第2話


森を抜けるのは、思ったよりも簡単だった。

体が軽いおかげか、昨日までとは比べ物にならないほど足取りが速い。

途中で、ゴブリンに遭遇した。

普通ならレベル1の冒険者が複数人で挑む相手だ。

僕は咄嗟に、その辺に落ちていた木の枝を拾って身構える。

「グルルル……」

ゴブリンが、汚い棍棒を振りかざして襲いかかってきた。

僕は目を瞑り、無我夢中で木の枝を振るう。

ゴッ、と鈍い音がした。

恐る恐る目を開けると、ゴブリンが頭から血を流して倒れている。

一撃だった。

「……え?」

僕自身が一番驚いていた。

レベルが上がったとはいえ、武器はただの木の枝だ。

それでゴブリンを倒せるなんて。

これがレベル20の力なのか。

僕は自分の手のひらを見つめた。

まだ実感が湧かない。まるで他人の体みたいだ。

ゴブリンの死体は、光の粒子となって消えていった。

後には、魔石と呼ばれる小さな石と、銅貨が数枚残されている。

これが、この世界のモンスターがドロップするアイテムだ。

僕はそれを拾い集め、布袋にしまった。

少しだけ、冒険者になった気分だった。

それから半日ほど歩き続けると、ようやく森の出口が見えてきた。

森を抜けた先には、大きな街道が続いている。

そして、その先には石壁に囲まれた大きな町が見えた。

「あれが、冒険者の町……アークスか」

村にいた頃、行商人から話だけは聞いたことがあった。

多くの冒険者が集い、ギルドを中心に栄えている町だと。

追放された僕にとって、これ以上ない場所かもしれない。

僕は期待に胸を膨らませながら、町へと向かって歩き出した。

町の門には、屈強な衛兵が二人立っていた。

僕は少し緊張しながら、門をくぐろうとする。

「待て、小僧。身分証はあるか?」

衛兵の一人が、槍で僕の行く手を阻んだ。

「身分証は……ありません」

村を追い出されたのだ。そんなもの、持っているはずもなかった。

「なら、この町には入れん。よそ者、特に身元不明の者は厄介事の元だからな」

衛兵は冷たく言い放つ。

「そこをなんとかお願いできませんか。冒険者になりたいんです」

僕は必死に頼み込んだ。

「冒険者だと?お前のようなガキが?」

衛兵は、鼻で笑った。

「無理無理。さっさと失せな。でないと、痛い目を見ることになるぞ」

もう一人の衛兵も、脅すように言ってくる。

なんてことだ。町にさえ入れないなんて。

これからどうすればいいんだ。

途方に暮れていると、後ろから馬車の音が聞こえてきた。

豪華な装飾が施された、立派な馬車だった。

馬車は僕の横で止まると、中から一人の商人が顔を出した。

「どうしたのかね、騒がしい」

人の良さそうな、恰幅のいい男性だった。

「これは、マルコ商人。いえ、この小僧が身分証もなしに町へ入ろうとしてまして」

衛兵が、急に態度を改めて商人に説明する。

マルコと呼ばれた商人は、僕に視線を移した。

「ふむ。君、名前は?」

「ユウジ、です」

「そうか。ユウジ君。衛兵の言う通り、この町は身分証がないと入れない決まりでな」

マルコ商人は、困ったように眉を下げた。

やはり、ダメなのか。

僕が諦めかけた、その時だった。

「……しかし、私のお供としてなら話は別だ」

「え?」

僕は、耳を疑った。

「ちょうど荷運びの人手が足りなくてね。町の中まで荷物を運ぶのを手伝ってくれれば、日当も出すし、私の身元保証で町に入れてやろう。どうかな?」

それは、僕にとって願ってもない提案だった。

「い、いいんですか!?」

「ああ、もちろん」

マルコ商人は、にこやかに笑う。

「ありがとうございます!やります、やらせてください!」

僕は、深々と頭を下げた。

「よし、決まりだな。衛兵さん、そういうわけだから、通してやってくれ」

「はっ。マルコ商人の言うことであれば」

衛兵たちは、あっさりと道を開けた。

僕はマルコ商人の馬車の後ろについて、町の中へと入ることができた。

町の中は、活気に満ち溢れていた。

行き交う人々の数も、村とは比べ物にならない。

石畳の道、レンガ造りの建物。全てが新鮮で、僕の目を輝かせた。

「すごい……」

思わず、感嘆の声が漏れる。

「ははは。田舎から出てきたのかい?」

マルコ商人が、愉快そうに笑った。

「はい。こんなに大きな町は初めてです」

「そうかそうか。まあ、荷物を運ぶのはギルドまででいい。そこまでついてきてくれ」

「はい!」

僕は元気よく返事をして、馬車の後を追った。

冒険者ギルドは、町の中心にある一番大きな建物だった。

二階建ての立派な建物で、剣と盾の紋章が掲げられている。

ここが、冒険者たちの拠点。

僕も、これからその一員になるんだ。

そう思うと、自然と胸が高鳴った。

マルコ商人の荷物をギルドの倉庫まで運ぶと、彼は約束通り日当をくれた。

銅貨10枚。今の僕には大金だ。

「助かったよ、ユウジ君。ありがとう」

「いえ、こちらこそ本当にありがとうございました」

「君はこれからどうするんだい?」

「冒険者ギルドに登録しようと思ってます」

「そうか。頑張りなさい。君のような素直な若者なら、きっと大成するだろう」

マルコ商人はそう言って、僕の肩をポンと叩いてくれた。

優しい人だな。いつか、この恩は必ず返そう。

僕はマルコ商人と別れ、改めてギルドの正面に立った。

いよいよだ。

僕は意を決して、ギルドの大きな木の扉を開けた。

ギルドの中は、酒場も兼ねているようだった。

大勢の屈強な冒険者たちが、昼間から酒を飲んで騒いでいる。

獣人のような姿の者や、小柄なドワーフ、耳の長いエルフもいた。

様々な種族が共存している。これも村では見られない光景だ。

僕は少し気圧されながらも、奥にあるカウンターへと向かった。

カウンターには、栗色の髪をした綺麗なお姉さんが座っていた。

「あの、すみません。冒険者登録をしたいんですけど」

僕が声をかけると、お姉さんはにこやかな笑顔を向けてくれた。

「はい、ようこそ冒険者ギルドへ。私が受付のルナです。冒険者登録ですね、こちらへどうぞ」

ルナさんは、一枚の羊皮紙とペンを差し出した。

「まず、こちらに名前と年齢、それから授かったスキルを記入してください」

「はい」

僕はペンを受け取り、自分の名前と年齢を書き込んでいく。

そして、スキルの欄に「全自動」と書いた。

ルナさんは、僕が書き終えた羊皮紙を受け取ると、スキル名を見て少し不思議そうな顔をした。

「全自動、ですか。初めて聞くスキルですね」

「ええ、まあ……」

僕も、まだよく分かっていない。

曖昧に返事をすると、ルナさんはそれ以上は追及せず、にこやかに説明を続けた。

「では、次にランク認定のための簡単な実技試験を受けていただきます。あちらの水晶に、魔力か腕力のどちらか、得意な方を込めてみてください。水晶が放つ光の色で、あなたの初期ランクが決まります」

ルナさんが指差した先には、人頭大ほどの大きさの水晶が置かれていた。

周りには、何人かの冒険者登録希望者らしき人たちが並んでいる。

「分かりました」

僕は頷き、列の最後尾に並んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る