俺は教祖で、神は妹

かざむき

俺は教祖で、妹は神

 俺には妹がいる。

 太陽の様に白く輝く長い髪。少し焼けたような褐色の肌。青空のように澄んだ碧眼。それがその少女の生まれながらの容姿であった。

 日本生まれ日本育ち。家の家系に海外の人はいない。そして、両親や祖父母の血を引いているとは思えないほど綺麗で整った顔立ちをした美少女であった。

 そして、何よりも不思議なことに無知な子供ならいざ知らず、親含め周囲の人間にそれを疑問に思う人は誰もいない。

 この異常性に気が付いているのは俺と妹本人の二人だけであった。


「僕の前世が神様だったからじゃないかな。」


 あるとき一度、妹にこのことについて相談してみると妹は阿保なことを言った。だが、雑談。マジレスは野暮だ。


「どんな神だよ。怠惰の神とか?」


 妹は外面は良いが、自室ではただの自堕落な愚妹である。というか、高校まで上がって同室というのは社会的に大丈夫なのだろうか。


「怠惰と言えばベルフェゴールだよね。」

「あれは悪魔じゃなかったか?」

「もとは神として崇められていたとは思うよ。某一神教の関係で悪魔に堕とされたけどね。神話で出てくる怪物とかも調べてみれば元は神様なんて話も結構あったりするから面白いよ。」

「はへ~。物知りだな。前世で神を自称するだけあって神学に興味がおありで?」

「いいや。でもキュピーンと来るんだよ。天啓っていうのかな?」

「神は天啓を与える側では?」

「確かに。」


 まあ、兄妹仲良くやっている。前世は神であったと自称はするが、今は神でないことを明言してるし、社会性もある。無二の妹だ。このぐらい個性があったほうが面白いだろう。気分が天候に左右されやすいというのもかわいいところだ。この時はそう思っていた。いや、正直今も思っている。

 

 十年後。

 俺は教祖になっていた。神は妹。教義とかそこらへんは、・・・なんか勝手にできてる。名はデイ・サークル。どうやら太陽を意味する日輪が由来らしい。なんで、一日とか日時を表す day で訳したんだろうね。これデイサービスみたいじゃん。まあ、信者の中には老人もいるから・・・いや無理だな。

 まあ、色々つっこみどころ満載なのだが気が付けば信者を十数万人抱えるまあまあな規模の宗教になっているので笑えない。どうしてこうなったのか、とりあえず過去を振り返ろうか。


◇◇◇


 始めは些細なことだった。

 大学受験でヤバいとなっていたとき、俺は妹に勉強を手伝ってくれと頼んだ。成績優秀な妹は二年後の範囲だというのにまるですべてを知っているかのように丁寧にそして要点だけを絞ってうまく教えてくれた。

 結果としては合格。試験成績最下位で受験を突破した。テストでは見たことのあるような問題が散りばめられており、要所要所で点を拾うことができた。これが合格の大きな要因だろう。

 これはまごうことなく神だろう。受験期の人間なら誰しもがそう思うはずだ。まあ、ここで終わっておけば妹を信仰するのは俺一人だけだったし、それも期間限定だっただろうけど。

 そして、これがいけなかった。俺は妹が大学に入るタイミングで塾講師のバイトをおすすめしてしまった。


「教え導くね。確かに面白そう。」


 教えるのがうまい妹は生徒の成績は見る見るうちに鰻登り。そして受け持った生徒

その全てが見事第一志望に合格。一人二人の話ではない。難関校に受験する人達も多数混じるような多対一の集団授業でこれをやってのけたのだから化け物、いや学問の神様と言わずして何というのだろうか。

 授業に集中させる秘訣とかは特に意識しておらず、容姿や仕草、声色などが偶然いい感じに作用しているのではないかと本人は考察している。

 とりあえず、その容姿もあって妹は小さなコミュニティながら有名人になっていたのだが、でもこのときはまだ、ネタとして崇められることはあっても凄い塾講師止まりであった。


 おそらくだが、一番の原因はこっちだろう。少し場所は変わって大学での話だ。妹はなぜか俺と同じ大学に入った。学力的にはまだまだ上を目指せるが、地元が良いということでここの大学を選んだらしい。まあ、ここは普通の話だろう。

 妹は演劇サークルに入った。はじめは特に何もなく普通に活動していた。だが、事態が少しずつ変化し始めたのは大学二回生あたりから。そのころ辺りからかインターネットも普及してきて手軽に写真をとってそれが拡散される世界になっていた。

