第4話

「そいつが本当にSランクに相応しいのか、俺たちと勝負させろ」

ザックスと名乗る赤髪の男が、下品な笑みを浮かべて僕を指差した。

ギルドの中が、一気に緊張感に包まれる。

「おいおい、ザックスのやつ、Sランクに喧嘩売る気かよ」

「無茶だろ。水晶をデコピンで壊す相手だぞ」

周りの冒険者たちが、遠巻きに様子を伺っていた。

「ザックス、よせ。ギルド内での私闘は禁止されているはずだ」

ギルドマスターが、低い声で警告する。

「分かってるよ、ギルマスのおっさん。だから『勝負』だ。模擬戦だよ、模擬戦」

「模擬戦だと?」

「ああ。そこのガキが、俺たち『赤き流星』の三人と同時に戦って、勝てるかどうかの簡単なテストさ」

ザックスの後ろにいた仲間、大柄な戦士と痩せた魔法使い風の男が、ニヤニヤしながら前に出てきた。

「Cランクパーティーが、Sランクに模擬戦を申し込むか。面白い」

ギルドマスターは、怒るでもなく、むしろ楽しそうに顎を撫でた。

「ユウジ、君はどうする?受けるか?」

ギルドマスターの視線が、僕に向けられる。

断ってもよかった。

でも、ここで断ったら、Sランクの価値が疑われるかもしれない。

それに、僕自身、自分の力を試してみたかった。

「分かりました。受けます」

僕がそう答えると、ギルドの中がどよめいた。

「マジかよ、あのガキ」

「Cランクとはいえ、三人相手だぞ。連携も取れてるはずだ」

「いくらなんでも、無謀すぎる」

誰一人として、僕が勝つとは思っていないようだった。

「へえ、威勢がいいじゃねえか、ガキ」

ザックスが、馬鹿にしたように笑う。

「よし、決まりだ。場所は裏の訓練場を使え。ルナ、お前は立ち会いを」

「は、はい!」

ルナさんが、慌ててカウンターから出てくる。

こうして、僕のSランク認定試験は、とんでもない模擬戦へと発展したのだった。


ギルドの裏手にある訓練場は、かなり広かった。

土が固められた広場の周りには、多くの冒険者たちが集まってきていた。

噂を聞きつけたのだろう。みんな、物珍しそうに僕たちを見ている。

「おい、どっちが勝つと思う?」

「そりゃ、『赤き流星』だろ。あいつら、最近じゃBランク昇格も近いって噂だ」

「だよな。Sランクのガキっつっても、所詮は登録したての新人だ」

「水晶を壊したってのも、まぐれかもしれねえしな」

観客たちの予想は、完全にザックスたちに傾いていた。

僕とザックスたち三人は、訓練場の中央で向かい合う。

「いいか、ガキ。今なら土下座して『Sランクは身に余ります』って言えば、見逃してやってもいいぜ?」

ザックスが、最後の脅しをかけてくる。

「必要ありません」

僕は、短く答えた。

「……チッ。後悔するなよ」

ザックスの目が、怒りに染まる。

「それでは、ただいまより、Sランク冒険者ユウジ対Cランクパーティー『赤き流星』の模擬戦を開始します!」

ルナさんが、緊張した声で開始を宣言した。

「ルールは簡単!相手を戦闘不能にするか、降参させた方の勝ちです!では、始め!」

その合図と同時に、ザックスの仲間が動いた。

「なめるなよ、小僧!『ファイアボール』!」

魔法使い風の男が、杖を構えて火の玉を放ってくる。

同時に、大柄な戦士が雄叫びを上げて突っ込んできた。

「うおおおっ!『パワーアタック』!」

魔法と斬撃。完璧な連携攻撃だった。

普通の新人なら、これだけで対応できなかっただろう。

「危ない!」

ルナさんの悲鳴が聞こえた。

だが、僕には、二人の動きがとてもゆっくりと見えていた。

僕は、その場から一歩も動かない。

「馬鹿め!避けられもしねえのか!」

戦士が、勝利を確信した笑みを浮かべる。

火の玉が僕の顔に迫り、大剣が僕の頭上に振り下ろされる。

僕は、ただ、静かに手を動かした。

右手で、火の玉を掴む。

ジュッ、と小さな音がして、火の玉は僕の手の中で握り潰されて消えた。

「なっ!?」

魔法使いが、信じられないという顔で目を見開く。

そして、左手の人差し指一本で、振り下ろされた大剣を受け止めた。

キィン、と甲高い金属音が響き渡る。

「ば、馬鹿な……俺の大剣が、指一本で……?」

戦士が、自分の武器と僕の指を交互に見て、呆然としている。

訓練場を囲んでいた冒険者たちも、言葉を失っていた。

「……え?」

「今、何が起こった?」

「火の玉を、素手で……?」

「大剣を、指で止めた……?」

誰もが、目の前の光景を理解できずにいた。

「て、てめえ……一体、何をしやがった!」

