第10話
「えええええええええええ!?」
俺の叫び声が、店の前に響き渡った。
アルベルト副団長が、俺の目の前で片膝をついている。
宮廷騎士団の、あの誇り高い副団長が。
俺みたいな、追放された料理人に。
「お、王都へお戻りくださいって……」
俺は混乱して、思わず後ずさった。
「ど、どういうことですか! 俺は、宮廷を追放された身ですよ!」
「それは、重々承知しております!」
アルベルト様は、苦痛に顔を歪めたまま叫んだ。
「あの決定は、間違いだったのです! 恥を忍んで、あなたを迎えに来ました!」
「間違い……?」
「そうです! リオ殿、あなたがいなくなってから、騎士団は……騎士団はもう、ボロボロなのです!」
アルベルト様の悲痛な声が、俺の胸に突き刺さる。
「スキルが発動できない者が続出し、怪我の治りも極端に遅くなっている」
「先日の魔物討伐では、Dランクのゴブリン相手に、半数の者が撤退する始末……!」
「そ、そんな……」
俺は信じられなかった。
あの最強と言われたジルベスタ王国騎士団が、ゴブリンに苦戦するなんて。
「原因は、分かっているのです」
アルベルト様は、悔しそうに床を殴りつけた。
「……食事、です」
「え?」
「あなたがいなくなった後、ドニ料理長が全ての料理を仕切っています」
「彼の料理は……確かに、見た目は素晴らしい。宝石のようです」
「ですが……!」
アルベルト様は歯を食いしばった。
「力が、湧いてこないのです!」
「腹は満たされても、体が満たされない! 疲労が、日に日に蓄積していく……!」
(やっぱり、そうだったんだ……)
俺は、宮廷にいた頃を思い出す。
ドニ料理長の料理は、味付けも盛り付けも一流だった。
だが、栄養価の計算が、全くされていなかった。
騎士たちがどれだけカロリーを消費し、どんな栄養素を必要としているか。
彼は、そんな「地味なこと」は一切考えていなかった。
「俺は……ただ、栄養バランスを考えていただけです」
俺は、おそるおそる口を開いた。
「特別なことなんて、何も……」
「それが、特別なことだったのです!」
アルベルト様が、俺の言葉を遮った。
「我々は、あなたの料理に生かされていた!」
「あの地味な色の煮込み! あの硬い黒パン! あの酸っぱい乾燥果物!」
「それこそが、我々の力の源だったのだと、失って初めて気づきました!」
アルベルト様が、俺の手を掴もうとする。
「頼む、リオ殿! 戻ってきてくれ! あなたの料理で、騎士団を……いや、この国を救ってくれ!」
俺が、その必死な様子に何も言えずにいると。
俺の前に、小さな影がスッと割り込んできた。
ミーナちゃんだった。
「……ちょっと、待ちなさいよ」
ミーナちゃんは、仁王立ちでアルベルト様を見下ろしている。
その目は、Sランク冒険者と対峙した時よりも、ずっと冷たかった。
「だ、誰だ、君は……?」
アルベルト様が、怪訝な顔でミーナちゃんを見た。
「私は、この『リオ印の保存食屋さん』の店長兼経理、ミーナよ」
「店長……? リオ殿は、こんな場所で……」
アルベルト様は、俺の店の小さな看板を見て、言葉を失っている。
「あんた」
ミーナちゃんは、アルベルト様を指差した。
「さっき、『追放した』って言ったわね?」
「うっ……」
「リオお兄さんは、あんたたちの都合で追い出されたんでしょ?」
「そ、それは……ドニ料理長の独断だ! 俺は、反対したんだが……!」
「うるさい!」
ミーナちゃんが一喝する。
「反対したのに、止められなかったんでしょ? 結局、お兄さんは捨てられた」
「ぐ……!」
アルベルト様は、何も言い返せない。
「それなのに、今度は何?」
ミーナちゃんは、冷ややかに続けた。
「自分たちが困ったら、『戻ってこい』? 『国を救え』?」
「ふざけるのも、大概にしなさいよ!」
「み、ミーナちゃん! そんな言い方……!」
俺が慌てて止めようとする。
だが、ミーナちゃんは止まらない。
「お兄さんは黙ってて!」
「でも!」
「ここはもう、お兄さん一人の体じゃないの! このお店の商品なの!」
「しょ、商品!?」
俺の扱いにびっくりだ。
ミーナちゃんは、アルベルト様に向き直った。
「リオお兄さんは、王都なんかに戻らないわ」
「なっ!?」
アルベルト様が絶望の声を上げた。
「ここは辺境都市ダグよ。王都の騎士様が、命令していい場所じゃない」
「それに……」
ミーナちゃんは、ニヤリと笑った。
その顔は、小さな商人そのものだった。
「お兄さんの料理は、もう『タダ』じゃないのよ」
「ど、どういう意味だ……?」
「リオお兄さんは、この店の専属料理人」
「彼の作る保存食は、この街の冒険者たちが、命懸けで手に入れた材料で作ってるの」
「それを、ぽっと出のあんたたちに、簡単に渡せるわけないでしょ?」
「しかし、我々は騎士団だ! 国のためだぞ!」
「『国のため』なら、タダで働けって言うの? それ、奴隷っていうんじゃない?」
ミーナちゃんの言葉は、どこまでも辛辣だ。
アルベルト様は、ぐうの音も出ないようだった。
俺は、二人の間でオロオロするばかりだ。
(ど、どうしよう……アルベルト様、すごく困ってる……)
(でも、宮廷には戻りたくない……)
(あんな場所で、また『地味だ』って馬鹿にされるのは、もう嫌だ……)
俺が悩んでいると、ミーナちゃんが、とんでもないことを言い出した。
「まあ、でも」
「うちは『お店』だからね」
「『お客さん』には、ちゃんと商品を売ってあげるわよ」
「……え?」
アルベルト様が、顔を上げた。
俺も、ミーナちゃんの顔を見た。
「み、ミーナちゃん? まさか……」
「そう。売ってあげる」
ミーナちゃんは、アルベルト様に向かって、挑戦的に笑った。
「あんたたちの『国』が、この辺境の店の料理に、いくら出せるのか」
「見せてもらいましょうか?」
「……!」
アルベルト様の目が、カッと見開かれた。
「……売って、くれるのか?」
「ええ」
「リオ殿の、あの料理を……?」
「正確には、あの頃より、ずーっとすごいヤツだけどね!」
ミーナちゃんは、厨房に山積みになったAランク素材をチラリと見た。
アルベルト様は、ゴクリと唾を飲んだ。
「……い、いくらだ?」
彼は、震える声で尋ねた。
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