第2話
痛みが延々と終わらない。俺の手には何も残ってなくて熱さだけが残っている。このまま死なせてほしかった。いや、厳密には死んでるのか。
死ぬたびに体が再生して、再び炎が俺のことを焼き尽くす。一向に死ななさそうだから爆発が起こったところに行くことにした。
痛みで苦しみ、呻き声を上げながらも爆心地につく。そこには戦闘機だったものがあった。機体には国旗が刻まれていた。俺の知らない国だ。少なくとも俺が今いるこの国ではない。
状況も、現実も、何もかも受け入れ難いがこの景色をしっかりと目に焼き付ける。
俺はゾロトたちがいつも行っていた街に向かうため山を登り始めた。不思議と涙は出ない。あるのは痛みと死ねないという絶望だ。ただ、同時に怒りが込み上げてくる。
鹿を解体していた時の荷物を回収し、山を登っていると茶色のデカ物が必死に小鹿を貪り食っていた。熊だ。
バレないように逃げようとしたが野生の勘なのかすぐ俺の存在に気づいて俺の元へと突進してきた。
すぐにナイフを手に持ち、熊の脳天めがけてナイフを突き刺す。それと同時に俺の体が吹き飛ばされる。ガンッと鈍い音がしてすぐに意識がなくなる。そして意識が戻る。すると熊は俺の目の前まで来ていて俺の腹を引き裂く。
痛みに次ぐ痛みで叫ぶこともできない。生きているのに腹をほじくり返されて食われる。俺は必死に熊にナイフを突き刺した。図体がデカくて何回刺しても死なない。その度に俺は食われて死んで食われてを繰り返す。
永遠に感じた地獄がようやく終わり、熊は頭から血を流して死にかけていた。俺はトドメを刺す気力もなかった。
地面に横たわったまま恐怖と痛みで体をガクガクと震わせていた。頭が生きることを受け付けない。完全に壊れた。体の痛みはないのに頭がそれを覚えている。
俺は必死に立ち上がり、山を登り進める。道中で何度も転んで動悸がして苦しかったけど前に進むしかなかった。
山を下っている途中、一人の女がいた。すると女はピストルをこちらに向けて近づいた。
「...君、なんで裸なの?」
「え?ああ...」
そこでようやく俺は服を着ていないことに気づいた。確かにあんな爆発で服が残っているはずもなかった。
「さっきあそこの村に戦闘機が落ちてきて、えーっと。あー、火が燃え移らないように服を脱ぎ捨てたんだ」
「そう」
意外とあっさり信じた。どうやらこの女はあまり頭が良くないらしい。
「とりあえず、服の着替えがあるから着て。私まで変態扱いされるから。あと、変なことしようと思わないでね。その時は私ごと死ぬから」
そう言って服をたくしあげて腹に巻きつけてある爆弾を見せてきた。俺は服を受け取って身につけた。
「君、名前は?」
「...ルチ。ルチ・ラープだ」
「ルチね。私はサラ。よろしくね。ルチはどこに行こうとしてるの」
「...村が消えたからとりあえず街に行こうとしてる」
「街って首都のこと?ここから歩いてかなりかかるよ?」
「まじかよ...」
俺が肩を落とすとサラは何か思いついたかのように微笑み俺の顔を覗き込んできた。
「私もまだやることあったけど、面白そうだから君についていこうかな」
「いいのか?」
「困ってる人を助けるのが私のポリシーなの。少し遠回りするけどそれでもいいならついてきて」
サラはそう言って振り返り背中に腕を組んで鼻歌混じりに下山し始めた。こいつの行動はよくわからなかったが死ぬことはないからとりあえずついていくことにした。
村から初めて出た俺は土地のあまりの広大さに衝撃を隠せなかった。遠くには森や村などさまざまな景色で溢れかえっていた。
サラは気にすることもなく歩き出したので俺も急いでサラについていく。
「なあ、この国は戦争でもしてんのか」
「してるよ。知らなかったの?」
「ああ、村が焼け野原になるまではな」
「気まずくなるからそういうこと言わないでよ」
「あ、すまん。わざとじゃないんだ。その国の名前ってわかるか?」
「アバム連邦ってとこだね。この大陸はその国とここ、エルメリア王国が東西を分けて分割してるの。前までは小国もあったけどアバムが全て侵略して土地を拡大していて他国も手を出せてなくてこの状態なんだ」
「じゃあ、俺の村を燃やしたのはアバムって国なんだな」
「そうなるね」
「そうか...」
痛みも引いてようやく感情を取り戻す。怒りと復讐心が胸の奥から沸々と湧き出てきた。俺のかけがえのない日常を奪った先程の出来事が鮮明に思い出される。
「てかルチは首都の方に行って何すんの?」
「兵士になってアバムを潰す」
