第12話

「国宝級の魔剣……」

俺は、カウンターに置かれた『疾風(ストームレンダー)』を見て、ゴクリと唾を飲んだ。

剣の刀身からは、淡い光が漏れている。

素人目にも、とんでもない業物だと分かった。

「こ、こんな大事なもの、預かれませんよ!」

俺は慌てて手を振った。

「金貨五千枚の代わりなんて、そんな……!」

「いや、これしか、俺の信用を示すものがない」

アルベルト様は、真剣な顔で言った。

「頼む。これを受け取ってくれ」


俺がオロオロしていると、ミーナちゃんが、その剣をジロジロと眺め始めた。

「ふーん……」

ミーナちゃんは、カウンターから身を乗り出し、剣の柄や鞘の装飾を念入りにチェックしている。

「確かに、高そうね」

「み、ミーナちゃん!?」

「よし、分かった!」

ミーナちゃんは、ポンと手を叩いた。

「その剣、預かるわ」

「えええ!?」

俺は素っ頓狂な声を上げた。

「いいの!? 国宝だよ!?」

「いいの」

ミーナちゃんは、きっぱりと言った。

「金貨五千枚の担保として、確かに預かったわ。騎士様」

「……感謝する、店長殿」

アルベルト様は、ミーナちゃんに向かって、深々と頭を下げた。

(み、店長殿って言った……)

俺は、この状況が信じられなかった。


「じゃあ、商品はいつできるの?」

ミーNAちゃんが、商談を続ける。

「百人分。急ぎなんでしょ?」

「あ、ああ! できるだけ早く頼みたい!」

アルベルト様の視線が、俺に向く。

(う、俺か……)

「お、お兄さん。どう?」

ミーナちゃんも、俺を振り返った。

「百人分……。しかも、Aランクの素材で作るんでしょ?」

「え、あ、うん……」

俺は、倉庫に山積みになった『レッドボア』の肉や、『月光草』を思い浮かべた。

宮廷で使っていた食材とは、比べ物にならないほど高品質だ。

栄養価も、魔力も、桁違いだろう。

「……やってみます」

俺は、ゴクリと唾を飲んで頷いた。

「宮廷で作っていたものより、ずっと効果が高いものができると思います」

「おお!」

「たぶん、三日……いや、四日ください」

「四日! 四日で百人分を!?」

アルベルト様が、信じられないという顔で俺を見た。

「あ、はい。多分……」

宮廷では、三百人分の料理を毎日作っていた。

それに比べれば、保存食百人分を四日で作るのは、不可能ではない。

「分かった!」

アルベルト様は、力強く頷いた。

「四日後! 必ず金貨五千枚を持って、ここに戻ってくる!」

「それまで、騎士団の仲間たちには、なんとか耐えてもらう!」

「はい、分かりました」

「では、リオ殿! 店長殿! 頼みましたぞ!」

アルベルト様は、剣を置いたまま、嵐のように店を飛び出していった。

王都へ、馬を飛ばして戻るんだろう。


店には、俺とミーナちゃんと、そして国宝の魔剣が残された。

「……」

「……」

俺とミーナちゃんは、顔を見合わせた。

そして、ミーナちゃんが、ニシシ、と笑った。

「やったね! お兄さん!」

「金貨五千枚の、大型契約だよ!」

「よ、よくないよ、ミーナちゃん……」

俺は、カウンターに突っ伏した。

「あんな、ぼったくりみたいな値段で……」

「しかも、国宝を人質に取っちゃったよ……」

「俺たち、悪徳商人だよ……」

「もう!」

ミーNAちゃんが、俺の頭をポンと叩いた。

「なに弱気なこと言ってるの!」

「あれは、ぼったくりじゃない。『適正価格』!」

「ええ……」

「お兄さんの料理は、国の危機を救うんでしょ? 騎士団が復活するんでしょ? なら、金貨五千枚なんて、安いくらいよ」

ミーNAちゃんは、帳簿を開いて楽しそうに計算を始めた。

「これで、お店の改装費と、新しい材料費、全部まかなえるね!」

「……ミーナちゃんは、たくましいなあ」

俺は、ため息をついた。

(こうなったら、やるしかない)

(金貨五千枚分の、最高の保存食を作ってやる……!)

俺は、気持ちを切り替えて立ち上がった。


「ミーナちゃん、俺、厨房にこもるよ」

「うん! 任せたよ、お兄さん!」

「ボルガ様に、ギルドの厨房も借りられるか、もう一度聞いてみてくれる?」

「Aランクの素材を処理するなら、ここの窯だけじゃ足りないから」

「オッケー! すぐに話をつけてくる!」

ミーNAちゃんが、元気よく店を飛び出していく。

俺は、店の厨房で、Aランク素材の『レッドボア』の肉と向き合った。

(すごい……。肉が、魔力で輝いてるみたいだ)

俺は、包丁を入れた。

硬い。

だが、筋繊維一本一本に、凄まじい生命力が詰まっているのが分かった。

(これは、宮廷のどの食材とも違う)

(俺の、秘伝のスパイスは通用するのか……?)

俺は、スパイスの配合をゼロから考え直すことにした。

『月光草』をすり潰し、『硬石小麦』の粉と混ぜる。

栄養価だけじゃない。

この食材には『魔力』が宿っている。

この魔力を、どうやって体に吸収させ、安定させるか。

俺は、夢中になっていた。

料理人としての血が、騒いでいた。

宮廷では、決してできなかった、最高の食材を使った、最高の料理。

(地味だって、馬鹿にされてきた俺の料理)

(今、この辺境の地で、誰も作ったことのないものになる……!)


俺は、四日間、寝る間も惜しんで保存食を作り続けた。

ギルドの厨房と店の厨房をフル稼働させる。

ボルガ様も、ギルドの料理人たちに「リオ殿を手伝え!」と号令をかけてくれた。

もっとも、彼らには下ごしらえしか手伝えなかったが。

「な、なんだこの肉は……!?」

「スパイスの匂いを嗅いでるだけで、スキルが発動しそうになる……!」

ギルドの料理人たちが、驚愕の声を上げながら、俺の指示通りに動いてくれた。


そして、四日後。

店のカウンターには、百個の小さな木箱が並んでいた。

中には、俺が作った『特製・騎士団回復セット』が詰められている。

レッドボアの干し肉は、黒曜石のように黒く輝いている。

硬石小麦のパンは、金属のような光沢を放っていた。

(……やりすぎた、かもしれない)

俺は、自分の作ったものの異様なオーラに、少しだけ引いていた。

店の外が、騒がしくなる。

アルベルト様が、約束通り戻ってきた。

彼は、やつれていたが、その目には希望の光が宿っていた。

「リオ殿! 約束の品は……!」

「はい。できています」

俺が木箱の一つを差し出す。

アルベルト様が、ゴクリと唾を飲んだ。

その時、アルベルト様の後ろにいた護衛の騎士が、重そうな金貨の箱を運んできた。

「……!」

ミーナちゃんの目が、金貨以上に輝いた。

「お代は、確かに」

ミーナちゃんが、検分を始める。

アルベルト様は、俺が差し出した木箱を、震える手で受け取った。

「これが……!」

彼は、我慢できないというように、木箱から黒い干し肉を一枚取り出した。

そして、それを、ゆっくりと口に運んだ。

「……!」

アルベルト様の目が、カッと見開かれた。

「なっ……! 体が、燃えるように熱い……!」

「力が……力が、みなぎっ……!」

次の瞬間。

アルベルト様の体から、凄まじい闘気が吹き上がった。

「うおおおおおおおおお!?」

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