第40話 元窓際族のおっさん、王国最強騎士団長相手に無双する

 ――――鋭い殺気が空気を裂いた。





「ならば……フランツよ。お前には死んでもらうぞ」





 ガルドの剣先が鋭く俺を睨んでいた。

 鋼鉄のように冷たいその眼差しに恨みと野心。そして焦りがにじんでいる。


「俺はまだ死ぬわけにはいかない」


 俺は静かに答え、ゆっくりと愛剣の柄に手を添えた。


「なぜなら、守りたい仲間がいるからだ」


 一瞬、後ろで控えていた3人のヒロインたちが息を呑む音が聞こえた。



「ちゃんと……あたしたちのことを大切に思ってくれてるのね」



 レイナが顔を赤らめ、わずかに視線を逸らす。



「フランツさんがそこまで言ってくれるなら……わたしは最後まで戦う」



 リリアが口元を引き締め、鋭い眼差しでガルドを睨みつける。



「わ、わたしも……フランツさんと……仲間として、一緒に……」



 マリーが震える声でそう言いながら、それでも小さく頷いた。




 だが、俺は手のひらを開き3人を制する。




「悪いが……これは俺の戦いだ。誰も手を出さないでくれ……すまん」

「でも、フランツさん……!」

「俺が決着をつける」


 それだけを言い、ゆっくりと前へ出る。

 この戦いはただの剣技の勝負ではない。




 俺とガルド―――過去からの因縁と信念のぶつかり合いでもある。




「ふん。自分が勝てると思っているのか? この道化が」


 ガルドが鼻を鳴らし、剣を構える。

 騎士団長として、何百という戦場をくぐり抜けてきたその技量は確かに本物だ。





 だれがこの国最強か。





 その質問を民にすれば必ず返ってくるだろう。





 ――――騎士団長、ガルド・ロシュバーン。その人だと。




 だが――――。




 俺もまた誰よりも多くの命を見てきた。救ってきた。守ってきた。

 その豊富な経験が、苦労が、俺の強さだ。


「行くぞ、ガルド!」


「来い、フランツ!」




 ――――刹那の静寂。




 そして、次の瞬間には鋼と鋼が激しくぶつかり合っていた。


「す、すごい風圧だわ……」


 火花が散り、剣と剣が何度も交差する。


「は、速すぎて見えないです……」

「この戦いを見て思ったよ。わたしはやっぱまだまだなんだってことを……」


 騎士団長として鍛え抜かれたガルドの剣筋は鋭く、力強い。

 間合いも的確で、一撃ごとの重みが違う。



 だが――――俺の剣は、理と経験で構築された“守りの剣”。



 力ではなく、確実に相手の攻撃をいなし、隙を突く。


「ほう……なかなかやるな! 万年窓際族のクセにそこらへんの騎士よりもよっぽど強いぞ」

「毎日、鍛錬していたからね。ほら、歳を取ると身体に脂肪がつきやすくなるだろ。だから、毎日身体を動かして豚になるのを予防しているんだ」



 俺のそのセリフに対してクスっと笑う3人。



「フランツさんが太るなんてありえないわ!」

「その鍛え上げられた身体はブヨブヨになることは決してない。なりそうだったらわたしと一緒にトレーニングだ」

「みなさん。真剣な勝負なんですからもう少し真面目に……」



 マリーの言うことは正論だ。

 だが、これだけ無駄口を叩けるほど俺には余裕があるんだとそう示すことができた。

 このことによりガルドにプレッシャーをかけることができるはずだ。



「どうでもいい話ができるくらいには余裕があると言いたげだがそうもいかんぞ!」


 ガルドが剣を振り払い、笑う。


「ふっ、少し軸がぶれたな」


 だが、その表情は徐々に焦りの色を帯びていた。


 攻め続けているはずなのに、一向に決定打を与えられない。



(なぜだ……! 俺は王国最強だぞ……!)



