第7話

俺たちはドリンさんに導かれ、アリストンの町の中を歩いていた。

石畳の道は、とてもきれいに整備されている。

道を行く人々は、俺たちに気づくと目を丸くした。

そして面白いように、サーッと引いていく。

まるで俺たちを中心に、大きな円形の空間ができたみたいだ。


「わあ……すごい人だかりですね」


俺がそう呟くと、ガレンさんが引きつった顔で訂正した。


「……ユウ殿。あれは人だかりではないぞ」

「警戒態勢、というんだ」


そうなんだろうか。

みんな、ずいぶん遠くから俺たちを指差している。

何かヒソヒソと、話し合っているようだった。


「おい、見ろよ。ギルドマスターが直々に、案内してらっしゃるぞ」

「あのトカゲは、本物のドレイクじゃないか。なんで町の中に、あんな化け物が……」

「あの男、平然と頭にスライムを乗せてるぞ。正気なのか、あれは……」

「子犬もいるな。いや、あれは本当に子犬なのか。雰囲気が、尋常じゃないぞ」


人々の不安そうな声は、俺のスキルには入ってこない。

でもその表情は、恐怖と好奇心でいっぱいだった。

まあ、確かにトカゲとスライムと子犬を連れていれば、目立つかもしれない。

動物園でも、ふれあいコーナーはいつも人気だったな。


『ユウ、あの人たち、なんであんなに遠くにいるの?』


コロが不思議そうに、小さな首を傾げた。

その仕草が、とても愛らしい。


「さあな。この町には、恥ずかしがり屋さんが多いのかもしれないな」


『ふーん、そうなの?』


俺が適当に答えると、コロは納得したように前を向いた。

ぷるんは俺の頭の上で、町の景色を楽しそうに見回している。

ぷるぷると、心地よさそうに震えていた。

ルビは少し緊張しているのか、俺の足にぴったりとくっついている。

その小さな体が、小刻みに震えているのが分かった。


「大丈夫だぞ、ルビ。怖くないからな」


俺はルビの頭を、そっと撫でてやった。


やがて、ひときわ大きな建物が、俺たちの目の前に現れた。

立派な木の看板には、剣と盾のマークが描かれている。

ここが冒険者ギルドらしい。


「ここだ。さあ、入ってくれ、ユウ殿」


ドリンさんに促され、俺はギルドの中へと足を踏み入れた。

中は酒場のようになっていて、とても広々としている。

たくさんの冒険者たちが、テーブルを囲んで騒いでいた。

しかし、俺たちが入った瞬間。

さっきまでの騒がしさが、ウソのように消え去った。


しん、と静まり返ったホールには、大勢の視線があった。

全員が、酒ジョッキやナイフを持ったまま、固まっている。

まるで時間が、止まってしまったかのようだ。


「「「……」」」


ものすごい視線が、俺と三匹に突き刺さる。

俺はとりあえず、ぺこりとお辞儀をしてみた。


「お、お邪魔します。森で動物の世話をしています、ユウです」


俺の挨拶に、誰も答えてはくれなかった。

それどころか、何人かがゆっくりと剣の柄に手をかけている。

まずい。

空気が、とてもピリピリしていた。

動物園の猛獣エリアよりも、ずっと緊張感がある。


「貴様ら! 武器をしまえ! この方々は、わしの賓客だぞ!」


ドリンさんの一喝が、ギルドホールに響き渡った。

その声には、ものすごい迫力があった。

冒険者たちは、びくっと体を震わせる。

そして慌てて、武器から手を離した。

さすがギルドマスターだ。

威厳が、本当にすごい。


「奥の部屋へどうぞ、ユウ殿」


「あ、はい。失礼します」


俺はドリンさんに続いて、ギルドの奥にある立派な部屋に通された。

ガレンさんとリーゼさんも、なぜか一緒に入ってくる。

部屋には重そうな机と、ふかふかのソファが置いてあった。


「どうぞ、お座りください」


俺はソファに腰掛け、ルビとコロを膝の上に乗せた。

二人とも、まだ少し緊張しているみたいだ。

ぷるんは俺の頭の上で、丸くなって様子をうかがっている。

ドリンさんは、重々しい顔で俺の向かいに座った。


「さて……ユウ殿。単刀直入に、お聞きしたいことがある」


「はい。なんでしょうか」


「その……『子供たち』は、一体、何者なのだ?」


ドリンさんは、真剣な目で俺を見つめてきた。

