第6話
ガレンさんたちの疲労は、ピークに達しているようだった。
あれから何度も、小さな魔物や動物に遭遇した。
そのたびに、コロが元気よく追い払ったり、ルビが威嚇して火を噴きそうになったりした。
俺はその都度、二人を「こら」と叱った。
ガレンさんたちは、その光景を見るたびに、どんどん顔色が悪くなっていった。
「もう……だめだ……。」
「俺の今までの常識が……ガラガラと壊れていく……」
「伝説の魔獣を……『こら』って叱ってる……。」
「しかも、魔獣が『ごめんなさい』って、反省してる……」
二人は森を抜ける頃には、すっかり燃え尽きたようになっていた。
そして、ついに森の出口が見えてきた。
目の前には、高い石壁に囲まれた、大きな町が広がっていた。
「おおー! あれがアリストンですか! すごい!」
俺は異世界らしい光景に、思わず声を上げた。
ルビもコロも、初めて見る大きな建物に興味津々だ。
『わー! おおきい!』
『ひとがいっぱいいるにおいがする!』
『あのおうち、たかーい!』
三匹が、俺の足元ではしゃいでいる。
俺たちは町の入り口、大きな門へと向かった。
門の前には、屈強な兵士さんたちが二人、槍を持って立っていた。
「止まれ! お、ガレン、リーゼ、無事だったか。」
「……ん? その男と……」
兵士の一人が、俺たちに気づいた。
そして、俺の足元にいるルビとコロ、頭の上のぷるんに気づいた瞬間、顔色が変わった。
「ま、魔物だー! なぜ魔物がこんなところに!」
もう一人の兵士も、慌てて槍を俺たちに向けた。
「ひっ! あ、危ないですよ!」
「槍を向けないでください!」
俺は慌てて三匹を、自分のかげに隠した。
まったく、この世界の人たちは、どうしてこうも生き物に対して攻撃的なんだろうか。
『ユウ、あのぼう、こわい!』
『とがってる! やだ!』
ルビとコロが、俺の後ろで怯えている。
「大丈夫だ、二人とも。俺が守ってやるからな」
俺が二人をなだめていると、ガレンさんが慌てて兵士たちの前に立った。
「ま、待て! 落ち着け!」
「この方々は、俺たちの客だ!」
「客だと!? ガレン、お前、正気か!」
「どう見ても、危険な魔獣だろうが!」
「そ、その魔獣が、ユウ殿の『おとも』なんだ! 害はない!」
「害がない!? あの赤いのはドレイクの幼体だぞ!」
「そっちの白いのは、どう見ても高ランクの魔狼……。」
「頭の上のスライムも、普通じゃない!」
兵士さんたちは、すっかりパニックになっている。
一人が、慌てて門のそばにある鐘を鳴らし始めた。
カーン、カーン、と甲高い音が響き渡る。
町の中が、途端に騒がしくなった。
「え、何ですか? 火事ですか?」
俺がのんきに尋ねると、リーゼさんが泣きそうな顔で答えた。
「ち、違いますよ、ユウさん……。」
「魔物襲来の、警報です……。」
「あなたの、せいですよ……」
「ええー!? なんで!?」
「この子たち、こんなに可愛いのに!」
俺が抗議していると、町の奥から、さらに厳つい鎧を着た、背の低いおじさん……ドワーフ、だろうか? が走ってきた。
彼は立派な斧を、背中に背負っている。
「何事だ! 門の前で騒ぐな!」
「ギルドマスター! こ、こいつらが魔物を!」
兵士が俺を指差す。
ギルドマスターと呼ばれたドワーフのおじさんは、俺と三匹を見た。
そして、ピタリと動きを止めた。
その顔が、みるみる険しくなっていく。
「……ガレン、リーゼ。」
「貴様ら、これはどういうことだ。」
「Sランクの討伐対象を、なぜ町の入り口まで連れてきた」
その低い声には、明らかな怒りがこもっていた。
まずい。
この人が一番偉くて、一番怒っている。
「ぎ、ギルドマスター! 違うんです!」
「この方はユウ殿といって……その……」
ガレンさんが必死に説明しようとする。
だが、言葉がうまく出てこないようだ。
仕方ない。
俺が自分で説明しよう。
「あの、はじめまして。俺はユウと言います。」
「職業は、飼育員です」
「しいくいん……?」
「はい。この子たちは、俺が育てている子供たちです。」
「町に迷惑はかけません。」
「ただ、食べ物とか、住む場所を探しに来ただけで……」
俺が一生懸命説明していると、ルビが俺の足元でくしゃみをした。
『ふぇっくしょん!』
ぽすっ、と小さな火の粉が飛んだ。
その瞬間、ギルドマスターと兵士たちが、蜘蛛の子を散らすように飛びのいた。
「「「うわああああっ!」」」
「あー、こら、ルビ! 危ないだろ!」
「……すみません、この子、ちょっと風邪気味で」
俺がルビの鼻を、持っていた布で拭ってやる。
すると、ギルドマスターは恐る恐る物陰から顔を出した。
彼は、信じられないものを見る目で、俺とルビをじっと見つめている。
「……今……ドラゴンが火を噴いたぞ……」
「え? だから、くしゃみだって言ってるじゃないですか」
「それを……飼育員が……『こら』と……?」
ギルドマスターは、ガレンさんとリーゼさんの方を向いた。
「お前たちが言っていた、『とんでもないの』とは、この男のことか……?」
「「は、はい! まさしく!」」
ガレンさんとリーゼさんが、なぜかビシッと敬礼している。
ギルドマスターは、ふう、と長いため息をついた。
それから、ゆっくりと俺に近づいてくる。
「……ユウ、殿、だったか」
「あ、はい。ユウです」
「わしはこの町の冒険者ギルドをまとめている、ドリンという。」
「……その、『子供たち』は、本当に、お主に懐いているんだな?」
「もちろんです。俺が、親代わりですから」
俺がそう答えると、ドリンさんは何かを決意したように、兵士たちに向き直った。
「門を開けろ!」
「し、しかし、ギルドマスター! 魔物ですよ!?」
「うるさい! この方々は、わしが身元を保証する!」
「アリストンの、大切なお客さまだ!」
「丁重にお迎えしろ!」
「は、はいいい!」
兵士さんたちは慌てて、重そうな門を開け始めた。
え、大切なお客さま?
俺が?
「あ、ありがとうございます、ドリンさん!」
「……礼には及ばん。ただし、ユウ殿。」
「町の中では、決して……その子たちを『遊ばせたり』『くしゃみ』させたりしないでくれ。」
「町の人たちの、心臓がいくつあっても足らん」
「分かりました! ちゃんと言い聞かせておきます!」
俺は三匹に向き直った。
「いいか、お前たち。」
「町の中では、絶対に暴れるなよ? 火も噴くな。」
「いいな?」
『『『はーい!』』』
三匹の元気な返事を聞いて、ドリンさんはまた深いため息をついた。
こうして俺たちは、無事にアリストンの町へと足を踏み入れることになった。
町の人々が、信じられないものを見る目で俺たちを遠巻きにしている。
なんだか、すごく注目されているみたいだ。
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