第18話
アリストンの町は、突然の出来事にパニックに陥っていた。
空の王者、Bランクモンスターのグリフォンが、二頭も、町の真上を旋回し始めたからだ。
「うわあああ! グリフォンだ! なぜ、こんな町の中心に!」
「魔物襲来だ! ギルドに知らせろ! 冒険者を呼べ!」
「いや、あれはBランクだぞ! 誰が戦えるんだ!」
門番の兵士が、慌てて警鐘を鳴らし始める。
町中が、阿鼻叫喚の大騒ぎになった。
買い物客は店に逃げ込み、住民は家に鍵をかける。
ギルドからは、武器を持った冒険者たちが飛び出してきた。
その中には、ガレンさんとリーゼさんの姿もあった。
「くそっ! グリフォンの番(つがい)だと!? どういうことだ!」
「こんなの、Aランクパーティーでも、どうやって戦えばいいのよ……」
誰もが絶望的な顔で、空を旋回する二頭の影を見上げていた。
その時、ギルドの扉が、勢いよく開いた。
ドリンさんが、真っ青な顔で飛び出してきた。
「馬鹿者ども! 慌てるな! 陣形を組め!」
ドリンさんは空のグリフォンを睨みつけ、そして、すぐに気づいた。
グリフォンの背中に、何か、見慣れた人影があることに。
「……ん? あれは……。まさか、な……」
二頭のグリフォンは、威嚇する様子もなく、ゆっくりと高度を下げてきた。
そして、ギルドの目の前の広場に、ふわりと優雅に着地した。
砂埃が舞う中、冒険者たちは息をのむ。
やがて、オスグリフォンの背中から、一人の青年がひょいと飛び降りた。
その頭にはスライムが乗っている。
腕には子犬を抱えている。
足元には小さなトカゲが走り回っていた。
「ただいま戻りましたー!」
俺は、ドリンさんに向かって、元気よく手を振った。
広場は、水を打ったように静まり返った。
冒険者も、町の人々も、ドリンさんも、ガレンさんもリーゼさんも、全員が固まっている。
「……あ、あの……ドリンさん? どうかしましたか?」
俺が声をかけると、ドリンさんは、わなわなと肩を震わせ始めた。
その手は、必死に胃薬の小瓶を握りしめている。
「ユウ……殿……」
「お主……今度は……一体、何を、したんだ……?」
「え? 何って、Bランクの依頼を達成してきましたよ」
「これが、頼まれていたグリフォンの卵の殻です。ガンツさん、喜んでくれますかね?」
俺は、背負っていた大きな袋を、ドサリと地面に置いた。
袋からは、最高品質のSランク素材である、卵の殻が山のように溢れ出ている。
「それから、この子たちは、俺の新しい友達です」
俺がそう紹介すると、オスグリフォンが、堂々と胸を張った。
『グギャ!(そうだ! ユウ殿は、我ら夫婦の命の恩人だ!)』
『妻の深刻な栄養失調を、見事に治してくれた! 彼は最高の医者だ!)』
グリフォンの威厳ある声が、広場に響き渡る。
もちろん、他の人には「グギャ!」という鳴き声にしか聞こえていない。
だが、その堂々とした態度と、俺との親密そうな雰囲気は、誰の目にも明らかだった。
「「「……」」」
ドリンさんは、ついに白目をむいて、後ろに倒れそうになった。
ガレンさんとリーゼさんが、慌ててその体を支える。
「ギルドマスター! しっかりしてください! 意識を保って!」
「ま、また、ユウ殿が、我々の想像を、とんでもない方向で超えていった……」
「栄養失調……? 治した……?」
「あのFランク、グリフォンを『健康診断』しに行ったって、本当に言ってたぞ……」
「しかも、手なずけて帰ってきたぞ……」
「いや、あれはテイムじゃない……『友達』だ、って言ってる……」
冒険者たちが、ざわざわと囁き合っている。
俺は、そんな周囲の混乱には気づかず、グリフォン夫婦に向き直った。
「今日は、ここまで送ってくれて、本当にありがとうございました」
「奥さん、特製ペースト、ちゃんと毎日食べるんですよ」
『グギャ!(ああ、分かっている! ユウ殿、本当にありがとう!)』
『また、いつでも定期検診に来てくれ! 歓迎するぞ!』
「はい! また近いうちに、様子を見に来ますね!」
グリフォン夫婦は、満足そうに頷くと、再び翼を広げた。
そして、アリストンの人々が呆然と見守る中、優雅に大空へと帰っていった。
町の上空を二、三回旋回し、挨拶のように一声鳴いてから、西の山へと消えていった。
俺は、卵の殻の袋を担ぎ直した。
「さて、と。ガンツさんのところに、これ、届けに行かないと」
俺がギルドに入ろうとすると、受付のお姉さんが、泣きそうな顔で引き止めた。
「ゆ、ユウさん! あ、依頼達成、おめでとうございます! 報酬は、えーっと……」
「Sランク素材の、大量納品……Bランク依頼の特殊達成……」
「あ、ああ、もう! ギルドマスターの許可も取ります! これ、金貨二十枚です! お願いですから、今日はもう、休んでください!」
お姉さんに、すごい勢いでお金の袋を渡された。
「え? 金貨二十枚も! こんなにもらえるんですか? やったー!」
俺が素直に喜んでいると、ギルドの柱の陰から、ガンツさんがひょっこり顔を出した。
彼は、さっきからずっと、様子をうかがっていたらしい。
「ユウ殿! よくやった! やはりお主は持っている!」
「その殻だ! わしが求めていた、純粋な魔力触媒!」
ガンツさんは、子供のように目を輝かせて、卵の殻を一枚一枚、愛おしそうに撫でている。
「よし、これとルビ殿の炎があれば、わしの最高傑作が、また生まれるぞ!」
「それはよかったです。ルビ、また火力調整、よろしくな」
『うん! まかせて! わたし、もっと強くなる!』
こうして、俺はまたしても、ギルドと町に大きな衝撃を与えてしまったらしい。
アリストンでは、「Fランク飼育員ユウ、空の王者グリフォンと友達になり、専属の栄養士になる」という、新しい伝説が爆誕した。
俺は、そんなこととは露知らず、もらった金貨の重みを確かめていた。
「さて、みんな。このお金で、何を買おうか」
「クマ子のために、専用の巨大なブラッシングブラシを、ガンツさんに特注するのもいいかもしれないな」
『わーい! ごはん! ごはん!』
『おやつ! ユウ、わたし、お肉がいい!』
『(ぷるぷる! ぷるるる!)』
俺たちの別館での生活は、ますます賑やかになっていきそうだ。
次の更新予定
毎日 17:10 予定は変更される可能性があります
動物園の飼育員さん、神様の手違いで死んだので、代わりに最強の魔物たちを育てることになりました~言語理解スキルで会話できるので、子育ては楽勝です~ ☆ほしい @patvessel
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。動物園の飼育員さん、神様の手違いで死んだので、代わりに最強の魔物たちを育てることになりました~言語理解スキルで会話できるので、子育ては楽勝です~の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます