第3話#誹謗中傷されたら自分が増殖した


1

「サキ、今日も地味だね~」

親友のアヤカが、笑いながら俺の肩を叩いた。

俺——白石サキは、地味で真面目な高校2年生だ。

目立たない。

騒がない。

ただ、毎日を静かに過ごしている。

アヤカは、その逆だ。

明るくて、社交的で、クラスの人気者。

なんで私たちが友達なのか、正直よく分からない。

でも、アヤカは優しい。

いつも私を気にかけてくれる。

「サキって、もっと派手にしたら可愛いのにな~」

「……私は、このままでいいよ」

「またまた~。じゃあ、今度一緒に服買いに行こうよ!」

アヤカは、本当に悪気がない。

ただ、私のことを「もっと良くしたい」と思ってくれているだけだ。

だから——私は、何も言えなかった。


2

ある日の放課後。

スマホを見ると、Xの通知が異常に増えていた。

「……なに、これ」

タイムラインを開くと——私の名前が、大量にツイートされている。

「白石サキって、実は二重人格らしいよ」

「マジ? どういうこと?」

「友達から聞いたんだけど、裏では全然違う性格らしい」

私の心臓が、激しく鳴り始めた。

「……嘘、でしょ」

引用元を辿ると——発信源は、アヤカだった。

アヤカのアカウントに、こう書かれていた。

「サキちゃん、実は二重人格説www 表向きは地味だけど、裏では超派手らしいww ギャップ萌えww」

いいね:2,300

リツイート:1,800

私は、手が震えた。

すぐにアヤカに電話をかけた。

「もしもし、サキ? どうした?」

「アヤカ……あの、ツイート……」

「ああ、あれ? ごめんごめん、ネタで書いただけだよ~」

「ネタって……私、二重人格じゃないよ……」

「知ってるよ~。でもさ、面白いじゃん? サキって地味だから、逆にギャップあったら面白いなって」

「でも……みんな信じてるよ……」

「大丈夫大丈夫、すぐ忘れるって。マジになりすぎだよ、サキ」

アヤカは、笑っていた。

本当に、悪気がない。

ただ、面白いと思ってやっただけ。

「……そう、だね」

私は、電話を切った。

そして——スマホの画面を見つめた。

私に対する誹謗中傷が、どんどん増えていく。

「白石サキ、裏では男遊びしてるらしい」

「二重人格って、やばくね?」

「地味なフリして、実は計算高いんだろ」

涙が、溢れた。

私は、何も悪いことしてないのに。


3

翌日、学校に行くのが怖かった。

でも——行かないわけにはいかない。

教室に入ると、クラスメイトの視線が刺さった。

ヒソヒソと、何か話している。

「……ねえ、白石さんって本当に二重人格なの?」

「知らないけど、ネットで話題になってたよね」

「怖くない?」

私は、席に座った。

隣の席には、アヤカがいる。

「おはよう、サキ!」

アヤカは、いつも通り明るく笑っていた。

「……おはよう」

「昨日のツイート、バズっちゃったね~。サキも有名人だよ!」

「……うん」

「でもさ、ネタだって分かるでしょ? みんな冗談だって分かってるよ」

アヤカは、本当に悪気がない。

ただ、私のことを「ネタ」として消費しただけ。

そして——その日の午後、異変が起きた。


4

授業中、ふと顔を上げると——教室の後ろに、誰かが立っていた。

セーラー服を着た女子生徒。

私と、同じ制服。

同じ髪型。

同じ顔。

「……え?」

私は、目を疑った。

それは——私だった。

もう一人の私が、教室の後ろに立っている。

「ねえ、先生。あの子、誰?」

クラスメイトの一人が、後ろの私を指差した。

「ああ、白石さんだよ」

先生は、何の疑問も持たずに答えた。

「え、でも白石さんって……」

クラスメイトが、私を見た。

そして——後ろの私を見た。

「……どっち?」

後ろの私は、ニコリと笑った。

そして——前に歩いてきた。

私の隣に座る。

「あれ、サキ? なんで二人いるの?」

アヤカが、不思議そうに首を傾げた。

「私が、本物だよ」

後ろから来た私——もう一人の私が、そう言った。

「嘘……」

私は、立ち上がった。

「私が本物だよ!」

でも——クラスメイトたちは、もう一人の私を見ている。

「ねえ、白石さん。昨日のツイート、本当なの?」

「うん、実はね——」

もう一人の私は、笑顔で答えた。

「私、二重人格なんだ」

クラスメイトたちが、ざわついた。

「マジ?」

「やっぱりそうなんだ!」

「怖!」

私は——誰にも信じてもらえなかった。


5

放課後。

私は、トイレの鏡の前に立っていた。

「私が……本物……」

鏡に映る自分を見つめる。

でも——隣に、もう一人の私がいる。

「私も本物だよ」

もう一人の私は、笑っている。

