誰かの光。あなたは光。

変はります

第1話

 俺が斧を振り下ろすとカンッという音が村に響き渡り目の前の薪が真っ二つに割られた。横にはまだまだ大量の木が横たわっている。


「ドローヴァはおじいちゃんなのによくこんな大量に木を切ってこれるね」

「まだまだ若いもんには負けられないからの」

「俺も手伝うよ。もう杖をついてるんだから大変でしょ」

「気にするな。ルチには力仕事をしてもらわんと困るからのぉ」


ドローヴァは杖をつきながらフォッフォと軽やかに笑った。

 俺はドローヴァを心配しつつも作業の手は止めなかった。再び木を丸太の上に置いて斧を振りかぶる。

 すると、小屋の裏から二人の男が出てきた、ゾロトとスヴィネがいた。彼と彼女のリュックはパンパンで重そうだ。


「また街の方に行くの?」

「ああ、これは高値で売れるからな。俺たちの生活資金になるんだよ」

「気をつけてね。ここは山に囲まれてるから熊とか出るかもだし」

「言われなくても気をつけてるよ」


俺は二人に手を振って見送る。二人も笑顔で手を振りかえして、街へ向かうため山を登り始めた。

 その後はドローヴァに見つめられながら薪を割り続けた。最近、冬が訪れたのか、寒くなってきたから今のうちにたくさん切っておかないとみんな凍え死んでしまう。

 今日の分の薪を切り終えて、首にかけていたタオルで顔から吹き出した汗を拭き取る。すると遠くから声が聞こえた。音の方に視線を向けるとそこにはミヤが洗濯物の入ったカゴを持ちながらこちらに歩いてきた。


「にいさーん!今日のお仕事は終わったー?」

「ちょうど終わったとこだよ。ミヤもか?」

「うん!じゃあお家に帰ってお料理作ろう!私ブラークさんから今日のご飯貰ってくるから洗濯物干してきて!」


そう言って俺に洗濯カゴを押し付けてきた。ミヤのやつ、面倒な方を任せやがった。俺は渋々受け入れて川のほうへと向かった。ドローヴァさんはミヤと一緒にご飯を貰いに行った。


 穏やかな川沿いの物干し竿に洗濯物をかけていく。カゴが空っぽになったので川に入ってタオルを水に濡らして体全体を拭く。一通り拭き終わって洗濯カゴを持って家の方へと歩き出した。

