第12話

次の日の朝、俺は一つの大事な事実に気づいた。

俺は、お金を持っていない。

この別館はタダで借りられている。

今のところ食料も、森で調達できている。

でも、この先ずっとというわけにはいかないだろう。

ちゃんとした寝具とか、調理器具とか、買いたいものもたくさんある。

それに、クマ子の食費も馬鹿にならなそうだ。

あいつ、中庭の木の皮を、全部はいで食べていたし。

ルビやコロの、栄養も考えないといけない。

「よし、ドリンさんに相談しに行こう」

俺は三匹(と一頭)に留守番を頼んだ。

ギルドへと、一人で向かった。

クマ子には『中庭の石以外は食べちゃダメだぞ』と、強く言っておいた。


「おはようございます、ドリンさん」

ギルドの執務室を、そっと訪ねた。

「……おお、ユウ殿か。どうした? また何か……いや、なんでもない」

ドリンさんは、俺の顔を見て一瞬固まった。

「今日は、クマ子は一緒じゃないんだな」

彼は、俺の背後を確認して、少しほっとした顔をした。

「はい。あの、ドリンさん。俺、働きたいんですが、何かいい仕事はありませんか」

「仕事?」

「はい。この町で、何か飼育員みたいな仕事ってありませんか?」

俺がそう言うと、ドリンさんは大きなため息をついた。

「飼育員、か……。お主の世話する『動物』のレベルが、高すぎてな……」

「そうですか?」

「この町どころか、この国にも、そんな仕事はないと思うぞ……」

「ええー、そうなんですか。困ったな……」

俺がしょんぼりしていると、ドリンさんは「うーむ」と唸り、何かを考え始めた。

「……待てよ。ユウ殿。お主、スキルで魔物と話せるんだったな?」

「はい。【万物言語理解】です。植物とも話せますよ」

「それだ! それなら、『素材採取』の依頼はどうだ?」

「素材採取、ですか?」

「うむ。ギルドには、森から特定の薬草や、魔物の素材(毛皮や牙など)を取ってくる依頼がたくさんある」

「はい」

「普通は魔物を倒して、素材を剥ぎ取るんだが……」

「あ、なるほど!」

俺は、手を打った。

ドリンさんの言いたいことが、すぐに分かった。

「魔物さんにお願いして、『その毛皮、少し分けてくれませんか?』とか、交渉すればいいんですね!」

「……まあ、そういうことだ。お主なら、できるかもしれん」

ドリンさんは、ちょっと遠い目をしていた。

でも、俺にとっては天職かもしれない。

動物たちと交渉して、素材を分けてもらう。

平和的で、素晴らしい仕事だ。

「それなら、まずは冒険者登録をしろ。ギルドの依頼として、正式に受けられるようになる」

「はい! お願いします!」


俺は受付カウンターに連れて行かれた。

受付のお姉さんは、俺の顔とドリンさんの顔を交互に見た。

少し、緊張しているようだった。

「え、えーっと、ギルドマスターのご紹介ですね。ユウ様。では、こちらの水晶に手を触れて、魔力測定をお願いします」

俺は言われた通り、水晶玉に手を触れた。

しかし、水晶はうんともすんとも言わない。

ぴかっとも光らなかった。

「あれ? すみません、反応しないみたいです」

「え? あ……はい。魔力、ゼロ、ですね……。戦闘能力、なし、と」

お姉さんは、困惑しながら書類に何かを書き込んでいる。

周りで見ていた冒険者たちが、くすくすと笑い始めた。

「おい、ギルドマスターの紹介だから、どんな大物が来たかと思えば」

「魔力ゼロのFランクだってよ。ひどいな」

「まあ、ギルマスも物好きだな」

「えっと……ランクは一番下のFランクからのスタートになります。職業は……テイマー、でよろしいですか?」

「いえ、俺は飼育員です」

「……しいく、いん……?」

お姉さんは、聞いたこともない職業に、首を傾げた。

「はい。動物のお世話をする仕事です」

「……(ドリンさんの方を見る)」

ドリンさんは、こくりと頷いた。

「わ、分かりました……。職業、飼育員……。はい、登録完了です。こちらがギルドカードになります」

こうして俺は、異世界で「Fランクの飼育員冒険者」としてデビューすることになった。

ドリンさんは、「(よしよし、魔力ゼロなら変に目立たんだろう)」と、満足そうに頷いていた。


