第13話
俺は初めて稼いだ報酬、銅貨五枚をしっかりと握りしめていた。
これは、記念すべき俺の第一歩だ。
「よし、みんな。これで美味しいものを買いに行こう」
俺は急いで別館に戻り、ルビたちに無事の帰還を報告した。
『わーい! ごはん、ごはん!』
『ユウ、おかえりなさい! 待ってたよ!』
『どんなごはんを買ってくれるの? わたし、お肉がいいな!』
三匹が、俺の足元で喜びの声を上げる。
中庭にいたクマ子も、そわそわしながらこちらに顔を向けた。
『ごしゅじんさま、わたしも、お肉が食べたいです!』
みんなの熱い期待が、ずっしりと俺の肩にのしかかる。
「任せておけ、一番いい肉を買ってくるからな」
俺はみんなの頭を撫でて、再び市場へと向かった。
銅貨五枚という予算で、買えるだけの食材を探す。
市場は、活気のある声で満ちあふれていた。
「新鮮な肉だよ、どうだい兄ちゃん!」
「はい、それ、ください。あと、みんなで食べられる木の実も欲しいです」
俺は、できるだけ量が多くて栄養のありそうな食材を選んだ。
新鮮な獣の肉と、栄養価の高そうな硬い木の実を袋いっぱいに買うことができた。
別館に戻ると、みんなが入り口で今か今かと待っていた。
俺は、さっそく調理の準備を始める。
「クマ子の分は、特別大きくしないとな」
肉の焼ける香ばしい匂いが、部屋いっぱいに広がった。
『うわー! すごく、いいにおいがする!』
『はやく、はやくたべたい! お腹すいたー!』
『ごしゅじんさま、わたしのぶん、絶対に大きく切ってくださいね!』
みんなの興奮が、調理する俺にも伝わってくる。
俺は特製の肉料理と、硬い実をすり潰したペーストを、みんなの前に並べた。
三匹と一頭は、夢中になって料理に食らいついた。
その素晴らしい食べっぷりは、見ていて本当に気持ちがいいものだ。
「ははは、ゆっくり食べろよ。まだたくさんあるからな」
みんなが満足そうに喉を鳴らしてくれて、俺も心の底から嬉しくなった。
動物たちのお世話をする飼育員として、これ以上の喜びはない。
次の日、俺はもっと稼ぐために、再び冒険者ギルドを訪れた。
今日は、コロも一緒に連れてきている。
ぷるんは、もちろん俺の頭の上が定位置だ。
ギルドの重い扉を開けると、中にいた冒険者たちが遠くから俺たちを見ている。
「おい、見ろよ。昨日の魔力ゼロのFランクだぞ」
「あの連れている犬、本当にただの子犬か? なんだか、空気がピリピリするぞ」
「頭に乗ってるスライムも、昨日より一回り大きくなってないか?」
みんなのヒソヒソ話が、俺の耳にも聞こえてくる。
俺はそれを気にせず、受付カウンターへまっすぐ向かった。
受付には、ちょうどドリンさんがいた。
彼は俺の顔を見ると、あからさまに自分の胃を押さえた。
「……ユウ殿。おはよう。今日は、その子犬も一緒なのか」
「はい。コロにも、ギルドの雰囲気に慣れておこうと思いまして」
『ユウ、ここは、ごはんをたべるところ? いろんな匂いがする』
コロが、不思議そうに首を傾げる。
その愛らしい仕草に、周囲のいかつい冒険者たちの空気が少しだけ緩んだ。
「ドリンさん、今日も仕事を紹介してください」
「う、うむ。そうだな……」
ドリンさんは、壁に貼られたたくさんの依頼書を真剣な顔で眺めている。
「これなんかは、どうだ? 『ウールシープの毛』を採取してくる依頼だ」
「ウールシープ、ですか?」
「ああ。とても臆病な羊の魔物だ。だが、群れで暴れると手が付けられん」
「なるほど、毛を刈ってくるんですね。面白そうです」
俺は、動物園で羊の毛刈りをしていた頃を思い出した。
羊の毛刈りは、なかなかコツがいる作業なんだ。
「よし、その依頼、引き受けます」
「そうか。場所は、町の西にある広い草原だ。気をつけて行けよ」
ドリンさんは、俺に簡単な地図を渡してくれた。
俺はコロとぷるんを連れて、教えられた西の草原にやって来た。
見渡す限り、緑の草が地平線まで広がっている。
ここは、とても気持ちがいい場所だ。
遠くに、白い毛玉のようなものがたくさん動いているのが見えた。
あれが、目的のウールシープの群れだろう。
「よし、コロ、ぷるん。ご挨拶に行ってみるぞ」
俺たちがゆっくりと近づいていくと、ウールシープたちが一斉にこちらを向いた。
そして、俺の姿をはっきりと認めると、すぐにパニックになった。
『に、にんげんだー!』
『こわい! 食べられちゃうかもしれない!』
『みんな、はやくにげろー!』
群れが、一斉に逃げ出そうとする。
これはいけない、と俺は思った。
群れがこのまま暴走したら、怪我をする羊が出るかもしれない。
「あー! 皆さん、待ってください! 私は、怖くありませんよ!」
俺は、言語理解のスキルを使って大声で呼びかけた。
『え?』
ウールシープたちの動きが、ぴたりと止まった。
彼らは、とても不思議そうな顔で俺を見ている。
『い、いま、声が聞こえた?』
『にんげんが、わたしたちの言葉を話した……?』
「そうです! 俺はユウといいます。君たちと、お話しができます」