ガレンさんとリーゼさんも、固唾をのんで俺の答えを待っている。

さっきも、森で同じことを聞かれたな。


「ですから、この子たちはトカゲとスライムと子犬です」

「森で拾ったんですよ。まだ、生まれたばかりの赤ちゃんなんです」


俺がそう答えると、ドリンさんは大きなため息をついた。

その顔には、深い疲れが見えた。


「ユウ殿。ガレンたちから、報告は全て聞いている」

「……その『トカゲ』は、ゴブリンの集団を火炎で一瞬で炭にした、と」


「え!? 本当か、ルビ!」


俺が驚いてルビを見ると、ルビは『あ、バレた』という顔をした。

そして、ぷいっとそっぽを向いてしまった。

こいつ、またやったのか。

火遊びは、絶対にダメだとあれほど言ったのに。


「それから、その『子犬』は」

「Bランクモンスターであるフォレストベアの爪を、頭で受け止めた」

「そして、粉々に砕いた、と」


「えええ!? コロまで、そんなことを!?」


俺がコロを見ると、コロはバツが悪そうに俺の服に顔をうずめた。

小さな体が、もぞもぞと動いている。


『だって、ユウがあぶなかったんだもん……』


「むぅ……。それから、その『スライム』は」

「ゴブリンシャーマンの闇魔法を、食べた、と」


「ぷるん、お前もか!」


『だって、あの黒いの、まずそうだったんだもん……』


ぷるんが俺の頭の上で、申し訳なさそうに小さく震えた。

俺は頭を抱えたくなった。

なんてことだ。

俺がちょっと目を離した隙に、この子たちはそんな危険なことをしていたのか。

飼育員として、これ以上の失態はない。


「ドリンさん、すみません!」

「うちの子たちが、とんでもないことをしでかしました!」

「特にクマさんには、なんてお詫びをしたら……」

「治療費は、俺が必ず全額お支払いします!」

「近くに、腕のいい動物病院はありますか!?」


俺は勢いよく立ち上がって、深く頭を下げた。

ドリンさんたちは、ぽかんとした顔で固まっている。


「「「……」」」


「え? あの……?」


「……ユウ殿。お主……本気で、そう言っているのか?」


「本気も何もありません!」

「人様の……いえ、クマ様の爪を折ってしまったんですよ!?」

「飼い主として、謝罪と弁償をするのは当然のことです!」


飼育員として、管理する動物が他者に危害を加えた。

その場合、全責任は飼育員にある。

これは前世からの、俺の揺るぎない信条だった。


「……いや。治療費は……いらないんだ」

「フォレストベアは魔物だ。冒険者が、討伐する対象だからな」


「でも、怪我をさせたのは事実です。それに、ゴブリンさんたちにも……」


「……その件は、もういい。よく、わかった」

「お主が、本当に……ただの『飼育員』だということが、心底よくわかった」


ドリンさんは、なぜかすごく疲れた顔でそう言った。

彼は何かを諦めたように、長い息を吐いた。


「ユウ殿。お主たちの住む場所だが、ギルドで用意しよう」


「え! 本当ですか!?」


これは、とてもありがたい申し出だ。


「うむ。ギルドの旧別館が、ちょうど空いている」

「古いが、頑丈さだけが取り柄の建物だ。中庭もある」

「そこなら、その子たちが多少『遊んで』も、問題はあるまい」


「あ、ありがとうございます!」

「ドリンさん、なんて親切な方なんですか!」


俺はもう一度、深く頭を下げた。


「ただし、条件がある。宿代などは、一切いらない」


「え、そんな、悪いですよ! お金はちゃんと払います!」


「いいんだ。その代わり……頼むから、町の中で、その子たちを『しつけ』たり、『遊ばせたり』はしないでくれ」

「頼む。わしの心臓が、持たないんだ……」


ドリンさんは、心底疲れた、という顔で俺に頼み込んできた。

よく分からないが、この子たちがいると、ドリンさんは疲れてしまうらしい。

仕方ない。

お世話になる以上、迷惑はかけられない。


「分かりました。できるだけ、おとなしくさせておきます」


『『『はーい!』』』


俺と三匹が元気よく返事をすると、ドリンさんは机に突っ伏してしまった。

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