第2話#既読スルーしたら彼女が物理化した
1
「はーい、みんなおはよう! 今日も元気にいこうね~」
俺——高橋リョウは、カメラに向かって笑顔を作った。
登録者数15万人の「ゆるふわ系YouTuber」。
主にゲーム実況と雑談配信をやっている。
コメント欄には、いつものように温かい言葉が並ぶ。
「リョウくんおはよう!」
「今日も癒される~」
「リョウくんの笑顔最高!」
俺は一つ一つ読み上げながら、できるだけ全員に反応するようにしている。
ファンを大切にする——それが俺のモットーだ。
配信を終えると、DMの通知が50件以上溜まっていた。
「うわ、また増えてる……」
全部に返信したいけど、物理的に無理だ。
でも、できるだけ返そうと思って、一つずつ開いていく。
「リョウくん、いつも元気もらってます! ありがとう!」
「今日の配信も最高でした!」
「リョウくんのおかげで学校頑張れます!」
ほとんどが感謝のメッセージだ。
俺は短いけど、一つずつ返信していく。
「こちらこそありがとう! これからも頑張るね!」
そして——一通のDMが目に留まった。
送り主は「@mio_luv_ryo」。
「リョウくん、返信してくれてありがとうございます! 嬉しすぎて泣きました!! リョウくんは本当に優しいですね! 大好きです!!!」
文末にハートマークが10個。
「……熱量すごいな」
でも、悪い気はしなかった。
こうやって応援してくれる人がいるから、俺は頑張れる。
俺は返信した。
「ありがとう! これからも応援よろしくね!」
それが、全ての始まりだった。
2
それから一週間。
ミオ——そう名乗るファンからのDMが、毎日届くようになった。
「リョウくん、今日の配信も最高でした!」
「リョウくんの声、癒されます!」
「リョウくん、今日は何食べましたか?」
最初は普通の応援メッセージだった。
でも、だんだんと内容が変わっていく。
「リョウくん、毎日DMしてもいいですか?」
「リョウくん、返信してくれると嬉しいです」
「リョウくん、できれば毎日返信してほしいです」
俺は、できるだけ返信するようにした。
でも、ある日——疲れていて、返信を忘れてしまった。
翌朝、スマホを見ると、ミオからのDMが20件以上溜まっていた。
「リョウくん、返信ないけど大丈夫ですか?」
「リョウくん、忙しいですか?」
「リョウくん、何かあったんですか?」
「リョウくん、心配です」
「リョウくん、返信してください」
「リョウくん」
「リョウくん」
「リョウくん」
俺は少し、怖くなった。
でも——きっと心配してくれているんだ。
悪気はないはずだ。
俺は返信した。
「ごめん、昨日は疲れてて寝ちゃった! 心配かけてごめんね!」
すぐに返信が来た。
「よかった!!! リョウくんが無事で安心しました!!! これからも毎日メッセージ送りますね!!!」
3
それから、ミオの要求はエスカレートしていった。
「リョウくん、通話しませんか?」
「リョウくん、オフ会とかやらないんですか?」
「リョウくん、私と会ってくれませんか?」
俺は、丁寧に断った。
「ごめん、今は忙しくて……また機会があればね!」
でも、ミオは諦めなかった。
「わかりました! じゃあ、毎日DMだけでも返信してください!」
「リョウくんと繋がっていたいんです!」
「お願いします!」
俺は——疲れていた。
毎日、ミオからのDMに返信するのが、だんだん重荷になっていた。
他にも50人以上のファンがいる。
全員に平等に接したいのに、ミオだけが異常に多い。
ある日、友人の田村に相談した。
「なあ、ファンからのDMが重いんだけど、どうしたらいい?」
「既読スルーすればいいじゃん」
「でも、それって冷たくない?」
「お前、優しすぎるんだよ。相手も分かってくれるって」
俺は悩んだ。
でも——もう限界だった。
その日、ミオからのDMを、初めて既読スルーした。
4
翌朝。
俺は、異常な気配で目が覚めた。
誰かが、部屋にいる。
「……え?」
ベッドから起き上がると——リビングに、誰かが座っていた。
女子高生だ。
セーラー服を着て、こちらを向いて微笑んでいる。
「……誰だよ」
女子高生は答えない。
ただ、微笑んでいる。
俺は慌ててスマホを取り、警察に電話しようとした——その時、気付いた。
リビングに、同じ女子高生が、もう一人いる。
「は?」
キッチンにも、一人。
廊下にも、一人。
全員、同じ顔。
同じセーラー服。
同じ微笑み。
「……なんだよこれ」
女子高生たちは、ゆっくりと立ち上がった。
全員が、一斉に口を開く。
「リョウくん」
声が重なる。
「どうして、返信くれなかったの?」
俺の背筋に、冷たいものが走った。
「お前……ミオ?」
女子高生たちは、全員で頷いた。
「うん。私だよ。ミオだよ」
「なんで……なんでお前がここに……」
「リョウくんが、返信くれなかったから」
女子高生たちは、一歩ずつ近づいてくる。
「会いに来ちゃった」
5
俺は、リビングに立ち尽くしていた。
ミオが——300人以上いる。
部屋中を埋め尽くしている。
全員が、微笑んでいる。
「おい……これ、どういうことだよ……」
ミオたちは、答えない。
ただ、じっと俺を見つめている。
俺は、玄関に向かって走った。
だが——ドアの前にも、ミオがいる。
「リョウくん、どこ行くの?」
「ど、どけよ!」