 ここで失念していたのはその妹の容姿。今まで仕事をしてこなかった違和感はその重い腰を上げてやっと働き始めた。どうやら近い範囲、直接の対面では発生しなかった容姿への疑問は、インターネットという媒介を挟むことで俺達兄妹以外にも発生し始めた。疑問は話題を呼び、話題が憶測を作り、憶測は知名度と共に妹の虚像を膨れ上げた。天才的な塾講師としての成果も知名度を引き上げた大きな要因の一つだろう。

 そして、決定的な事件が起こった。

 その年の学祭は過去に例がないほど人が多かった。妹を一目見ようとする輩によって人が爆増した、というわけではなく、夜からここの近所でとある有名映画の撮影も兼ねた公開収録が行われることが大きな要因だったのだろう。

 ここの交通の便はそこまで良いと言えず、前日入りをする人は少なくなかったために学祭には大勢の人が押し寄せた。メディアも映画の撮影地の紹介の一環としてここの学祭を取材する。

 そして、そのときはやってきた。

 突然の豪雨が学祭を襲い、人々はみな雨が止むときを待っていた。

 妹もそんな人間のうちの一人。演劇ができる状況か確かめるために外に出た。その瞬間、偶然か必然か、空が割れて一筋の陽光が妹を照らした。

 様子をテレビのカメラが、その瞬間を一つのスマホが切り取った。

 SNSに燻ぶっていた小さな炎に投下されたツァーリボンバー。比喩として使われた「神」の文字はもはや妹には比喩として使われない。

 妹は「自称:元神」に付け加え「他称:神」となったのだ。


「ねえ、私崇められてるって言ったら信じる?」


 学祭が終わってから数日後、妹は阿保なことを言ってきた。


「受験の神としてなら崇めるぞ。」


 俺の返答にため息一つ溢してから、妹はスマホの画面を見せてきた。

 そこには「女神様」という文字列と共にアップされている妹の盗撮写真。ここまでなら変態ストーカーによる自爆となるのだが、驚くべきはその閲覧回数とコメント数。数千万を超える閲覧数に数十万のコメント数。コメント欄は変態ストーカーを非難するものではなく妹を崇め奉る変人の巣窟だった。


「近い将来に予想されるトラブルおよび事件十個答えよ。」


 俺はノリでファイブボンバーを始める。


「住所特定」「ピンポン」

「家凸および大学凸」「ピンポン」

「ストーカー被害」「ピンポン」

「友情といった人間関係の破綻」「ん~、まあ確かに」

「大量の手紙」「ピンポン」

「知らない親戚」「なるほど、アリで」

「盗撮等のプライベートの崩壊」「ストーカーと被ってる気もするけど良いか。」

「信者の発生」「既にともいえる。」

「根も葉もない嘘」「増えそうだな。」

「誘拐からの解釈違いによる殺人」「考えたくね~。」


 見事クリア。クリアしてほしくなかった。


「ヤバくない?」

「結構大変そうだね。」


 事態の重大さに対して妹の反応は思ったよりも深刻ではない。


「余裕だな。流石自称元神は器が違うってか?」

「世界が滅ぶわけでもないしね。でも、面倒ごとであるのは確かなんだよね。」


 妹は少し考えてから俺に質問した。


「ねえ、就活って大変?」

「いきなり話が変わったな。まあ、大変。ESの学チカとか正直うまく書ける気しないし、面接があると思うと億劫になる。」


 夏休みにインターンには数社いったのだが、失敗が多く悪印象を持たれてしまった可能性まである。正直な話、精神的には病む一歩手前レベルで追い込まれていたと思う。

 それを見て、妹は小悪魔のように微笑んで俺にこう囁いた。


「うまく行ったら就活をしなくて済む話があるんだけど、どう?」



◇◇◇


 そうして、俺はカルト教祖になった。

 理屈としては下手に収束を待っていろいろとヤバくなるくらいなら、いっそのことうまく扇動してコントロールすればいいじゃないという話だ。

 そして、うまく行った。冷静に考えれば負け確の大博打だが、バックには実質現人神が居るので勝ち確だったのかもしれない。

 いやはや、普通に就職してた方が楽だった気がする今日この頃。

 まあ、でも兄妹仲良く暮らしていけているのなら万々歳かな。

 ちなみに今も実家住みで部屋は同室です。

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