#消せないリプライ —SNSホラー短編集— 忘れた罪は、誰かの記憶に残り続ける

ソコニ

第1話#炎上させたら家の前にいた


1

深夜2時。

スマホの画面が俺の顔を青白く照らしている。

「マジでありえねぇ」

俺——佐藤ユウタは、さっき行った居酒屋のレビュー欄に指を走らせていた。

『魚将』最悪でした。店員の態度が横柄で、注文したものが20分経っても来ない。客を客と思ってない。二度と行きません。★1

投稿ボタンを押す。

これは嘘じゃない。本当にムカついたんだ。

あの店員——40代くらいのおばさん——は俺が「すみません」って呼んでも無視した。

俺が悪いわけじゃない。

正当な批判だ。

でも、それだけじゃ弱い。

俺は匿名掲示板を開いた。

【悲報】〇〇駅前の居酒屋『魚将』、接客最悪すぎて草

スレを立て、さっきのレビューのスクショを貼る。

それから、別のアカウントで自分のスレに書き込む。

「これマジ? 俺も行ったことあるけど確かに感じ悪かった」

「やばすぎて草」

「衛生管理とかも怪しそう」

自作自演だが、誰にもバレない。

こうやって少しずつ盛り上げていけば、自然と他の奴らも乗ってくる。

そして——案の定、30分後にはスレが伸び始めた。

「俺も昔行ったけど、マジで態度悪かったわ」

「料理も微妙だった気がする」

「保健所に通報したほうがいいレベル」

俺はニヤリと笑った。

正義は俺にある。

悪い店が淘汰される。それだけのことだ。


2

翌朝、スマホを見ると通知が爆発していた。

昨日のスレが「まとめサイト」に転載され、Xでも拡散されている。

『魚将』の名前がトレンド入りしていた。

「魚将、最悪らしいな」

「あそこ潰れるんじゃね」

「接客業やる資格ないだろ」

俺は少しだけ胸が痛んだ。

——いや、これは店が悪いんだ。

俺は正しいことを言っただけ。

大学への道すがら、コンビニでコーヒーを買う。

レジの店員が俺を見て、少し表情を曇らせた気がした。

「……気のせいか」

昼休み、友人の田中が話しかけてきた。

「なあ、お前昨日魚将行ったんだって?」

「ああ、最悪だったわ」

「それがさ、今朝ニュースで見たんだけど、あの店の店員が一人解雇されたらしいぞ」

「……マジで?」

「シングルマザーで、子ども育てながら働いてたって。ネットで叩かれて、店が責任取る形で切ったらしい」

俺の手が止まった。

「それって……あのおばさん?」

「知らんけど。まあ、お前が悪いわけじゃないけどな」

田中はあっけらかんとそう言って、別の話題に移った。

でも、俺の頭の中には「シングルマザー」という言葉だけが残った。

——いや、待て。

あのおばさんが悪いんだ。

態度が悪かったのは事実だし、俺は何も間違ってない。

そう自分に言い聞かせた。


3

その日の夜、俺は自宅のアパートに戻った。

玄関のドアを開けようとして——違和感に気付いた。

誰かがいる。

玄関の前に、小学生くらいの男の子が立っていた。

青いジャンパーを着て、俯いている。

動かない。

「……おい」

声をかけても、反応がない。

「どうした? 迷子か?」

近づくと、少年がゆっくりと顔を上げた。

無表情。

瞬きもしない。

ただ、じっと俺を見つめている。

「……なんだよ」

少年は何も言わず、右手に持った紙を俺に差し出した。

紙には、震える字でこう書かれていた。

『お母さんが死にそう』

俺の背筋に冷たいものが走った。

「お前……誰の子だよ」

少年は答えない。

ただ、俺を見つめ続けている。

その視線が、妙に重い。

「……ふざけんな。帰れよ」

俺はドアを開けて、中に入ろうとした。

だが——少年は、いつの間にか俺の後ろにいた。

「は?」

振り向くと、少年は玄関の内側に立っていた。

いつ入ってきた?

