまるで、触手を持つタコかイカが、獲物を絞め殺そうとしているかのようだった。
絡みついて、そのまま締め上げようとしている。
「圧力増大」
「このっ!」
私はマウスをガチャガチャと動かしてみる。すると機体が両腕を動かして、絡みついている鞭を引きちぎった。直感的に操作できるUI最高。レビューに――
タイトル:超機動令嬢ヴァルグネア
評価:おすすめ!
総プレイ時間:約一五分
本文:直感的に動かせて操作性も良い、次回作にも期待。
――とか書きたいくらい。
「ふふふ! そんな攻撃に適さないなんだか分からない形のロボより人型の方が強い!」
「ああ、我が婚約者は、ハードウェアの形状が実行力に大きく影響を与える技術レベルの惑星の出でしたね。失礼、出てもいませんでしたね」
「そんな
なんせ私は気分がいいから!
これで一度攻撃が止む……と思ったけれども、そんなことはなかった。
千切れた端から、鞭が伸びていっている。
再生……というよりは、成長しているみたいな感じだ。まさに植物みたいに。
なにそれ化物?
どうにかするためには……
「武器! なにか武器無いの!?」
「当機の最大の武器は速度と……」
「そう言うのじゃなくて、こう、目からビームとか! 腕からビームとか! 全身からビームとか!」
「好きなのですか、
「私のロボット武器リテラシーが低いだけ!」
一般的な女子高生はロボットにどんな武器がついてるかとかそんな詳しくないのが普通。そんなことをこの超機動令嬢サマに言っても仕方ないけれども。
そんな事を言いながら、私は機体を動かし、両腕と脚を振るわせて、しがみつくように振るわれるアスージェミマの鞭を回避し、打ち払い続ける。
やたら頑丈というか、攻撃を受けてもヴァルグネアの機体は大きな損傷を受けている様子は無い。
そういう意味ではこっちのほうが、強いのかな?
「では、使いましょう。
ヴァルグネアの言葉に従って、機体のほうが両腕を背後に回す。あ、ちゃんと後ろに武器持ってたんだ。これなら行けるかも。
それはそれとして……
「レイディ……って何?」
私の言葉を聞くこと無く、ヴァルグネアが言う。
「
「……回転?」
機体の両腕が、前に回される。するとそこに付けられていたのは、なんというか、円錐状で、唸りを上げるように回転している……
「ドリル……?」
そうドリルだった。なんというか、現実の工具ってよりフィクションで出てくるタイプの。それが、機体の両手首先から生えている。
ああ、ちょっと分かっちゃった。
二つのドリルが背中にあるって事は、これ少女型の方のヴァルグネアの髪型と一緒なんだ……
だから名前が
そうかぁ……そうなんだぁ……
いやでも、これでやれるのかな……いや、やるしかないのかな。
「とりあえず喰らえ……!」
飛んできた鞭に向かって、右腕のドリルを突き出す。
すると、鞭はその螺旋機動に巻き込まれて、引きちぎれて行く。なんというか、巨大な機械に巻き込まれちゃった人、みたいな話を思い出した。
弾け飛んでいく鞭は、実際そう言うえげつなさがある。
それだけじゃないようにも見える。回転するドリルは、鞭だけでなく、周辺をまるで蜃気楼のようにかき乱しているようだ。まるで、空間それ自体を歪めているとか、削り取っているみたいに。
なにはともあれ、これなら――
「行ける!」
私は機体の両腕を振りながら、急加速。突撃。ドリルって……と思っていたのに、実際はやたら役に立っているから困る。いや助かる。
鞭を吹き飛ばされ過ぎたからか、アスージェミマは攻撃を止めて、機体を再度くるりと回転させた。
そして鞭ではなく、盾の方をこちらに向けてくる。
もしやそれでこの
「止められるものなら……止めて、みろ!」
私は機体の右腕を、前面に突きださせる。
「ヴァルグネア!」
「淑女の矜持、最大出力」
ヴァルグネアが言うと、右手のドリルが唸りをあげて、更なる高速回転に入る。宇宙空間じゃなければ、悲鳴みたいな機械の高音が鳴り響いていたはずだ。
いや、宇宙空間自体は削り取られて、歪められて、本当に悲鳴を上げているように見える。これが、ヴァルグネアの力なんだろうか。
対して、アスージェミマも機体を回転させてきた。
これじゃ盾がまるで、草刈り機みたいだ。
唸りを上げる盾。
回転と回転。
やっていることが同じなら――
「後は強い方が……勝つ!」
私の言葉に、ヴァルグネアが続けた。
「故に、私はこう宣言します」
二つの回転が衝突する。破壊と破壊が交錯し、二つの機体が悲鳴をあげる。
でも……私にも分かる。こちらの悲鳴は回転で、向こうの悲鳴は回転と、ダメージを受けて引きちぎれる機体が上げているものだ。
だから――
「私達の、勝ちです」
ヴァルグネアの言葉に続くように、アスージェミマの機体が中央から亀裂を走らせ、完全に破壊されていく。
断末魔を上げるように身悶えして、アスージェミマが宇宙空間に弾け飛んでいく。ばらばらに、植物のようだったものが、こなごなになっていく。
元が何だったのかすら、分からないくらいに。
それを見て、私は思わず大きく息を吐いた。
「勝った」
……これで人類は救われるし、私も婚約破棄が出来る……万々歳だ。波風の立たない人生に戻れるかもしれない。
戻れるかなぁ……?
そんな私に対して、ヴァルグネアは続ける。
「そうですね、今回は私達の勝ちです」
そう、私達の勝ち……ん?
「今回は、って何?」
私は後ろを見て、後部座席のヴァルグネアに向かって言う。
「
「つまり……?」
「次のアスージェミマも来ると想定すべきです」
「ひぇぇ……」
肩の力ががっくりと抜けた。
次のアスージェミマが居て、地球にやってくる。
つまり、人類の危機は継続中。
そして、私の婚約も継続中。
ってこと?
「もうやだぁ……」
私の声は宇宙の闇黒に溶けて。
「では、ご両親へのご挨拶へ向かいましょうか、我が婚約者」
ヴァルグネアの声は妙に浮かれて聞こえた。
超機動令嬢と婚約破棄したい私(一般女子高生) 下降現状 @kakougg
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