「違う……私が……」

そして——鏡の中に、三人目の私が現れた。

「私が本物」

四人目。

「私が本物」

五人目。

「私が本物」

鏡の中が、私で埋め尽くされていく。

「やめて……やめて……」

私は、鏡から逃げた。

だが——教室に戻ると、そこにも私がいた。

十人以上の私が、教室に座っている。

全員が、笑顔で私を見つめている。

「私が本物」

「私が本物」

「私が本物」

「違う……私が……」

アヤカが、笑いながら言った。

「ねえ、サキ。どれが本物か、もう分かんないよ~」

「アヤカ……助けて……」

「え、でもどれがサキなの? みんな同じ顔してるし」

アヤカは、本当に困惑していた。

悪意はない。

ただ、分からないだけ。

私は——床に崩れ落ちた。


6

それから一週間。

教室には、私が50人以上いた。

全員が「私が本物」と主張している。

でも——誰も、オリジナルの私を覚えていない。

「ねえ、白石さん」

クラスメイトが、私の一人に話しかける。

「今日も二重人格?」

「うん、そうだよ」

私の一人が、笑顔で答える。

私は——もう、自分が何人目なのか分からなかった。

鏡を見ても、全員が同じ顔。

誰が本物で、誰が偽物なのか。

「私……私は……」

アヤカが、スマホを見ながら笑っていた。

「ねえねえ、次のネタ考えたんだけど~」

「今度は田中くんで何か面白いこと書こうかな~」

アヤカは、もう私のことを忘れていた。

ただ、次のネタを探している。

私は——全ての私が、同時に泣き出した。

50人以上の私が、一斉に涙を流す。

「私が……本物……」

「私が……本物……」

「私が……」

でも——誰も、答えてくれない。


7

ある日、私は家に帰った。

でも——家にも、私がいた。

「お帰り、サキ」

母が、もう一人の私に話しかけている。

「……お母さん」

私は、母に近づいた。

「私が、サキだよ」

母は、不思議そうに首を傾げた。

「え? サキはそこにいるけど?」

もう一人の私は、微笑んでいる。

「お母さん、ご飯できたよ」

「ありがとう、サキ」

母は、もう一人の私を抱きしめた。

私は——自分の部屋に逃げ込んだ。

鏡を見ると——部屋の中にも、私がいた。

十人以上の私が、ベッドに座っている。

「私が本物」

「私が本物」

「私が本物」

私は、鏡を殴った。

ガラスが割れる。

でも——割れた破片の全てに、私の顔が映っている。

「やめて……やめて……」

私は、床に座り込んだ。

そして——気付いた。

もう、自分が誰なのか、分からない。

私は、何人目の私なのか。

オリジナルは、どこにいるのか。

それとも——もう、オリジナルは消えてしまったのか。


8

翌日、学校に行くと——アヤカがスマホを見ながら笑っていた。

「ねえねえ、見て見て。田中くん、実は彼女いるらしいよ~」

「マジ?」

「これ、面白いよね。ツイートしよ~」

アヤカは、また誰かを「ネタ」にしようとしている。

私は——もう、何も感じなかった。

ただ、教室の隅で、じっと座っている。

私の隣には、もう一人の私。

前には、もう一人の私。

後ろにも、もう一人の私。

全員が、無言で座っている。

アヤカが、私の一人に話しかけた。

「ねえ、サキ。元気?」

私の一人が、答える。

「うん、元気だよ」

アヤカは、満足そうに笑った。

「よかった~。サキは優しいから、好きだよ~」

私は——もう、笑うこともできなかった。

ただ、全ての私が、同時に涙を流した。

でも——誰も、気付かない。


9

その夜。

私は、スマホを見た。

新しい通知があった。

@anataがあなたをフォローしました

メッセージが届いている。

「悪気のない一言が、誰かの全てを壊す。でも、言った本人は——もう忘れてる」

私は、スマホを握りしめた。

そして——全ての私が、同時に叫んだ。

「私が本物!」

「私が本物!」

「私が本物!」

でも——誰も、答えてくれない。

鏡の中には、無数の私がいる。

全員が、同じ顔で、同じ声で、同じ言葉を繰り返している。

「私が本物」

「私が本物」

「私が本物」

私は——もう、自分が誰なのか、分からなかった。

そして——アヤカは、今日も笑っていた。

新しいネタを探しながら。


【Episode 03:終】


次回予告

Episode 04:#ブロックしたら彼女の感情が流れ込んできた

「愛と依存の境界線は、どこにある?」


#消せないリプライ Season 1 

@anataは、あなたの中にいる

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