第5話
「こちらです、ユウジさん。ここが『木漏れ日の亭』ですよ」
ルナさんに案内されてやってきたのは、ギルドから歩いて数分の場所にある、こぢんまりとした宿屋だった。
レンガ造りの三階建てで、木の看板には可愛らしい文字が書かれている。
「見た目は普通ですけど、ここは食事が美味しくて、ベッドの寝心地も町一番だって評判なんですよ」
ルナさんが、にこやかに教えてくれる。
「へえ、それは楽しみです」
特に、ベッドの寝心地がいいというのは重要だ。
僕のスキルは、寝ないと発動しないのだから。
僕たちは、宿屋の中に入った。
中は、掃除が行き届いていて、とても清潔感がある。
一階は食堂になっているようで、木のテーブルがいくつか並んでいた。
「ごめんください!ギルドからの紹介ですよ!」
ルナさんがカウンターに向かって声をかけると、奥から人の良さそうなおかみさんが出てきた。
「はいはーい。あら、ルナちゃんじゃないの。どうしたんだい?」
「こんにちは、おかみさん。今日からこちらにお世話になる、Sランク冒険者のユウジさんをお連れしました」
「Sランクぅ!?」
おかみさんの声が、店内に響き渡った。
彼女は目を丸くして、僕の顔をまじまじと見つめる。
「こ、こんなに若い方が……あの、ギルドマスター様からお話は伺っております!ユウジ様ですね!ようこそお越しくださいました!」
おかみさんは、急に態度を改め、深々と頭を下げた。
「あ、あの、そんなに畏まらないでください」
僕は、その反応に少し戸惑ってしまった。
「いえいえ!Sランクの冒険者様が、うちのような宿に泊まってくださるなんて、光栄の至りです!さあさあ、どうぞ!一番良いお部屋にご案内します!」
おかみさんは、大慌てでカウンターから出てくると、僕たちを階段へと促した。
「それじゃあ、ユウジさん。私はこれでギルドに戻りますね。何か困ったことがあれば、いつでもギルドに来てください」
「はい。ルナさん、ありがとうございました」
僕はルナさんに礼を言う。
ルナさんは笑顔で手を振って、宿屋を出ていった。
「さあ、ユウジ様、こちらです」
おかみさんに案内されたのは、三階の一番奥にある部屋だった。
「どうぞ、お入りください。この宿で一番日当たりの良い、角部屋でございます」
ドアを開けると、ふわりと太陽の匂いがした。
部屋は、それほど広くはない。
でも、大きな窓からは明るい光が差し込み、とても居心地が良さそうだ。
そして何より、部屋の真ん中には、ふかふかに見えそうな大きなベッドが置かれていた。
「わあ、すごい……」
思わず、声が出た。
村の家の、藁を敷いただけのベッドとは大違いだ。
「気に入っていただけましたか?このベッドは、この道40年の職人が作った特注品でして」
おかみさんが、得意げに胸を張る。
「はい、すごく気に入りました」
「それはようございました。お食事は、一階の食堂でご用意いたします。夕食はいつでも声をかけてくださいね。あ、もちろん、宿泊代と食費は、全てギルド持ちとなっておりますので、お気兼ねなく!」
Sランク冒険者は、宿代もタダらしい。
至れり尽くせりだ。
「ありがとうございます。助かります」
「とんでもない。では、ごゆっくりおくつろぎください」
おかみさんは、丁寧にお辞儀をして部屋から出ていった。
一人になった僕は、荷物を床に置くと、早速ベッドに飛び込んでみた。
バフッ、と体が沈み込む。
「うわ……気持ちいい……」
まるで、雲の上にいるみたいだ。
ルナさんの言った通り、最高の寝心地だった。
今日は、朝起きてから色々なことがありすぎた。
村を追放されて、レベルが上がって、町に来て、冒険者になって、いきなりSランクになって、模擬戦までした。
さすがに、疲れた。
僕は、そのままベッドの上で大の字になる。
窓から入ってくる風が、心地よかった。
まぶたが、だんだんと重くなってくる。
「……おやすみなさい」
誰に言うでもなく呟き、僕はそのまま深い眠りに落ちていった。
僕のスキル【全自動】が、また働き始めることも知らずに。
どれくらい眠ったのだろうか。
次に目を覚ました時、窓の外はすっかり明るくなっていた。
どうやら、夕食も食べずに、朝までぐっすり眠ってしまったらしい。
「よく寝た……」
僕はベッドから体を起こし、大きく伸びをした。
