第6話
エルザ様からの、あまりにも突然すぎる投資話。
俺は、足元に転がった金貨が詰まった袋を見て、まだ頭が追いついていなかった。
(店を持つ……俺が? 宮廷を追い出された俺が?)
(しかも、こんな大金……どうしよう……)
俺がオロオロしている間に、ミーナちゃんはもう次の行動に移っていた。
「エルザ様! ありがとうございます!」
ミーナちゃんは、Sランク冒険相手に堂々と向き合っている。
「契約書は作りますか? 投資の割合とか、返済期限とか!」
「け、契約書!?」
俺はびっくりした。
この子、まだ十歳くらいなのに、そんな言葉を知ってるのか。
エルザ様も、ミーナちゃんの商魂に感心したようにフッと笑った。
「契約書は不要だ」
「え、でも」
「私がこの男の料理を、優先的に手に入れられればそれでいい。それが契約だ」
「……分かりました。その代わり、他の人よりちょっとだけお安くしておきます!」
(み、ミーナちゃん、ちゃっかりしてる……)
「それと、お店の場所なんですけど」
ミーナちゃんは、まるで大人の商人のように話を続ける。
「ギルドの近辺で、安全な場所がいいです! エルザ様のお墨付きがあれば、変なちょっかいも減ると思うし」
「ふむ。場所か……」
エルザ様は腕を組んで、少し考えた。
「……ギルドマスターに話を通しておこう」
「ギルドマスター?」
「ああ。このギルドの隣に、ギルド所有の空き物件があるはずだ。そこを使え」
「本当ですか! やった!」
(は、話がどんどん進んでいく……)
俺は、二人の会話にまったくついていけなかった。
(俺、まだ店をやるなんて一言も……)
だが、俺の心の声など、二人には届かない。
「では、話は決まったな」
エルザ様は、満足そうに頷いた。
「リオ。明日には店を決めろ」
「え、あ、明日!?」
「私は明後日、またここに来る。それまでに、今日のよりさらに上の保存食を用意しておけ」
「む、無理です! 明後日って!」
俺の抗議もむなしく、エルザ様は「期待しているぞ」とだけ言い残した。
次の瞬間、彼女の姿は青い光とともに消えていた。
高速移動スキル、というやつだろうか。
嵐のような人だった。
ギルドの隅に、俺とミーナちゃんだけが残された。
目の前には、エルザ様が持ってきた大量の高級食材と、二つの重い金袋。
俺は、その場に座り込んでしまった。
「……どうしよう、ミーナちゃん」
「なにが?」
ミーナちゃんは、さっそく金袋の中身を改めている。
「金貨が……こんなにたくさん……」
「どうしようって、店をやるんでしょ?」
ミーナちゃんは、金貨を数えながらキョトンとした顔で俺を見た。
「だ、だって……俺、本当に金貨10枚の価値がある料理なんて作れないよ……」
「今日も、まぐれだったかもしれないし……」
俺が弱音を吐くと、ミーナちゃんは金貨を数えるのをやめ、大きなため息をついた。
「お兄さん、まだそんなこと言ってるの」
「え……」
「価値があるから、あのSランクの人が金貨を出したんでしょ!」
ミーナちゃんは、俺の目の前にビシッと指を突きつけた。
「お兄さんは、自分の料理のすごさを、全然分かってない!」
「そ、そんなことないよ! 地味だし、見た目も悪いし……」
「見た目なんてどうでもいいの!」
ミーナちゃんの声が、少し大きくなる。
「私、ずっとこの街で生きてきたんだよ」
「うん」
「冒険者の人たちが、栄養不足でフラフラになったり、怪我がずっと治らなくて、そのまま死んでいくのを、何度も何度も見てきた」
ミーナちゃんの顔が、少し暗くなる。
この小さな体で、色々なものを見てきたんだろう。
「でも」
彼女は顔を上げた。
その瞳は、真剣だった。
「お兄さんの料理は違う」
「昨日、あのCランクの人たちが元気になっていくのを見て、すぐに分かった」
「あれは、ただの食べ物じゃない。命を救う食べ物だ」
「……命を、救う食べ物」
俺の料理が?
宮廷で「品位がない」「家畜のエサだ」と馬鹿にされてきた、あの料理が?
俺は、胸がズキンと痛むのを感じた。
それは、宮廷で受けた屈辱とは違う、温かい痛みだった。
「だから、私がちゃんと管理するの」
ミーナちゃんは、小さな胸をドンと叩いた。
「お兄さんは、世界一の料理を作ることだけ考えて!」
「せ、世界一って……大げさだなあ」
「私は、その料理を売る、世界一の商人になるんだから!」
ミーナちゃんは、ニカッと笑った。
太陽みたいな笑顔だった。
俺は、その笑顔を見て、観念した。
「……わ、分かったよ」
「本当!?」
「うん。ミーナちゃんがそう言うなら、頑張って作ってみるよ。世界一かは分からないけど」
「やったー!」
ミーナちゃんが、再び俺に飛びついてきた。
俺たちが喜んでいると、ギルドの奥から、大きな足音が近づいてきた。
「お前さんが、リオ・アシュトンか」
低い、響く声だった。
見上げると、そこには屈強なドワーフの男性が立っていた。
見事な髭をたくわえ、高価そうな鎧を身につけている。
「わしは、ここのギルドマスター、ボルガだ」
「あ、ギルドマスター様! ご挨拶が遅れました!」
俺は慌てて立ち上がった。
「うむ」
ボルガ様は、俺の顔と、残された食材をジロジロと見た。
「エルザの嬢ちゃんから、話は聞いたぞ」
「え、もうですか!?」
(あの人、仕事が早すぎる……)
「エルザの頼みとあっちゃあ、無下にはできんからの」
ボルガ様は、ギルドの建物の隣を親指で指した。
「ギルドの隣、昔は武具屋だったんだが、今は空き家になっとる。そこを使うか?」
「え、いいんですか!?」
「おう。家賃は、エルザの嬢ちゃんが『ツケとけ』と言っとったわ」
(ツケって……)
ミーナちゃんは、目を輝かせた。
「借ります! ぜひ借ります! すぐに見せてください!」
ミーナちゃんが、俺の手をぐいぐい引っ張る。
「え、え、ちょ、ミーナちゃん! もう決まっちゃうの!?」
「当たり前でしょ! 急がないと!」
ボルガ様に連れられて、俺たちはギルドの隣にある建物に入った。
中は埃っぽかったけど、思ったよりずっと広かった。
厨房として使えそうなスペースもあるし、カウンターも残っている。
倉庫になりそうな小部屋もあった。
「うん! ここならいい!」
ミーナちゃんは、ポンと手を叩いた。
「掃除すれば、明日からでも店を始められるよ!」
「え、明日!?」
「そうと決まれば、お兄さん!」
ミーナちゃんが俺を振り返る。
「まずは、あの残った高級食材で、保存食の仕込みを再開して! 私が掃除と、看板の準備をするから!」
「わ、分かった。仕込み場所、どこか借りられるかな……」
俺が困っていると、ボルガ様がニヤリと笑った。
「うむ。ギルドの厨房の隅を貸してやろう」
「ありがとうございます!」
「ただし」
ボルガ様が、人差し指を立てる。
「エルザ嬢ちゃんが買い占めた残りを、ほんの少しでいい。ギルドにも卸してくれんか? ギルドの治療院で使いたいのじゃ」
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