俺はさっそく、一番簡単だという薬草採取の依頼を受けることにした。

「森に生えている『月光草』を5本」という内容だ。

報酬は銅貨5枚。

よし、頑張るぞ。

俺はぷるんだけを頭に乗せて、森にやってきた。

ルビやコロ、クマ子がいると、他の魔物が怖がってしまう。

交渉どころじゃなくなるかもしれないからな。

「さて、と。薬草さーん、月光草さーん、どこですかー?」

俺がスキルで呼びかけると、すぐに返事があった。

『はーい! こっちにいまーす!』

『でも、ちかくに、こわーいイノシシさんがいて、でられませーん!』

声がする方へ行くと、綺麗な白い花(月光草)が、茂みのかげで震えていた。

そして、その前には、牙の生えた巨大なイノシシ(ワイルドボア)が、鼻をフンフン鳴らしている。

どうやら、この辺りが縄張りらしい。

ワイルドボアは俺に気づくと、目を赤くして威嚇してきた。

『グルルル! ニンゲン! オレノナワバリ、ハイル! クウ!』

「あ、どうも、こんにちは。すみません、そこの月光草さんを、ちょっとだけ採らせてもらえませんか? すぐに帰りますから」

俺は笑顔で、交渉を試みた。

『ダマレ! オマエハ、エサダ!』

ワイルドボアは、そう叫ぶと、俺に向かって猛然と突進してきた。

すごい迫力だ。

でも、俺は慌てない。

「ぷるん。あのイノシシさんの足元に、ちょっとだけ、ネバネバするやつ、お願いできるか?」

『はーい! まかせて!』

俺の頭の上から、ぷるんがぴょんと飛び降りた。

そして、突進してくるワイルドボアの進路上に、青い粘液をぺちゃっと吐き出した。

ワイルドボアは、それに気づかない。

粘液の上に、思いっきり踏み込んだ。

ズベシャッ!

「グエッ!?」

ワイルドボアは、見事に足を取られた。

そのままの勢いで地面を滑り、盛大にすっ転んだ。

そして、慌てて起き上がろうとする。

だが、足が粘液に張り付いて、もがいている。

『な、なんだこれ!? あしが! あしが、うごかない!』

「すみませんね。ちょっと通りますよ」

俺はワイルドボアの横を通り過ぎ、月光草さんのところへ行った。

「ごめんね、怖かったね。5本だけ、いただきます」

『は、はい! どうぞ! たすけてくれて、ありがとう!』

俺は丁寧に月光草を採取した。

振り返ると、ワイルドボアがまだもがいていた。

あれじゃあ、他の魔物に襲われちゃうかもしれない。

それは、いくらなんでも可哀想だ。

「ぷるん。あのネバネバ、どうやったら取れるんだ?」

『んー? あれはね、みずじゃおちないよ。でも、ぷるんがたべたら、すぐきれいになる!』

「そうか! じゃあ、お願いできるか?」

『はーい!』

ぷるんはぴょんぴょんと跳ねて、ワイルドボアの足元に行った。

そして、自分の出した粘液を、ぺろぺろと食べ(吸収し)始めた。

ワイルドボアは、その光景を見て、恐怖で真っ青になっている。

『ひいっ!? や、やめろ! スライムが! スライムが、オレのあしをたべてる! とける! あしがとけるぅぅぅ!』

ワイルドボアは、あまりの恐怖に白目をむいた。

そのまま、気を失ってしまった。

ぷるんは、きれいに粘液を回収し終え、満足そうに戻ってきた。

『ごちそうさま!』

「あれ? 寝ちゃった。まあ、いいか。よし、ぷるん、帰るぞ」

俺は月光草を手に、ギルドへと戻った。

受付のお姉さんは、俺がこんなに早く戻ってきたので驚いていた。

「あ、ユウさん。もう終わったんですか? ……あれ? 薬草、すごく状態がいいですね」

「そうですか?」

「はい。傷一つないですし、泥もついていない……」

「ええ。イノシシさんにお願いして、無事に採れましたから」

「(イノシシに……お願い……?) は、はい。依頼達成です。こちら、報酬の銅貨5枚です」

俺は、初めて自分の力で稼いだお金を握りしめた。

「やったぞ、ぷるん! これで、みんなのご飯が買えるぞ!」

『わーい!』

俺が喜んでいるのを、ギルドマスターのドリンが、柱の陰からじっと見ていた。

彼は、また胃を押さえていた。

俺の冒険者(飼育員)生活は、こうして始まったのだった。

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