第11話
「いくらだ?」
アルベルト様の必死な声が、静かになった店に響いた。
俺は、ミーナちゃんが何を言うのかと、ドキドキしていた。
(ま、まさか、エルザ様と同じ金貨10枚とか……?)
(いや、でも、相手は騎士団だ。そんな無茶な……)
ミーナちゃんは、腕を組んで、フム、と考えるそぶりを見せた。
その小さな姿は、百戦錬磨の大商人のようだった。
「そうねえ……」
ミーナちゃんは、わざとらしくため息をついた。
「困ったわ。うちは今、大人気なのよ」
「え?」
「Sランク冒険者のエルザ様が、うちの常連」
「ギルドマスターのボルガ様も、うちの料理を『治療院で使いたい』って言ってる」
「今日の開店セールも、Cランクの人たちで大行列だったわ」
「なっ……」
アルベルト様は、驚きに目を見開いている。
「エルザ様……? あの”雷鳴の魔女”が、ここの常連だと……?」
「そうよ。だから、王都の騎士団なんかに回す余裕、正直ないのよねえ」
(み、ミーナちゃん、すごいハッタリだ……!)
(まだ開店初日なのに、大人気店のフリをしてる!)
俺は、冷や汗が止まらなかった。
「そ、そこをなんとか!」
アルベルト様は、再び頭を下げそうになった。
「金なら、いくらでも払う! 国庫から出す!」
「ふーん。『いくらでも』、ね」
ミーナちゃんの目が、キラリと光った。
「じゃあ、決めたわ」
ミーナちゃんは、カウンターの帳簿をパラリとめくった。
「『騎士団専用・栄養改善スペシャルセット』。一週間分、一人前で……」
ミーナちゃんは、指を五本立てた。
「金貨、50枚ね」
「「ご、金貨50枚!?」」
俺とアルベルト様の声が、見事にハモった。
「み、ミーナちゃん!?」
俺は、思わず叫んだ。
「い、いくらなんでも高すぎるよ! 金貨50枚って! エルザ様への倍以上じゃないか!」
「お兄さんは黙ってて!」
ミーナちゃんに、ピシャリと怒られた。
「これは、ビジネス!」
「で、でも!」
「エルザ様は『投資家』! この人は『お客さん』! しかも、お兄さんを捨てた『元職場』! ぼったくるくらいがちょうどいいの!」
(ぼ、ぼったくるって言っちゃったよ、この子!)
俺は、目の前がクラクラした。
アルベルト様は、金貨50枚という金額に、呆然としている。
「き、金貨……50枚……」
「一人前で、一週間分……」
「騎士団は、全部で三百人いる……」
アルベルト様が、ブツブツと計算している。
(さ、三百人!?)
俺は、その数字にまた驚いた。
(三百人分なんて、作れるわけないよ!)
「み、ミーナちゃん! 無理だよ! 三百人分なんて!」
「大丈夫。全員分じゃなくていいのよ」
ミーナちゃんは、冷静だった。
「ねえ、騎士様」
「は、はい!」
「全員が、今すぐ必要なわけじゃないでしょ? まずは、一番弱ってる人たちから」
「そ、そうか……。確かに。まずは、小隊長クラス以上の者たちだけでも……」
「百人分、とか?」
ミーNAちゃんが、カマをかける。
「う、うむ! それだけあれば、ひとまず立て直せる!」
アルベルト様が、大きく頷いた。
(ひゃ、百人分……!)
(金貨50枚が、百人……)
(……ご、五千枚!?)
俺は、天文学的な数字に、意識が遠のきそうになった。
「百人分ね。オッケー」
ミーナちゃんは、帳簿にサラサラと何かを書き込んだ。
「金貨五千枚。それで契約成立よ」
「ご、五千枚……」
アルベルト様は、顔面蒼白だ。
「た、高い……。いくら国庫からとはいえ、いきなり五千枚もの金貨が動くとなると、宰相閣下の許可が……」
「あら、払えないの?」
ミーナちゃんは、つまらなそうに帳簿を閉じた。
「じゃあ、この話はナシね。残念でした」
「ま、待ってくれ!」
アルベルト様が、慌てて叫んだ。
「は、払う! 払います!」
「……本当に?」
「ああ! 国がどうなってもいいというのか! 宰相閣下も、説得してみせる!」
アルベルト様は、決死の覚悟で頷いた。
(う、うわあ……本当に払う気だ……)
俺は、この小さな女の子が、怖くなってきた。
「よろしい」
ミーナちゃんは、満足そうに頷いた。
「それじゃあ、契約成立ね。まず、内金として半分の二千五百枚を……」
「あ、待って」
ミーナちゃんは、何かを思いついたように、悪戯っぽく笑った。
「やっぱり、全額前払いにしてもらうわ」
「ぜ、全額!?」
「当たり前でしょ」
ミーナちゃんは、アルベルト様をジロリと睨んだ。
「一度、お兄さんを裏切った人たちのことなんて、信用できるわけないじゃない」
「ぐっ……!」
アルベルト様は、反論できない。
「金貨五千枚、ここに持ってくるのが先。商品のお渡しは、その後よ」
「そ、そんな……! すぐに王都に戻っても、それだけの金貨を用意して、ここまで運ぶとなると……!」
アルベルト様は、絶望的な顔でうなだれた。
「そんな時間はないのです! 騎士団は、今この瞬間も弱っているのに!」
「じゃあ、どうするの?」
ミーナちゃんは、冷たく問い詰める。
アルベルト様は、悔しそうに唇を噛み締めた。
そして、何かを決意したように、俺たちをまっすぐに見た。
「……担保を、置かせてもらう」
「担保?」
「ああ。この剣を」
アルベルト様は、腰に下げていた立派な剣を、ゆっくりと抜き放った。
「こ、これは……!」
俺は息をのんだ。
剣は、美しい輝きを放っている。
「我がアシュトン家に伝わる宝剣、『疾風(ストームレンダー)』だ」
「王家から拝領した、国宝級の魔剣でもある」
「これを、支払いが済むまで、あんたたちに預けよう」
アルベルト様は、その高価な剣を、カウンターに静かに置いた。
「……これで、信用してもらえるか?」
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