第3話

僕の前に並んでいた人たちが、次々と試験を受けていく。

水晶に手をかざし、力を込める。

水晶は、ぼんやりと白や青の光を放っていた。

「はい、あなたは白。一番下のFランクからのスタートですね」

「君は青か。Eランクだ。頑張りたまえ」

受付のルナさんの声が聞こえる。

どうやら、光の色でランクが決まるらしい。

白、青、緑、黄、赤、そして虹色の順にランクが高くなっていくと、誰かが話しているのが聞こえた。

虹色なんて、伝説級の英雄でもなければ出せない色らしい。

僕は何色になるんだろうか。

レベルは20だが、魔力なんて感じたこともない。

腕力にしても、ゴブリンを倒せたとはいえ、自分の力がどれほどのものか見当もつかない。

「はい、次の方どうぞ」

ルナさんの声で、僕の番が来たことを知る。

僕は緊張しながら、水晶の前に立った。

周りの冒険者たちが、興味深そうにこちらを見ている。

「へっ、またガキかよ」

「どうせ白か青だろ。見ても面白くねえ」

野次が飛んでくるが、気にしないことにした。

僕は深呼吸を一つして、水晶にそっと手を触れる。

まずは、魔力を込めてみよう。

心の中で、念じてみる。

僕の魔力よ、水晶に流れ込め、と。

しかし、水晶はうんともすんとも言わない。

やはり、僕に魔力はないようだ。

「ははは、やっぱりな」

「魔力ゼロかよ。戦士タイプか?」

冒険者たちの笑い声が聞こえる。

ルナさんも、少し困ったような顔をしていた。

「あの、次は腕力で試してもいいですか?」

「ええ、どうぞ」

僕は一度水晶から手を離し、今度は軽く握り拳を作った。

どれくらいの力で殴ればいいんだろうか。

力を入れすぎると、壊してしまうかもしれない。

加減が難しい。

よし、とりあえず軽く、デコピンするくらいの力でやってみよう。

僕はそう決めると、人差し指で水晶を軽く弾いた。

ピシッ、と小さな音がした。

その瞬間。

水晶が、今まで誰も見たことのないような、眩い虹色の光を放った。

「なっ!?」

ギルドにいた全員が、息を呑む。

虹色の光は、ギルド全体を明るく照らし出した。

あまりの眩しさに、誰もが腕で目を覆っている。

僕も、自分の指先から放たれた光景に、ただただ呆然としていた。

デコピンだ。

本当に、軽く弾いただけなのに。

やがて、光がゆっくりと収まっていく。

ギルドの中が、水を打ったように静まり返った。

誰もが、信じられないものを見たという顔で、僕と水晶を交互に見ている。

そして、次の瞬間。

パリンッ!

虹色に輝いていた水晶に、ヒビが入った。

ヒビは、あっという間に全体に広がり、水晶は粉々に砕け散った。

「「「ええええええええええええっ!?」」」

ギルド中に、絶叫が響き渡った。

「ら、ランク測定用の水晶がぁぁぁ!?」

ルナさんが、悲鳴のような声を上げる。

「う、嘘だろ……あの水晶は、オリハルコン製なんだぞ……?」

「それを、デコピン一発で……?」

「あいつ、一体何者なんだ……」

冒険者たちが、恐怖さえ浮かべた目で僕を見ていた。

僕自身も、自分のしでかしたことが信じられなかった。

やってしまった。

弁償とか言われたらどうしよう。銅貨10枚じゃ、とても足りそうにない。

僕が青ざめていると、ギルドの奥から、一人の壮年の男性が現れた。

がっしりとした体つきに、顔には大きな傷跡がある。

その場にいる誰よりも、明らかに格が違う雰囲気をまとっていた。

「騒がしいな、何事だ」

その男性の一言で、騒がしかったギルドが再び静かになる。

「ギ、ギルドマスター!」

ルナさんが、慌ててその男性に駆け寄った。

「ルナか。一体何があった。なぜ測定用の水晶が壊れている」

「そ、それが……彼が……」

ルナさんが、震える指で僕を指差した。

ギルドマスターと呼ばれた男性は、鋭い視線を僕に向ける。

まるで、全てを見透かされているような気分になる。

僕は、ゴクリと唾を飲み込んだ。

「君が、やったのか?」

ギルドマスターが、低い声で尋ねる。

「は、はい……すみません、壊すつもりは……」

僕は正直に答えるしかなかった。

ギルドマスターは、僕の言葉を聞くと、ふむ、と顎に手を当てて考え込む。

そして、壊れた水晶の破片を一つ拾い上げた。

「なるほど。内側から、強大なエネルギーによって破壊された、か」

彼は、こともなげにそう分析した。

「君、名前は?」

「ユウジ、です」

「そうか、ユウジ。君、面白いな」

ギルドマスターは、にやりと口の端を吊り上げた。

怖い。

でも、怒っているようには見えなかった。

「おい、ルナ。彼の登録証を用意しろ」

「は、はい!しかし、ランクはどうなさいますか?虹色でしたので、規定では最高位のSランクとなりますが……」

前例がないのだろう。ルナさんが困惑した様子で尋ねる。

Sランク。

このギルド、いや、この国でも数人しかいないと言われる、トップクラスの冒険者の称号だ。

僕が、そんなランクに?

「当然、Sランクだ。文句のあるやつはいるか?」

ギルドマスターが、周りの冒険者たちを睨みつける。

誰も、何も言えなかった。

Sランク冒険者の誕生。

それは、このアークスの町にとって、とんでもない大事件だった。

僕は、ただ事の成り行きを見守ることしかできない。

なんだか、すごいことになってしまった。

「ようこそ、冒訪者ギルドへ。期待しているぞ、ユウジ」

ギルドマスターは、僕の肩を力強く叩いた。

その力は、とても強かった。

でも、不思議と痛みは感じなかった。

僕の冒険者としての人生は、こうして波乱の幕開けを迎えたのだった。

これから、一体どうなってしまうのだろうか。

期待と不安が、僕の胸の中で渦巻いていた。

「はい、ユウジさん。こちらがあなたの冒険者カードになります」

ルナさんが、緊張した面持ちで金属製のカードを差し出してきた。

カードには、僕の名前と、Sという文字が刻まれている。

「ありがとうございます」

僕がそれを受け取ろうとした、その時だった。

「待ちなよ、ギルマスのおっさん」

不意に、甲高い声がギルドに響いた。

声のした方を見ると、派手な格好をした三人組の男が、こちらに歩いてくるところだった。

真ん中にいる、赤髪で態度の悪そうな男が、僕を睨みつけている。

「新入りがいきなりSランクだぁ?ふざけたこと言ってんじゃねえぞ」

男は、僕の目の前まで来ると、挑発するように言った。

周りの冒険者たちが、やばい、という顔をしている。

「あれは、『赤き流星』のリーダー、ザックス……」

「Cランクパーティーだが、腕は確かだ。気性も荒い」

ひそひそと、そんな声が聞こえてくる。

どうやら、面倒なことになりそうだ。

僕は、少しだけため息をつきたくなった。

「ザックスか。何か文句でもあるのか」

ギルドマスターが、面倒くさそうに言う。

「当たり前だろ!俺たちは、何年もかけて必死にランクを上げてきたんだ。それを、どこの馬の骨とも分からねえガキが、一日で追い抜いていくなんざ、納得できるかよ!」

ザックスの言い分も、分からないではなかった。

僕だって、逆の立場だったら同じように思ったかもしれない。

「そいつが本当にSランクに相応しいのか、俺たちと勝負させろ」

彼は、そう言ってニヤリと笑った。

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