 家へ向かう途中、ゾロトとスヴィネの家に明かりがついていた。ちゃんと二人とも帰ってきたことも確認できたので足早にミヤの元へと向かった。


 家に帰るとミヤがエプロン姿になっていてすでに料理を作っていた。俺が帰ってきたことに気づいてミヤが振り返る。


「あ、兄さんやっと帰ってきた。もう料理作り始めちゃったよぉ」

「しょうがないだろ。俺も手伝うからさ。何すればいい?」

「じゃあ、そこにあるじゃがいも切って。今日は兄さんの好きなシチューだよ」

「やりい」


俺はエプロンをつけながらガッツポーズをする。俺が喜んでくれたのが嬉しかったのかミヤは微笑みながら料理の続きを再開した。

 シチューを作り終えてテーブルで向かい合って座り、料理を食べた。前までは俺がずっと作ってたのにすっかりミヤも料理が上手くなってなんとも言えない気持ちになる。


「兄さん、このシチューとっても美味しいね!」

「自画自賛すんなよ」

「兄さんと作ったから美味しいんだよ!ほんと、そういうとこだよ」

「どういうとこだよ」


ミヤが頬を膨らませながら怒っていてその様子が面白くて笑うとミヤがもっと怒った。


 俺が暖炉の前にあるソファに座ってくつろいでいると、ミヤが紅茶を淹れてきたのか俺にカップを一つ手渡して、俺の隣に座ってきた。

 暖炉はパチパチと音を立てて俺たちを温める。カップからは湯気が出てきていて一口飲むと、少し熱いけどなんだか胸が暖かくなった。

 ミヤはカップを両手で持ち、俺の肩に頭を乗せてきた。ミヤの金色の髪が少し肌にあたるのがちょっと邪魔だったけれど決して嫌な気分ではなかった。


「あったかいね」

「そうだな」


「...兄さんはこの生活楽しい?」

「ん?ああ、楽しいよ。村のみんなは優しいしあったかいご飯も、家もあるし、何よりミヤがいる。毎日寂しくないし辛くもない」

「よかったぁ、私もこの村と兄さんのことが大好きだから嬉しい。普通の生活だけど、私、すごく幸せなんだ」


そう言ってミヤが頭をぐりぐりと俺の肩に押し付けてきた。紅茶がこぼれる、とミヤの頭を引き剥がすとミヤは不満そうにえ〜、と言いながらもベタベタくっついてきた。


 暖炉の火をちゃんと消して大きなベッドに横になる。俺が寝ようとするとミヤが急に抱きついてきた。


「うおっ...!何すんだよ」

「いいでしょ。寒いんだから。可愛い妹が甘えてるんだから兄は甘やかすのが普通じゃない?」

「普通じゃねえよ...」


俺はそう言いつつもミヤの頭を撫でた。ミヤはふふー、と嬉しそうな声を漏らしてしばらくすると眠りについた。ミヤが寝たことを確認すると俺も眠りについた。





 早朝、俺はブラークさんと一緒に山に入り、食料を取りに行った。あらかじめ仕掛けた罠を確認しながら獲物を探す。俺もブラークさんも猟銃を持っている。

 前までは大きいし重いから持ちにくかったのに今じゃ意外と動けるしブラークさんのおかげで銃の扱いも上手くなった。

 罠にかかっている小さなウサギを獲りながらも山を突き進む。熊に遭遇しないよう細心の注意を払い、獲物を探していると少し離れたところで鹿の親子が低木の草を食べていた。俺は気づかれないようしゃがみ込み、銃を構えて目を閉じる。

 いつもと同じ姿勢、いつもと同じ呼吸、いつもと同じ持ち方。心を落ち着かせて目を開くと自然と狙う先が親鹿の方に定められていた。俺は一息ついて引き金を引いた。破裂音が響き、親鹿の体が撃ち抜かれる。子鹿はその瞬間に逃げ出し、すぐに木に隠れて見えなくなった。

 俺は親鹿の元へ行き、小鹿が行った方を見つめて小さくごめんね、と呟いた。そうしてナイフを取り出して二人で血抜きと解体を行なった。

 作業をしているとブラークさんが静かに口を開いた。


「...俺たち人間もこの鹿も同じ生き物だ。お互いに生きるためには食料を手にいれなければならない。だから殺すのは仕方ない。自然の摂理だ。ただその命を苦しませるのは話が違う」

「その話前も聞いたよ。もうちゃんと分かってる。だからちゃんと一発で仕留めた」

「ああ、命は軽く扱っていいものじゃないからな...」


解体の途中でブラークさんはウサギを持ち帰るのと新しい罠を取ると言って山を降りた。





 俺は周りを警戒しながら作業を淡々と行う。そんな時だった。全身に衝撃を感じ、爆音が鳴り響いた。いや、響いてはいなかった。一瞬だけだった。頭がくらくらして地面に倒れ込む。ひどい痛みで耳を抑える。手のひらを見ると血がついていた。その時初めて鼓膜が破れたんだと気づいた。

 余計なことを考えていると目の前の木が倒れてきた。俺は目眩の中、必死に立ち上がって木を避けた。

 気づいたら俺は村の方に走ってた。枝が刺さったり、進むごとに熱が増していて、身体中が痛む。途中で何度も転んだ。でもそんなことを気にしてる暇なんてなかった。俺の頭はミヤのこと安否ばかり考えていた。


 枝が体を切り裂き、突き刺さり、頭から血を流しながらも俺は村についた。村は完全に焼け野原になっていて、人らしきものは真っ黒で、川があったところはただの窪みになっていた。身体中が燃えるように熱く、ところどころ皮膚が剥がれ落ちて地面を焼く。

 爆発の中心地に向かうと小さな声が聞こえた。に......さ...と何を言っているのかわからなかったけれど何百回、何千回も聞いていた声だった。

 俺の足はだんだんと溶けて足首から下が引き剥がされる。俺はミヤの前で膝をつきミヤを抱きかかえた。

 ミヤは全身が溶けていて今にも俺の手から落ちていきそうだった。俺はミヤを抱きしめる。


 痛い。熱い。切らないで。苦しい。死にたくない。辛い。寂しい。いやだ。


 ミヤを抱きしめると俺にも熱さが伝わって皮膚が溶ける。不思議と、さっきまで何も考えられなかったのにミヤとの思い出が勝手に思い出された。

 俺が10歳くらいの頃、熱い。村のみんなで川の方でお肉を焼いたりした。ミヤと俺は川でいっぱい遊んで、楽しくて、みんな嬉しそうに苦しい。見つめてた。

 冬で雪が積もった日、山の麓あたりでミヤと木の実を痛い。採った。ミヤが独り占めして食べ始めたけどすっぱくて変な顔をしてた。何故か俺に怒ってきてたっけ。

 次にミヤが生まれた日を思い出そうとする。すると突然、自然と痛みが引いてきた。ようやく死ぬのか。ミヤもすでに虫の息だった。俺は静かに瞳を閉じた。



 熱い。


 死なない。おかしい。もう身体中溶けて死んでるはずなのに。俺は目を開いた。

そこにはミヤらしきものと俺の肌があった。肌色だった。溶けてなかった。


 俺は、俺だけが生きていた。











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