俺はミオを押しのけようとした——だが、手がすり抜けた。
「え……?」
ミオは、そこにいるのに、触れない。
「リョウくん、逃げないで」
ミオたちが、一斉に近づいてくる。
俺は、部屋の隅に追い詰められた。
「やめろ……来るな……」
ミオたちは、俺を取り囲んだ。
全員が、微笑んでいる。
「リョウくん、これからずっと一緒だよ」
6
それから、地獄が始まった。
ミオたちは、俺の生活の全てを「見守る」。
朝起きると、ベッドの周りにミオがいる。
トイレに入ると、ミオが後ろに立っている。
食事をすると、ミオたちが俺の口元を見つめている。
「……やめてくれ」
俺は震える声で言った。
ミオたちは、首を傾げる。
「どうして? 私たち、リョウくんのこと応援してるだけだよ?」
「応援……?」
「うん。リョウくんが頑張れるように、ずっと見守ってるの」
ミオたちは、優しく微笑む。
その笑顔が——怖い。
俺は、配信をしようとした。
視聴者に助けを求めるために。
カメラを回し、震える声で言った。
「みんな……助けて……俺の部屋に……」
コメント欄が流れる。
「リョウくん、どうしたの?」
「何かあった?」
「大丈夫?」
俺はカメラを部屋に向けた。
「見てくれ……ミオが……300人もいるんだ……」
だが、コメント欄には——
「え、誰もいないけど?」
「リョウくん、何言ってるの?」
「ドッキリ?」
俺は絶望した。
視聴者には、ミオたちが見えていない。
「リョウくん、ファンサすごいね!」
「これ新しい企画?」
「面白い!」
違う。
これは、企画じゃない。
助けてくれ。
7
その夜、俺は何も食べられなかった。
ミオたちが、ずっと見ているから。
「リョウくん、ちゃんと食べないと」
「……お前ら……なんでこんなことするんだ……」
ミオたちは、不思議そうに首を傾げる。
「こんなこと?」
「俺を……こんな風に……追い詰めて……」
「追い詰めてなんかないよ?」
ミオたちは、優しく微笑む。
「私たち、ただリョウくんのこと、応援してるだけだよ?」
「応援って……こんなの……」
「リョウくんが寂しくないように、ずっと一緒にいるの」
「寂しくなんかない! 一人にしてくれ!」
ミオたちは、少し悲しそうな顔をした。
「リョウくん、そんなこと言わないで」
「私たち、リョウくんのこと大好きだよ?」
「だから、ずっと一緒にいたいの」
俺の手が、震え始めた。
冷や汗が、止まらない。
呼吸が、乱れる。
「やめてくれ……頼むから……」
ミオたちは、俺に近づいてきた。
全員で、俺を抱きしめるように取り囲む。
「リョウくん、大丈夫だよ」
「私たちがいるから」
「ずっと、一緒だよ」
俺は——嘔吐した。
床に、胃液が飛び散る。
ミオたちは、心配そうに俺を見つめる。
「リョウくん、大丈夫?」
「無理しないで」
「私たち、ずっと見守ってるから」
8
翌日、俺は精神科を訪れた。
「先生……俺、おかしくなったんです……」
医師は、穏やかに頷いた。
「どんな症状ですか?」
「部屋に……300人の女の子がいるんです……」
「幻覚ですね。ストレスが原因かもしれません」
「でも……本当にいるんです……」
医師は、薬を処方してくれた。
「これを飲んで、少し休んでください」
俺は、藁にもすがる思いで薬を飲んだ。
だが——
帰宅すると、ミオたちは消えていなかった。
それどころか——透明になっていた。
姿は見えるが、他の人には見えない。
俺の目にだけ、映る。
「リョウくん、おかえり」
ミオたちは、笑顔で迎えてくれた。
「私たち、もうずっと一緒だよ」
「誰にも、離せないよ」
俺は、床に崩れ落ちた。
「……もう、やだ……」
ミオたちは、俺を囲んだ。
「大丈夫、リョウくん」
「私たちがいるから」
「ずっと、ずっと、一緒だよ」
9
それから一ヶ月後。
俺は、精神科の病院に入院していた。
部屋で、ぼんやりと天井を見つめている。
ミオたちは、今も病室にいる。
透明で、俺にだけ見える。
「リョウくん、今日も頑張ろうね」
「……うん」
俺は、もう抵抗する気力もなかった。
ミオたちと、一緒にいる。
それが、俺の日常になった。
ある日、看護師がスマホを持ってきた。
「高橋さん、SNSのメッセージが溜まってますよ」
俺は、スマホを受け取った。
画面を開くと——新しい通知があった。
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メッセージが届いている。
「愛されるって、重いよね。でも、君は優しいから——受け止めちゃうんだ」
俺は、スマホを落とした。
ミオたちが、一斉にこちらを向いた。
全員が、微笑んでいる。
「リョウくん、誰からのメッセージ?」
「……誰でも、ない」
ミオたちは、少し不安そうな顔をした。
「リョウくん、他の人とメッセージしないでね」
「私たちだけを、見ててね」
「ずっと、ずっと、一緒だから」
俺は——もう、笑うことも、泣くこともできなかった。
ただ、ミオたちに囲まれて、生きている。
それだけだ。
【Episode 02:終】
次回予告
Episode 03:#誹謗中傷されたら自分が増殖した
「悪気のない一言が、誰かの全てを壊す」
#消せないリプライ Season 1
@anataは、今日もあなたを見ている
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