「自分は王国最強だからフランツごときすぐに倒せると思っていた、とでも言いたげな表情だな」

「――――なに⁉」

「図星か。お前は意外と思っていることが顔に出るタイプだったな!」



 渾身の一撃をここに叩き込む。



「――――ぐはっ……なんだと」


 ガルドは大いに揺らめき動揺する。


「確実に勝てるはずだった。俺は騎士団長なのに……」

「そんなものは関係ない。技術も、実戦経験も、お前に劣ってはいない!」

「黙れええええええっ!!」


 ガルドが大剣を横薙ぎに振るう。


「その行動はちと軽率だな」




 だが、その動きは大きすぎた。




 俺はすかさずその下を潜り抜け、脇腹へ一撃を加える――――が、わずかに剣が浅く入るに留まる。


「クソがっ……!」


 距離を取ったガルドが左手で傷口を押さえながら後退する。


「ふん。お前がこれほどの腕を持っていたとは……」

 

 強がってそう言うが明らかに余裕がなかった。


「俺の腕前を知らなかったのか? 何度も打ち合いをしたことがある仲だというのに」



 そう皮肉を返すと、ガルドはぐっと唇を噛み締めた。



「調子に乗るなよ、フランツ……!」




 再び打ち合いが始まる。




 何度も剣を交わしながら、俺は確信していた。


 ガルドの剣は強い。

 だが、荒い。感情の起伏が激しく、それが剣筋に露骨に表れていた。

 冷静さを失い、怒りと焦りで突っ走っている。




 ――――その分、隙は大きい。




「――――ガルド。お前は確かに強い。だが、剣に心がない」

「なんだとっ……!」


 俺は突き出された剣を回避し、ガルドの背後に回り込む。

 踏み込みの甘さを利用し、肘を切り裂くように一閃。


「ぐっ……!」


 悲鳴とともにガルドの剣が揺らぐ。

 完全にバランスを崩した――――ここが好機だ。


 今ここで攻撃すれば確実にヤツを撃破できる。

 それを悟ったガルドの表情が絶望のものへと変化する。




 だが、俺は一歩引いた。




 剣を振り下ろすこともできた。

 勝利を確実にできた。


 それでも俺は剣を止めた。


「なぜ……! なぜだ! なぜ今攻撃しなかった。勝てただろ! 情けでもかけたつもりか⁉」


 ガルドが憤りの声を上げる。


「お前には、まだやり直せる道がある」

「は……?」


 俺は剣を鞘に収め、真っ直ぐに彼を見た。


「お前は間違っただけだ。欲に負け、野望に憑かれた。だが……本質的にはお前は弱者を守ろうとしていた。俺はそれを覚えてる」

「くだらん気色の悪い理想論を……!」

「違う。これが俺の信じる道だ。たとえ裏切られても、信じたいヤツがいる。だからこそ――――お前を殺したくない」

「…………」


 一瞬、ガルドの顔に迷いが浮かんだように見えた。




 だが――――。




「ふふっ……やはり、お前は昔から正論ばかり吐く理想主義者だな……!」


 その瞬間、ガルドの目に再び狂気が戻る。

 唇が歪み、乾いた笑いが漏れた。


「お前がそんな甘ったれた理想を語ってる間に……私はもう引き返せないところまで来ているのだよ!」

「――――なんだと……?」



 そのとき、背後でレイナが慌てたように息を呑んだ。



「まさか……! いいえ嘘よ! いくらなんでもありえないわ!」


 その顔は青ざめ、震えていた。


 彼女は振り返り、王の私室へと走り出す。


「待て、レイナ! 単独で行くな――――いや、まさか……」

「お父さまが……お父さまが……!」



 そうだ――――ガルドが“引き返せない”という意味。



 それはきっと――――。



「ガルドまさかお前……!」

「フフ……気づいたか、フランツ」



 ガルドが狂ったように笑う。



「そうだ。あの老いぼれなどもう邪魔だったのさ……!」



 俺は……剣を再び抜いた。


 そして、ゆっくりと……確実に一歩を踏み出した。


「お前は……本当に外道に落ちてしまったようだな。もう引き返すことすら叶わんぞ」

「そうだよ、私はもう人の道を外れたのだ。だったら――――このまま突き進むしかないだろうっ!」

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