第14話

俺は、金貨一枚という見たこともない大金を握りしめていた。

これだけあれば、みんなにもっと良いものを買ってやれる。

「まずは、調理器具を新しくそろえたいですね」

俺は、ギルドの執務室でドリンさんに相談していた。

「今、石臼でガラクの実を砕いているんですが、あれ、結構大変なんですよ」

「……ガラクの実を、石臼で、砕いている……?」

ドリンさんが、また苦しそうに胃を押さえている。

「もっとこう、頑丈な包丁と、大きな鍋が欲しいんです」

「なるほどな。調理器具か、確かに必要だな」

ドリンさんは、何かを考えるように自分の顎に手をやった。

「それなら、一人、紹介したい男がいる」

「本当ですか! ぜひ、お願いします!」

「うむ。町一番の腕を持つ、鍛冶屋だ。だが、かなりの頑固じじいでな」

「ガンツというドワーフだ。わしの、古い友人でもあるんだ」

「ガンツさん、ですね。すぐに行ってみます!」

ドリンさんは俺に、鍛冶屋が並ぶ通りの場所が書いてある地図をくれた。


俺はさっそく、三匹を連れてその鍛冶屋に向かった。

ルビとコロは、久しぶりの町歩きにとても嬉しそうだ。

ぷるんは、いつも通り俺の頭の上で満足げに揺れている。

クマ子は、さすがに町中を歩かせるのはまずいだろう。

別館で、「中庭の石以外は絶対に食べないように」と、きつく言いつけて留守番させている。

鍛冶屋たちが集まる通りに、その店はあった。

ひときわ大きな金槌の看板が、目印になっていた。

店の中に足を踏み入れると、カン、カン、という金属を叩く高い音と、ものすごい熱気が俺たちを迎えた。

奥にある炉で、背の低いドワーフが、汗だくでハンマーを振るっている。

あれが、ドリンさんが言っていたガンツさんに違いない。

「あの、すみません。ドリンさんの紹介で来ました」

俺が声をかけると、ガンツさんはピタリと手を止めた。

彼は、ギロリと俺を睨みつけた。

その目は、獲物を狙う鷹のように鋭い。

「……ドリンの紹介だと? ふん。何のようだ、小僧」

「あ、あの、頑丈な鍋と包丁が欲しくて、伺いました」

「鍋と包丁だと?」

ガンツさんは、俺の足元にいるルビとコロ、そして頭のぷるんを見て、鼻で笑った。

「帰れ。魔物連れのガキに、売るもんは何もねえ」

「そんな、ひどいじゃないですか!」

「うちはな、戦士のための剣や鎧を作る、本物の鍛冶屋だ」

「魔物の餌を作るための鍋なんぞ、そこらで売ってる安物で十分だろうが」

ガンツさんは、そう吐き捨てて、俺に背中を向けてしまった。

「違います!」

俺は、思わず大声を出していた。

「安物の鍋じゃ、ダメなんです!」

「……なに?」

ガンツさんが、ゆっくりとこちらを振り返る。

俺は、真剣な顔で彼をまっすぐに見つめた。

「この子たちは、大事な成長期なんです。ガラクの実やシビレ花の蜜を使った、特製のペーストを食べさせているんです」

「石のように硬い実を毎日砕いて、猛毒の花から蜜だけを集めて……」

「それを安全に調理するには、本当に頑丈な道具が必要なんです!」

俺の必死の言葉に、ガンツさんの顔色が変わった。

「……小僧。お前、今、何と言った」

「え? ですから、ガラクの実とシビレ花を……」

「ガラクの実を、調理するだと? まるで石ころだぞ、あれを食わせる気か?」

「いえ、ちゃんと砕いて、食べやすいペーストにしてますよ」

「シビレ花は、触れただけでしびれる猛毒だぞ!」

「花の奥にある蜜だけなら、大丈夫なんです。ルビもコロも、大好きですよ」

ガンツさんは、ゴクリと唾を飲んだ。

彼は俺たち三匹と一人の姿を、じっと観察している。

そして、工房の隅に転がっていた、黒光りする金属の塊を指差した。

「……面白い。そこまで言うなら、試してやる」

「あれを、砕いてみろ。もしできたら、お前の依頼、考えてやらんでもない」

「あれ、ですか?」

それは、ガンツさんがハンマーを振るう作業台よりも大きそうな、無骨な金属の塊だった。

どうやら、鍛冶に失敗したクズ鉄のようだ。

「コロ、ちょっといいか」

俺は、足元のコロを呼んだ。

「あれ、噛み砕けるか? いつものガラクの実より、硬いかもしれないぞ」

『んー? いし? あたらしい、おやつかな?』

コロは、不思議そうに首を傾げた。

そして、その金属の塊にためらいもなく近づくと、ガリッ、と力強く噛みついた。

ものすごい音が、工房の中に響き渡った。

コロが顔を離すと、黒光りする金属の塊に、くっきりとコロの歯形が残っていた。

『んー。かたいだけだね。あんまり、おいしくないや』

コロは、ぺっ、と口の中に入った金属片を吐き出した。

ガンツさんは、その場に固まっていた。

口が、あんぐりと開いたままだ。

「ば、馬鹿な……。わしの作業台よりも硬い、オリハルコンの塊だぞ……」

「それに、歯形を……? あの子犬が、いとも簡単に……?」

ガンツさんの体が、わなわなと震え始めた。

その時だった。

工房の熱気で少し眠くなっていたルビが、小さなくしゃみをした。

『ふぇっくしょん!』

可愛らしい声と共に、小さな火の玉が口から飛んでいく。

火の玉は、ガンツさんの工房の、火が落ちていた炉にまっすぐ飛び込んだ。

ぼっ、と大きな音がして、炉の奥で火が激しく燃え上がる。

炉の中には、ガンツさんがどうやっても溶かせなくて困っていた、謎の鉱石が置いてあった。

ルビの火がその鉱石に燃え移ると、それは、まるで飴のように、ぐにゃりと溶け始めた。

「な……!?」

ガンツさんは、今度こそ腰を抜かしそうになっていた。

「わ、わしの炉の最強の火でも、ビクともしなかった『万年ゴケ鉄』が……」

「い、一瞬で……溶けている……?」

ガンツさんの震えが、ぴたりと止まった。

彼は、ゆっくりと俺たちの前に進み出た。

そして、ドワーフとしての誇りを全て投げ捨てるかのように、深々と頭を下げた。

その勢いは、土下座と言ってもいいほどだった。

「お、御一行様! 本当に、申し訳ありませんでした!」

「ぜひ! ぜひ、わしに、あなた様がたの調理器具を作らせてください!」

「これは、わしの一生のお願いだ! この通り!」

ガンツさんの目は、さっきまでの頑固なものではなかった。

最高の素材(コロの歯形付きオリハルコン、ルビの炎)と、最高の顧客(ユウたち)に巡り合えた、鍛冶屋の目だった。

その目は、子供のように、らんらんと輝いていた。

「え? あ、はい。もちろんです、お願いします!」

俺は、ガンツさんのものすごい気迫に押されながらも、快く承知した。

こうして、俺は町一番の鍛冶屋さんと、友達になることができた。

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