俺が笑顔でそう言うと、ウールシープたちは恐る恐る、こちらに近づいてきた。
群れの中から、一番年寄りらしく立派な角を持った羊が前に出てくる。
『にんげんよ。本当に、わたしたちと話せるというのか?』
「はい。できますよ。俺は、動物のお世話をする飼育員なんです」
「今日は、君たちに特別なお願いがあって来ました」
『わたしたちに、お願い?』
「はい。その毛が、とても立派ですね。少し、分けてもらえませんか?」
俺がそう言うと、ウールシープたちは不安そうに顔を見合わせた。
『け、毛をだって? やっぱり、毛皮にする気なんだわ!』
『こわい! いやー!』
群れが、またパニックになりそうになる。
「あ、違います、違います! 毛皮になんてしません!」
俺は慌てて、両手を大きく振った。
「ほら、皆さん、その毛、すごく伸びて暑くないですか?」
俺の言葉に、羊たちは「うっ」と言葉を詰まらせた。
『そ、それは……確かに、最近すごく暑くて、蒸れるのよね……』
『毛が絡まってしまって、歩きにくいのも事実だわ……』
「でしょう? だから、俺がブラッシングしてあげますよ」
「いらない古い毛だけを、きれいに梳いてあげるんです。とても気持ちいいですよ」
『ぶ、ブラッシング? なに、それ?』
ウールシープたちは、初めて聞く言葉に戸惑っている。
「百聞は一見にしかず、ですね。コロ、ちょっとお手本を見せてくれるか?」
『うん、わかった!』
俺は、さっきの年寄り羊の前に立った。
「コロ。この方の背中を、君の爪で優しく梳いてあげて」
『はーい! 任せて!』
コロはぴょんと、年寄り羊の背中に飛び乗った。
羊は一瞬びくっと体を震わせたが、動かなかった。
コロは、背中の一番気持ちよさそうな場所を見つける。
そして、あの森の熊の爪を砕いた、鋭い爪をそっと立てた。
『ひっ!?』
羊が、小さな悲鳴を上げそうになる。
だが、コロの爪は、皮膚に触れるか触れないかの絶妙な力加減で、毛を梳き始めた。
サリ、サリ、と心地よい音だけが草原に響く。
『……ん?』
『あ……。ああっ……!』
年寄り羊の体から、緊張していた力が抜けていく。
『き、きもちいい……。なにこれ、すごく気持ちいいわ……』
コロの爪さばきは、まさに完璧だった。
絡まっていた毛が優しくほぐれ、古い毛だけが抜け落ちていく。
フェンリルの爪には、毛並みを整え、血行を良くする不思議な効果があるらしかった。
『そこ! ああ、そこよ! もうちょっとだけ右をお願い!』
年寄り羊は、うっとりとした顔で地面に座り込んだ。
それを見ていた他のウールシープたちが、一斉にコロの周りに集まってきた。
『わ、わたしも! わたしもやってもらいたいの!』
『ずるいわよ! わたしが先に決まってるわ!』
『きゃー! 極楽だわー! もう、たまらない!』
コロは、羊から羊へと軽やかに飛び移り、次々とブラッシングしていく。
コロ自身も、なんだかとても楽しそうだ。
俺は、その抜け落ちた毛を、持ってきた大きな袋に集めていった。
「すごいな……。これ、全部、最高品質のウールじゃないか」
毛はきれいに汚れが落ちていて、太陽の光でふわふわと輝いていた。
あっという間に、依頼された量の十倍以上のウールが集まってしまった。
ウールシープたちは、みんな毛並みがツヤツヤになり、満足そうに草を食べている。
『ありがとう、にんげんさん! また絶対に来てね!』
『コロちゃんも、またねー!』
「はい、もちろんです。こちらこそ、ありがとうございました!」
俺は大量のウールを抱えて、ギルドに戻ることにした。
ギルドの受付カウンターは、大変な騒ぎとなった。
俺が持ち込んだウールの袋が、カウンターの上に山積みになったからだ。
「ゆ、ユウさん……。これ、本当に全部、ウールシープの毛、ですか?」
受付のお姉さんが、震える声で俺に尋ねてきた。
「はい。みんなが喜んで、たくさん分けてくれました」
「し、しかも、全部傷一つない、最高品質の……Sランクウールです……」
「依頼は『5キロ』でしたが、これ、どう見ても『50キロ』はありますよね……?」
「え、そうですか? あまりにもみんなが気持ちよさそうだったので、つい夢中になって」
お姉さんは、その場に座り込んで泣きそうになっていた。
奥からドリンさんが出てきて、そのウールの山を見て、またもや胃を押さえていた。
「……ユウ殿。お主、一体、どうやってこれを採取したんだ……」
「いえ、コロがブラッシングしただけですよ。みんな、喜んでました」
「……そうか。ブラッシング、か……」
ドリンさんは、力なく天井を仰いだ。
俺は、依頼達成の報酬として、金貨一枚(銅貨百枚分)という大金を受け取った。
「やったぞ、コロ、ぷるん! これで美味しいものが、いっぱい買えるぞ!」
俺の冒険者、いや、飼育員としての生活は、とても順調に進んでいた。
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