我に返ったザックスが、怒りの形相で剣を抜き、僕に襲いかかってきた。

「こしゃくな!『流星剣(メテオ・スラッシュ)』!」

ザックスの剣が、赤い光をまとって、目にも留まらぬ速さで僕に迫る。

Cランクとは思えない、鋭い一撃だ。

だが、僕にはそれすらも、止まって見える。

僕は、向かってくるザックスの剣先を、親指と人差し指の二本で、つまんだ。

ピタッ。

あれほど勢いのあった剣が、僕の指先で完全に静止した。

「……は?」

ザックスの間抜けな声が漏れる。

「そ、そんな……俺の必殺技が……」

ザックスは、剣を引こうとする。だが、僕の指はびくともしない。

「離せ!このっ、離しやがれ!」

ザックスが必死に剣を揺さぶる。

僕は、つまんでいた指に、ほんの少しだけ力を込めた。

パキッ。

「あ……」

ザックスの愛剣が、まるでガラス細工のように、指先から砕け始めた。

パラパラと、金属の破片が地面に落ちていく。

「お、俺の剣が……『炎の魔剣』が……!」

ザックスが、絶望の声を上げる。

「すごい……」

「嘘だろ……あのザックスが、手も足も出てないぞ」

「ていうか、あのガキ、一歩も動いてないじゃねえか」

観客たちが、ようやく事態を飲み込み始めた。

僕を馬鹿にする声は、もうどこからも聞こえてこない。

代わりに、畏怖と驚嘆の声が聞こえ始めた。

「もう、終わりですか?」

僕は、呆然と立ち尽くすザックスに尋ねた。

「う、うるせええええ!」

ザックスは、壊れた剣を捨て、拳で殴りかかってきた。

あまりにも無謀な行動だった。

僕は、ため息を一つ。

そして、ザックスの額を、人差し指で軽く弾いた。

「あべしっ!」

ザックスは、奇妙な声を上げると、白目を剥いてその場に倒れ込んだ。

ピクピクと痙攣しているが、完全に意識を失っているようだった。

「ザ、ザックスが……デコピン一発で……」

「だ、ダメだ……こいつ、強すぎる……」

残された仲間二人は、完全に戦意を喪失していた。

二人は、その場にへたり込むと、震える声で叫んだ。

「ま、参った!降参だ!降参します!」

「「こ、降参します!」」

二人は、必死に頭を地面にこすりつけた。

「……しょ、勝者、ユウジ!」

ルナさんが、やや引きつった声で、僕の勝利を宣言した。

その瞬間、訓練場は、割れんばかりの歓声に包まれた。

「すげえええええ!」

「本物だ!あれは本物のSランクだ!」

「ザックスたちを、赤子扱いしやがった!」

「アークスの町に、とんでもない新人が現れたぞ!」

冒険者たちが、熱狂している。

僕は、なんだか気恥ずかしくなって、頭をかいた。

「ユウジ君」

ギルドマスターが、満足そうな笑みを浮かべて近づいてきた。

「見事だった。改めて、ようこそ冒険者ギルドへ。君の力を、存分に発揮してくれたまえ」

「は、はい」

「ルナ、彼にSランクのカードを」

「はい!どうぞ、ユウジさん!これがSランクの冒険者カードです!」

ルナさんが、今度は両手で恭しくカードを差し出してきた。

僕は、それを受け取る。

ずしりと重い金属製のカード。

これが、僕の新しい身分証になるんだ。

「ところで、ユウジ君。宿はもう決まっているのかね?」

ギルドマスターが尋ねる。

「いえ、まだです。これから探そうかと」

「そうか。それなら、ギルドで提携している宿を紹介しよう。Sランク冒険者には、ギルドから様々な優遇が提供される。宿の手配もその一つだ」

「本当ですか!ありがとうございます!」

住む場所が決まるのは、とても助かる。

「うむ。ルナ、彼を『木漏れ日の亭』へ案内してやってくれ。一番良い部屋を用意するように伝えておけ」

「かしこまりました!」

ルナさんが、元気よく返事をした。

僕は、ギルドマスターに深く頭を下げる。

「本当に、何から何までありがとうございます」

「気にするな。Sランクには、それだけの価値があるということだ」

ギルドマスターは、ニカッと笑った。

こうして、僕はアークスの町での生活基盤を、あっという間に手に入れることができた。

全てが順調に進みすぎていて、少し怖いくらいだ。

でも、これもきっと、僕のスキルのおかげなんだろう。

僕は、Sランクのカードを強く握りしめた。

村を追放された時はどうなることかと思ったが、今は希望しかない。

これから始まる冒険者生活に、僕の胸は高鳴っていた。

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