「えー。復讐でもすんの?このまま適当に生きてさ、争いなんてしないで暮らした方が絶対いいって。穏やかに生きようよ」
サラは頭に手を当ててため息をついた。
俺たちは森の中で息を潜めていた。サラに教えてもらい俺はピストルを握りしめる。銃口の先は鹿を捉えていた。
「そうそう、ちゃんと照準を定めてね。結構うまいじゃん」
「狩りは教えてもらってたからな。ていうか、お前近い。姿勢がブレる」
「教えてんのにその態度はないでしょ」
そう言ってサラは俺の脇腹を小突く。痛みに悶えながらも銃を構え直す。いつも通りの姿勢でそのまま引き金を引いて鹿に鉛玉を命中させる。
一発で死ななかったから鹿が走り出し、逃げようとしたから死ぬまで銃弾を打ち込む。鹿が動かなくなるとサラが一目散に鹿の元へ走って行って俺の方に振り向いて俺に親指を立てた。
「よくやった!初めて君を連れてきてよかったと思ったよ!」
「そうですかい」
俺たちは鹿を解体してそこら辺の枝を集めて火をつける。サラは解体した鹿肉を木に刺して焼き始める。
俺はその間にテントを作らされた。長めの枝を拾い集めてロープで結んで魚の骨みたいな感じで大きくする。それを大きな木を支柱にして立てかけてその上から葉をかける。簡易的なものだったがなかなかの出来だった。
俺は初めてのテントの出来に満足して両手を横に当ててテントを眺めているとサラができたよー!と言っていた。俺は焚き火の近くの丸太に座り、サラから肉を受け取る。
サラは肉を食べると頬に手を当ててうまそうにんんーっと唸った。俺も肉にかぶりつく。食べた瞬間に口いっぱいに旨みが広がってきて肉はとてもやらかく、塩を振ったのかほのかに塩味がした。旨みが体全体に染み渡る。
それに、焚き火のおかげで体全体がぽかぽか暖かかくて、心が癒された気がした。
「二つ焚き火があるけどもう一つの焚き火はなんだ?」
「ああこれ?こっちの焚き火は燻製してるの。食べきれないからね。ところで、私が作った鹿肉の味はどうですかー?」
「...めちゃくちゃうめえ」
「でしょ?さすが私」
サラは胸に手を当てて自慢げにふんっと鼻息を吐いた。俺はサラを無視して肉を食っていた。サラはもう食べ終わっていて指についた塩を舐めている。きたねえ。
「質問いいか?」
「なにー?」
「お前はなんで山を登ってたんだ」
「あー、それ?私は今首都の方に住んでるんだけど元々北の方の出身なんだ。そこで両親を亡くしてね。墓参りに行こうとしてたら空から戦闘機が落ちてくるもんだから気になっただけだよ」
「お前も家族いねえのか」
「そうそう。アバムの軍が侵攻してきて私以外みんな死んだの。そっから首都まで逃げてきた感じ」
サラは淡々と話していた。俺は今もミヤを失った怒りが残っているがサラはあまり気にしていないらしい。
俺は空いた焚き火でお湯を沸かしてコーヒーを淹れ始めた。
「じゃあ私から質問おーけー?」
「んー?」
「なんで君だけ生き残ったの?」
俺の心臓がドクンと跳ね、コーヒーを淹れる手が止まる。
「だって裸なのはどう考えてもおかしいでしょ。服を脱ぐ意味なんてないし。なんか...服だけ燃えたみたいな感じ?」
頭はこの場をどう切り抜けようかと必死に回転している。どう言い訳しても無理な気がする。「露出狂なんだよね」という選択肢は俺のプライドが許さなかった。
俺は諦めて正直に話した。村での爆撃とその後に起こった俺のことについてを。
「生き返るんだ。へー」
「あっさりしすぎじゃね」
「いやー、驚いたは驚いたけど実感も湧かないし、ここで死ねっていうのもあれでしょ?」
「痛いからやめてほしい」
「痛みはあるんだ」
「あるに決まってんだろ」
軽く受け止められたけど、俺にはその方が嬉しかった。
そうして寝る支度をする。二人とも寝袋にくるまって簡易テントの下で寝転がる。
「ルチー、寒いからくっついて寝ない?」
「やだよ、ガキじゃねえんだから」
「照れてんの?」
「ちげえよ」
「誰だって一人だと冷たくなると思うよ」
「十分あったけえよ」
「そうですかぁー」
サラは拗ねたようにそっぽむいて眠りについた。
俺もしばらくして眠りにつく。不思議と恐怖と痛みはすっかり消えていた。
朝になり、残しておいた鹿肉の燻製をちゃんと保存して再び首都へと向かい始める。
道中では俺の村の人や妹の話をしたりサラから国のことなども教えてもらいながら過ごすこと三日間。ようやく首都が見え始めた。
「やっとついたー」
「あれが首都か?」
「そう、あれがエルメリア王国の首都、エリメだよ」
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