第7話
ボルガ様の案内で、俺はギルドの厨房を使わせてもらうことになった。
「おお、広い……」
宮廷の第二厨房ほどではない。
だが、実用的な調理器具が揃っていて、掃除も行き届いている。
ここでなら、十分な仕込みができそうだ。
「お兄さん! 私はお店の掃除に行ってくるね!」
ミーナちゃんが、どこからか借りてきたホウキと雑巾を手に叫んだ。
「うん、ありがとう。無理しないでね」
「大丈夫! 私は商人だから、自分の城はピカピカにしとかないと!」
ミーナちゃんは、小さな体でやる気に満ちあふれている。
タタタ、と軽い足取りで厨房を出ていった。
(本当に、すごい子だな……)
俺は感心しながら、自分の作業台に向かった。
台の上には、エルザ様が持ってきた最高級食材が並んでいる。
見たこともないような艶のある赤身肉。
不思議な香りを放つ薬草の束。
宝石のように輝く果物。
(確かに、すごい食材だ)
(触れるだけで、力が湧いてくるような……)
でも、と俺は思う。
(俺の料理の基本は変わらない)
栄養価、保存性、そして効率。
宮廷では馬鹿にされた、俺の料理の信念だ。
俺はまず、エルザ様に明後日渡すための「特製品」から取り掛かる。
最高級の赤身肉を、慎重に切り分けていく。
筋繊維を見極め、一番栄養が凝縮されるように刃を入れた。
次に、秘伝のスパイスを調合する。
これは、追放されるときにこっそり持ってきた、実家伝来のものだ。
栄養の吸収効率を極限まで高める効果がある。
俺は、最高級の薬草もすり潰してスパイスに混ぜ込んだ。
(エルザ様は、魔力回路が修復されたと言っていた)
(たぶん、ひどい魔力の使いすぎで、体が栄養を欲していたんだ)
(この薬草なら、その助けになるかもしれない)
俺は夢中になって、肉にスパイスを揉み込んでいく。
その様子を、厨房の隅から数人の料理人たちが遠巻きに見ていた。
彼らは、ギルド食堂の料理人たちらしい。
「おい、あれが噂の……”秘薬屋”か?」
「ああ。ギルドマスター直々に、厨房の使用許可が出たらしいぞ」
「なんだあの肉……見たこともねえ。オーラが出てないか?」
「それ、エルザ様が持ち込んだっていう素材だろ」
「何を作ってるんだ? ただの干し肉みたいだが……」
「スパイスの匂いがすごいな。嗅いでるだけで腹が減る……いや、体が軽くなるような?」
彼らのヒソヒソ声が聞こえてくる。
(また、何か言われてるな……)
宮廷でのトラウマが、少しだけ頭をよぎった。
ドニ料理長の「地味だ!」という罵声が聞こえる気がする。
俺は、手を止めた。
(……いや)
俺は、ミーナちゃんの言葉を思い出した。
『お兄さんの料理は、命を救う食べ物だ』
そうだ。
俺の料理は、もう地味なんかじゃない。
必要としてくれる人がいる。
エルザ様も、ボルガ様も、ミーナちゃんも、俺の料理を待っている。
(俺は、俺の料理を作るだけだ)
俺は再び、作業に集中した。
パン生地をこねる。
水分を極限まで減らし、栄養価の高い薬草を練り込む。
石のように硬く、だが、噛めば噛むほどうまみが出る、俺の黒パンだ。
果物も、丁寧に薄切りにして乾燥棚に並べていく。
作業は夜までかかった。
途中、ギルドマスターのボルガ様が様子を見に来た。
「おお、リオ殿。順調かの?」
「あ、ボルガ様。はい、なんとか」
「うむ。すごい匂いじゃな。厨房の連中がソワソワしとるぞ」
ボルガ様は、俺の手元を見てニヤリと笑った。
「それで、わしに頼まれていた『治療院用』のものは、どうかの?」
「あ、それなら! 今、試作品ができてます!」
俺は、エルザ様の高級食材とは別に、市場で買った「通常」の食材で作った保存食を取り出した。
見た目は、エルザ様のものとほとんど変わらない。
真っ黒な干し肉と、石ころみたいな黒パンだ。
「これです。どうぞ、試してみてください」
「おお! すまんのう!」
ボルガ様は、豪快に笑うと、干し肉を受け取った。
そして、それを無造作に口に放り込んだ。
硬い肉を、ドワーフの屈強な顎でバリバリと噛み砕く。
「ん……! 硬い! が、美味い!」
ボルガ様は目を丸くした。
「噛むほどに、肉汁が……いや、これは……!」
次の瞬間。
ボルガ様の動きが、ピタリと止まった。
「……な」
ボルガ様の体が、カッと淡い光に包まれた。
「な、なんじゃこりゃあああああ!」
ボルガ様の絶叫が、厨房中に響き渡った。
「ギルドマスター!?」
「どうしたんですか!」
ギルドの料理人たちが慌てて駆け寄ってくる。
俺もびっくりして、後ずさった。
「だ、大丈夫ですか、ボルガ様!」
「大丈夫どころではないわ!」
ボルガ様は、自分の肩を掴んで、ブンブンと回している。
「古傷が! 十年前にドラゴンにやられた古傷が、痛まん!」
「えええ!?」
「それどころか、力がみなぎってくるわ!」
ボルガ様は、興奮して黒パンにもかじりついた。
「うおおおお! 体が熱い! 若い頃の力が戻ってくるようじゃ!」
ドワーフの体が、明らかに一回り大きく見えるほどの覇気を放っている。
ボルガ様は、俺の両肩をガシッと掴んだ。
ものすごい力だ。
「リオ殿!」
「は、はい!」
「これを! この干し肉とパンを! 量産できんか!?」
「え、あ、はい。材料さえあれば、作れますけど……」
「材料な!」
ボルガ様の目がギラリと光った。
「よし! ギルドが全面的にバックアップしよう!」
「へ?」
「今すぐ、この食材の採取依頼をギルド中に出す!」
ボルガ様は、それだけ言うと、厨房を飛び出していった。
「緊急依頼じゃあ! Sランク級の緊急依頼を発令するぞ!」
嵐のように去っていった。
俺は、呆然と立ち尽くす。
遠巻きに見ていたギルドの料理人たちも、口をあんぐりと開けていた。
「おい、今……見たか?」
「ギルドマスターの古傷が治ったぞ……」
「た、ただの干し肉で……?」
「あれは……料理なのか……? 錬金術か何かじゃ……」
俺は、自分の手を見つめた。
(普通の食材でも、そんな効果が出るのか……)
(やっぱり、この世界の人たち、よっぽど栄養不足だったんだなあ……)
俺は、宮廷で学んだ栄養学の知識が、こんなところで役立つとは夢にも思っていなかった。
その時、厨房の入り口からミーナちゃんが顔を覗かせた。
「お兄さん! 今の、ギルドマスターの叫び声なに!?」
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