第5話
俺たちはガレンさんとリーゼさんに先導されていた。
アリストンという町に向かって、森の中を歩き続ける。
森の中は、色々な植物や虫がいて、とても興味深い。
『あ、あのキノコ、たべられるよ!』
『でも、ちょっとにがい!』
近くのキノコたちが、元気に話しかけてくる。
なるほど。
このスキルがあれば、食料調達には困らなそうだ。
「それにしても、ユウ殿。」
「その……お子さんたちは、いつも何を食べているんだ?」
前を歩いていたガレンさんが、不思議そうに尋ねてきた。
彼はちらちらと、ルビたちを見ている。
まだ、警戒を解いていないようだ。
「え? 食べ物ですか?」
「さっきも食べさせましたけど、あれですよ。」
「俺の特製ペーストです」
「あの、ペースト……。」
「あれは、一体何でできているんだ?」
「ものすごい魔力を、感じたんだが……」
「魔力? さあ。ただの木の実とイモですよ。」
「栄養バランスを考えて、すり潰して混ぜただけです。」
「動物の赤ちゃんには、消化が良くてタンパク質が多い食事が、一番ですからね」
俺がそう答えると、ガレンさんとリーゼさんは顔を見合わせた。
「木の実と……イモ……?」
「あれが……? あの魔力の塊みたいな食べ物が……?」
「はい。あ、あと甘い蜜も少し。味付けです」
「し、信じられん……。」
「あの高密度の魔力エネルギーを、『味付け』だと……?」
ガレンさんは頭を抱えてしまった。
リーゼさんも青い顔で、ぶつぶつとつぶやいている。
「伝説級の魔獣は、栄養価の高い木の実とイモで育つ……。」
「ギルドの常識が、今日、覆される……」
何をそんなに驚いているんだろうか。
動物の飼育なんて、基本はどこの世界でも同じだと思うんだが。
そんなことを考えていると、ルビが駆け寄ってきた。
『ユウー、だっこ! つかれたー!』
「お、なんだルビ。もう疲れたのか。」
「しょうがないな」
俺はルビをひょいと抱き上げた。
トカゲ独特の、ひんやりとした肌触りが気持ちいい。
ルビは俺の腕の中で、安心したように目を閉じた。
その光景を見て、リーゼさんがまた「ひっ」と息をのんだ。
「だ、抱っこ……。」
「あの、火炎を吐くドラゴンを……素手で……」
「え? だって、この子、まだ赤ちゃんだし。」
「体温調節が、苦手みたいなんですよ。」
「冷えるとすぐに、くしゃみしちゃうんで」
『ふぇっくしょん!』
俺の言葉に反応したかのように、ルビが小さなくしゃみをした。
鼻から、ぽすっと小さな煙が上がる。
「ほらね。やっぱり、ちょっと冷えてきたかな」
俺はルビのお腹を、優しく撫でてやる。
「ガレンさん、すみません。」
「少し休憩しても、いいですか?」
「この子を、温めたいので」
「あ、ああ。構わんが……」
俺たちは近くの開けた場所で、休憩を取ることにした。
俺が焚き火の準備を始めようとする。
すると、ガレンさんたちが慌てて手伝ってくれた。
すぐに小さな火が、パチパチと音を立てる。
俺はルビを火のそばにそっと寝かせた。
持っていた大きな葉っぱを、お腹にかけてやった。
『んー……あったかい……』
ルビは気持ちよさそうに、体を丸くしている。
コロもその隣に、ぴたりとくっついて寝始めた。
ぷるんは俺の頭の上で、日向ぼっこをしている。
とても、平和な光景だ。
「ユウ殿は……本当に、その……」
「動物の世話が、上手なんだな」
ガレンさんが、感心したように言った。
「いえ、これくらい普通ですよ。」
「飼育員なら、誰でもやります」
「そう、なのか……?」
「はい。動物の生態を、ちゃんと理解するんです。」
「そして、その子に一番合った環境を、提供するんです。」
「それが、俺たちの仕事ですから」
俺が胸を張って答えると、ガレンさんとリーゼさんは、なぜかすごく尊敬したような目で俺を見てきた。
そんなに大したことは、言っていないつもりなんだが。
その時だった。
森の奥から、獣の低い唸り声が聞こえてきた。
ガサガサと、大きく茂みが揺れる。
大きな影が、ゆっくりと姿を現した。
二本の足で立ち上がった、巨大なクマだ。
「なっ! フォレストベアだと!?」
ガレンさんが、素早く剣を抜いた。
「Bランクモンスターだ!」
「リーゼ、援護を! ユウ殿は下がって!」
ガレンさんは叫び、クマに向かって駆け出そうとした。
しかし、それよりも早く、俺の前にコロが飛び出していた。
『ユウには、さわらせない!』
クマは俺たちを獲物と決めたのか、太い腕を振り上げた。
そして、コロに向かって、鋭い爪を振り下ろした。
「あ! こら、コロ! 危ない!」
俺が叫んだが、間に合わない。
ガレンさんも「しまった!」という顔をしている。
クマの鋭い爪が、コロの小さな頭に、まっすぐ向かっていく。
キンッ!
鈍い金属音のような音が、森に響いた。
クマの動きが、ぴたりと止まる。
そして、次の瞬間。
「グギャアアアアアアア!!」
クマが、耳をつんざくような声で絶叫した。
見ると、クマの自慢だったはずの爪が、根元から無残に折れ曲がっている。
一方のコロは、きょとんとした顔でクマを見上げていた。
『ん? いま、なにかされた?』
『あたま、ちょっとかゆいかも』
コロはそう言って、後ろ足でポリポリと頭をかいている。
クマは、自分の折れた爪と、無傷のコロを交互に見た。
わなわなと、全身を震わせ始めた。
「こ、コロ! だから言っただろ!」
「いきなり飛び出すなって! ……あ、クマさん、ごめんなさい。」
「爪、大丈夫ですか?」
俺は慌てて、クマに駆け寄ろうとした。
うちの子が、相手の大事な爪を折ってしまった。
飼い主として、ちゃんと謝らないといけない。
「グッ……!?」
俺が近づくと、クマはビクッと体を震わせた。
そして、そのまま猛烈な勢いで踵を返した。
森の奥へと、一目散に逃げていった。
あっという間に、姿は見えなくなってしまった。
「あ……行っちゃった。」
「もう、コロ。乱暴にしちゃダメだろ」
『だって、ユウがあぶなかったから……』
コロはしゅんとして、耳をぺたんと垂れた。
「うーん。まあ、ユウを守ろうとしてくれたのは、ありがとう。」
「でも、やりすぎだ」
「……」
「……」
俺がコロを叱っていると、ガレンさんとリーゼさんが、魂が抜けたような顔で立ち尽くしていた。
「どうかしましたか? 二人とも」
「……なあ、リーゼ。俺、今、何を見た?」
「……Bランクモンスターの爪が……子犬の頭に当たって……折れました……」
「そう、だよな……。」
「俺、もう冒険者、辞めようかな……」
ガレンさんが、がっくりと膝から崩れ落ちた。
「え、なんでですか!?」
「まだまだ、元気じゃないですか」
「ユウ殿……。」
「あんた、自分が何を飼ってるか、本当に分かってないのか……?」
「え? だから、子犬とトカゲとスライムですよ?」
俺の答えに、ガレンさんは深く、ふかーいため息をついた。
よく分からないが、俺は何か間違ったことを言っただろうか。
首を傾げる俺の頭の上で、ぷるんが『?』という形に変わった。
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