「おい、勝手に入るなよ!」

少年は無言のまま、リビングへと歩いていく。

俺は慌てて追いかけた。


4

少年はリビングの隅に座り込み、じっと俺を見つめていた。

「……なんなんだよお前」

俺は警察に電話しようとスマホを取り出した。

だが、画面には何も表示されない。

電波は立っているのに、通話ができない。

「おい、お前何したんだよ!」

少年は答えない。

ただ、紙を持ったまま、俯いている。

俺は少年の肩を掴もうとした——その瞬間、少年の手が冷たかった。

氷のように冷たい。

「うわっ!」

思わず手を引っ込めた。

少年はゆっくりと顔を上げ、俺を見た。

その目は、涙で濡れていた。

でも、泣いてはいない。

ただ、涙だけが流れている。

「……やめろ」

俺は後ずさった。

少年は立ち上がり、俺に近づいてくる。

一歩、また一歩。

「来るな!」

俺は叫んだ。

だが少年は止まらない。

俺の目の前まで来て——紙を突きつけた。

『お母さんが死にそう』

「知るかよ! 俺のせいじゃねえ!」

俺は少年を押しのけようとした。

でも、手が少年をすり抜けた。

「え……?」

少年は、そこにいるのに、触れられない。

俺の心臓が激しく鳴り始めた。


5

その夜、俺は一睡もできなかった。

少年は、ずっとリビングにいた。

俺が寝室に逃げ込んでも、気付くと枕元に座っている。

無言で、俺を見つめている。

瞬きをしない。

呼吸もしない。

ただ、そこにいる。

「……消えてくれ」

俺は震える声で呟いた。

少年は、初めて口を開いた。

「……お母さんが、死にそう」

掠れた、小さな声。

「俺は……俺は何も悪くない……」

「お母さんが、死にそう」

「俺は正しいこと言っただけだ!」

「お母さんが、死にそう」

同じ言葉を、繰り返す。

俺は頭を抱えた。

「やめろ……やめてくれ……」

そして——少年は、初めて笑った。

口角だけが上がる、不自然な笑み。

俺は鏡を見た。

そこに映る自分の目が——少年の目に変わっていた。

「うわああああああ!」

俺は鏡を叩き割った。

だが、割れた破片の全てに、少年の目が映っている。


6

翌朝。

俺はスマホを確認した。

Xのタイムラインに、新しい投稿が流れていた。

【拡散希望】〇〇大学の佐藤ユウタ、居酒屋を炎上させてシングルマザーを解雇に追い込んだ件

投稿者の名前を見て、俺は凍りついた。

投稿者:佐藤ユウタ(@yuta_sato)

俺のアカウントだ。

でも、俺は投稿していない。

スレッドには、俺の顔写真、学生証、住所まで晒されていた。

「最低だな」

「こいつのせいで母子家庭が崩壊した」

「許せない」

リプライが止まらない。

俺は震える手でスマホを持ち、削除しようとした。

だが、削除ボタンを押しても、投稿は消えない。

それどころか——新しい投稿が自動で追加されていく。

「俺は何も悪くない」

「正義は俺にある」

「あのおばさんが悪いんだ」

俺が心の中で思っていたことが、全て投稿されている。

「やめろ……やめてくれ……」

リビングを見ると、少年がいた。

少年は、紙を持っている。

今度は、違う文字が書かれていた。

『ありがとう』

少年は、笑っている。

そして——消えた。


7

それから数日後。

俺は大学に行けなくなった。

SNSは炎上し続け、家にも嫌がらせの電話が来る。

ある日、ニュースを見た。

『魚将』元従業員の女性、自殺未遂

俺の手が震えた。

画面には、あのおばさんの顔が映っていた。

そして、その隣には——少年がいた。

テレビの中の少年が、こちらを向いた。

笑っている。

俺は、スマホを見た。

新しい通知が来ていた。

@anataがあなたをフォローしました

メッセージが届く。

「正義を振りかざすのは、気持ちいいよね。次は誰?」

俺は、スマホを投げ捨てた。

だが、画面は消えない。

部屋の全ての鏡に、少年の顔が映っている。

笑っている。

ずっと、笑っている。


【Episode 01:終】


次回予告

Episode 02:#既読スルーしたら彼女が物理化した

「ファンの愛は、どこまでも重い」


#消せないリプライ Season 1 

@anataは、あなたを見ている

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る