疲れは、完全に取れていた。
それどころか、昨日よりもさらに力がみなぎっている感覚がある。
僕は、お決まりとなったステータスプレートの確認を行った。
【名前】ユウジ
【レベル】45
【スキル】全自動
「……うん。やっぱり上がってる」
レベルは、20から45になっていた。
一晩で、25もレベルが上がった計算になる。
もはや、このレベルアップのペースには驚かなくなってきた。
「さてと……」
僕がベッドから降りようとした時、あることに気がついた。
枕元に、見慣れない革袋が一つ、ちょこんと置かれていた。
「なんだ、これ?」
僕は、その袋を手に取ってみる。
ずっしりと重かった。
中を開けてみると、そこには、キラキラと輝く金貨が数枚と、大小様々な魔石、それから何種類かの薬草のようなものが入っていた。
「もしかして、これも……」
僕が寝ている間に、スキルが稼いできてくれたものだろう。
金貨は全部で5枚。
魔石や薬草も、素人目に見ても良い品だと分かる。
これらをギルドで換金すれば、かなりの金額になるはずだ。
「すごいな、僕のスキル。寝てるだけでお金持ちになっちゃうぞ」
生活費の心配は、全くしなくてよさそうだ。
僕は、金貨を布袋に移し替えた。
昨日マルコ商人にもらった銅貨10枚が、今はとても少なく感じる。
「お腹空いたな」
そういえば、昨日は何も食べていなかった。
僕は、顔を洗って身支度を整えると、一階の食堂へと向かった。
食堂には、僕以外にも何人かの宿泊客がいた。
みんな、冒険者風の格好をしている。
僕が食堂に入ると、その場にいた全員の視線が、一斉に僕に集まった。
「おい、見ろよ。あいつが……」
「昨日Sランクになったっていう、例のガキだ」
「ザックスたちを、瞬殺したってマジかよ」
ひそひそと、そんな噂話が聞こえてくる。
僕は、少し居心地の悪さを感じながら、空いている席に座った。
「あ!ユウジ様!おはようございます!よくお休みになれましたか?」
僕に気づいたおかみさんが、カウンターから飛んできた。
「はい、おかげさまで。すごくよく眠れました」
「それは何よりです!ささ、朝食をすぐにご用意しますね!」
おかみさんは、張り切った様子で厨房に戻っていく。
すぐに、豪華な朝食が運ばれてきた。
焼きたてのパンに、温かいスープ。色とりどりの野菜サラダと、分厚いベーコンエッグ。
村では、黒パンと干し肉くらいしか食べたことがなかった。
こんなに豪華な食事は、生まれて初めてだ。
「どうぞ、Sランク様への特別サービスです!たくさん召し上がってくださいね!」
「ありがとうございます。いただきます」
僕は、パンをちぎってスープに浸して口に運ぶ。
「……美味しい!」
思わず、声が出た。
スープは、野菜の甘みが溶け出していて、とても優しい味がする。
パンも、外はカリッとしているのに、中はふんわりと柔らかい。
ベーコンもジューシーで、卵との相性も抜群だった。
僕は、夢中になって朝食を平らげた。
「ふう、ごちそうさまでした。すごく美味しかったです」
「お粗末様でした!お口に合ったようで、嬉しいです!」
おかみさんは、満面の笑みだ。
周りの冒険者たちが、「Sランクは朝食も特別なのかよ」「いいなあ」と羨ましそうにこちらを見ている。
僕は、なんだか申し訳ない気分になりながら、食堂を後にした。
さて、今日は何をしようか。
せっかく冒険者になったのだ。何か依頼でも受けてみよう。
僕は、そんなことを考えながら、冒険者ギルドへと向かった。
ギルドの扉を開けると、昨日とは全く違う空気が僕を迎えた。
「お、おはようございます、ユウジさん!」
「昨日の模擬戦、見させてもらいました!マジですごかったです!」
「あんたが、Sランクのユウジか!若いのに大したもんだ!」
昨日まで僕を馬鹿にしていた冒険者たちが、手のひらを返したように、僕に挨拶してきたり、肩を叩いてきたりした。
現金なものだ。
でも、悪い気はしない。
昨日、僕に絡んできたザックスたちの姿は、ギルドには見当たらなかった。
もう、ここには来づらくなったのかもしれない。
僕は、人混みをかき分けて、ルナさんのいるカウンターへと向かった。
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